人は何に一目置くかわからない。
俺の頭を堂々と撫でやがった雨宮は、番長を手なづけた、謂わば『裏番長』の扱いで、3人組からは羨望の眼差しを向けられている。
本人は相変わらず自分のペースを、崩さないということは周りを嫌が負うにも狂わせながら、のんびりと生きている。
「7月20日、夏野菜の日だから、忘れないでね」
見知らぬ女子数人に囲まれ、3人組は鼻の下を伸ばしながらデレデレと、何か手伝うことはないかといい男アピールを続けている。
「16時には野菜お持ちします」
雨宮の頭の中には、自分が出席するなんて考えは微塵もないようだった。
「業者か」
軽く平手で頭を引っ叩くと、頭をはたいたはずなのに、何故かピョンと体のバネが伸びて飛び跳ねるみたいになっていた。
「だって、料理できないし」
「だから代わりに野菜作ってんだろ。なぁ?」
「え、あ、うん」と、急に話を振ってしまった女子たちが、顔を見合わせながら話を合わせてくれる。
「できることやったら堂々としてろよ」
「でも、僕……」
「でもじゃねぇ」
「いや、でも」
「だぁ、もう、でもなんだよ」
でも、の先がなかなか出て来ない。珍しく食い下がる雨宮に、俺も、女子たちも、固唾を飲んで話すのを待った。
「トマト、苦手で……」
「……はぁ?そんなことあるか?世界中の植物は僕の友達、ハート、みたいな雰囲気出してただろ」
「出してないよ!食感が、苦手なだけだし」
「トマトソースは?」と誰かが割って入ると「トマト味は好き」と嬉しそうに返した。
女子たちは何やらメニューを変更だか追加しようだとか張り切りながら、校舎へと戻っていく。
「育てるのが好きってことか?」
「んー、違くもないけど、可愛いものが好き。大きい木とかは、そんなに興味ないかな」
「なんだ、可愛いって。さっきの女子は?」
「え?普通、かな。人間だし」
園芸部に入ってひと月、なんとなく雨宮をわかってきたつもりだったが、やはり理解の斜め上を行っている。
「人間を人間で括るやつ初めて見たわ。霊長類で一括りか?猿とは違うか?」
「全部一緒とは言ってないよ。甲本くんたちは、タイツリソウみたいで面白いし、前にも言ったけど、久方くんはアシタバみたいで可愛いし」
「バ、っ、カか!やめろ!誰が可愛いだ」
「だから久方くん」と続けようとする雨宮の口を押さえ込む。パンっと肩を引っ叩いて、これ以上は言うなと告げて逃げるようにその場を離れた。
よくわからないことだけは、多分ずっと変わらない。調子が狂う感じが、心地よいときもあれば、こそばゆいときもある。
夏の日差しが、一際強い夏休みの直前、開かれた夏野菜パーティは涼しい調理室に、咲きすぎて間引いた花壇の花がそれらしくテーブルに飾られ、女子に囲まれるような真ん中の席に俺たち園芸部は座らされた。
女子と喋ることに夢中の甲本、既に他のテーブルに腰を下ろして打ち解けている中村と梅澤。
雨宮はと言えば、せっせと嫌いな野菜を俺の皿に運んでいた。誰かと好き好んで関わることはしないが、話し掛けられても特に嫌な顔をする様子はなく、きっとこいつは、はみ出してはいるけど、人付き合いが苦手とか、他人が嫌いとか、そういうんではなかったんだろうなと、梅雨どきのビニール傘を思い浮かべた。
遅刻や欠席にうるさい学校が、自分から休んでいいぞと言ってくる夏休みは、それはそれは暑くて、外を歩くのはもちろん、外気を吸い込むのすらしんどい。
家にいても暇だからと外に出たのを後悔しながら、学校の近くを通り掛かる。
なんとなく、花壇に行けば、雨宮はいるような気がして、近くのコンビニで分けられるアイスを買って行く。
部室棟に向かう道は、校舎の影に隠れて少しだけ涼しく、間を隔てる木々に太陽から隠してもらいながら歩く。
梅雨の頃には紫陽花が咲いていた植え込みは、今はすっかりと枯れてしまって、代わりに濃いピンクと青紫のアサガオの鉢植えが並べられていた。
部室棟に近付くにつれ校舎は後ろに追いやられ、体が陽射しに晒される。遠くに見慣れない姿の、よく見知った影が目に入った。
「お?傘は?」
「うん」
「うん、じゃなくて、差してないんだな」
「うん、雨、もう降らないからね」
2階のベランダを見ながら、寂しいんだか嬉しいんだか読み取れない、ぼんやりとした表情をしている。何もない間が空いて、俺の番だと視線がこちらに向けられる。
楽しそうに見えたから、
「そ?良かった、でいいのか?」
と返してみると、
「良かった、でしょ?」
と、また俺の返事を急かされる。
「俺?俺はどっちでも」
何を求められているかわからないから、ちょっと眉を顰ませ、加減な顔を返してやる。
「だって、好きなんでしょ?」
真っ直ぐ。
何も動じない。
真っ直ぐ。
俺を見ながら嬉しそうに言うから、恥ずかしいくらいに食い気味に、
「はぁ!?誰が好きなんてっ!?」
勇んで声を上げてしまう。
小首を傾げて、変わらないゆったりとしたペースで雨宮はまた俺をざわつかせる。
「言ったよ?晴れてる方が好きだぁ、って」
「好きだぁ、なんて言い方してなかったろ!」
「じゃぁ、言ったんだ?」
初めてみる表情。
今までの雨宮が全部嘘だったみたいに、大人びた、妖艶と言って差し障りないような顔。
認めるまでいくらでも待つよと煽ってくるようないたずらっ子の顔。
「あぁ、もう、言った!言った言った!」
「良かったね、僕の空が晴れて」
「うっせ、空はお前のじゃねーし」
晴れの日にビニール傘は、多分、やっぱ要らないと思う。
-了-
俺の頭を堂々と撫でやがった雨宮は、番長を手なづけた、謂わば『裏番長』の扱いで、3人組からは羨望の眼差しを向けられている。
本人は相変わらず自分のペースを、崩さないということは周りを嫌が負うにも狂わせながら、のんびりと生きている。
「7月20日、夏野菜の日だから、忘れないでね」
見知らぬ女子数人に囲まれ、3人組は鼻の下を伸ばしながらデレデレと、何か手伝うことはないかといい男アピールを続けている。
「16時には野菜お持ちします」
雨宮の頭の中には、自分が出席するなんて考えは微塵もないようだった。
「業者か」
軽く平手で頭を引っ叩くと、頭をはたいたはずなのに、何故かピョンと体のバネが伸びて飛び跳ねるみたいになっていた。
「だって、料理できないし」
「だから代わりに野菜作ってんだろ。なぁ?」
「え、あ、うん」と、急に話を振ってしまった女子たちが、顔を見合わせながら話を合わせてくれる。
「できることやったら堂々としてろよ」
「でも、僕……」
「でもじゃねぇ」
「いや、でも」
「だぁ、もう、でもなんだよ」
でも、の先がなかなか出て来ない。珍しく食い下がる雨宮に、俺も、女子たちも、固唾を飲んで話すのを待った。
「トマト、苦手で……」
「……はぁ?そんなことあるか?世界中の植物は僕の友達、ハート、みたいな雰囲気出してただろ」
「出してないよ!食感が、苦手なだけだし」
「トマトソースは?」と誰かが割って入ると「トマト味は好き」と嬉しそうに返した。
女子たちは何やらメニューを変更だか追加しようだとか張り切りながら、校舎へと戻っていく。
「育てるのが好きってことか?」
「んー、違くもないけど、可愛いものが好き。大きい木とかは、そんなに興味ないかな」
「なんだ、可愛いって。さっきの女子は?」
「え?普通、かな。人間だし」
園芸部に入ってひと月、なんとなく雨宮をわかってきたつもりだったが、やはり理解の斜め上を行っている。
「人間を人間で括るやつ初めて見たわ。霊長類で一括りか?猿とは違うか?」
「全部一緒とは言ってないよ。甲本くんたちは、タイツリソウみたいで面白いし、前にも言ったけど、久方くんはアシタバみたいで可愛いし」
「バ、っ、カか!やめろ!誰が可愛いだ」
「だから久方くん」と続けようとする雨宮の口を押さえ込む。パンっと肩を引っ叩いて、これ以上は言うなと告げて逃げるようにその場を離れた。
よくわからないことだけは、多分ずっと変わらない。調子が狂う感じが、心地よいときもあれば、こそばゆいときもある。
夏の日差しが、一際強い夏休みの直前、開かれた夏野菜パーティは涼しい調理室に、咲きすぎて間引いた花壇の花がそれらしくテーブルに飾られ、女子に囲まれるような真ん中の席に俺たち園芸部は座らされた。
女子と喋ることに夢中の甲本、既に他のテーブルに腰を下ろして打ち解けている中村と梅澤。
雨宮はと言えば、せっせと嫌いな野菜を俺の皿に運んでいた。誰かと好き好んで関わることはしないが、話し掛けられても特に嫌な顔をする様子はなく、きっとこいつは、はみ出してはいるけど、人付き合いが苦手とか、他人が嫌いとか、そういうんではなかったんだろうなと、梅雨どきのビニール傘を思い浮かべた。
遅刻や欠席にうるさい学校が、自分から休んでいいぞと言ってくる夏休みは、それはそれは暑くて、外を歩くのはもちろん、外気を吸い込むのすらしんどい。
家にいても暇だからと外に出たのを後悔しながら、学校の近くを通り掛かる。
なんとなく、花壇に行けば、雨宮はいるような気がして、近くのコンビニで分けられるアイスを買って行く。
部室棟に向かう道は、校舎の影に隠れて少しだけ涼しく、間を隔てる木々に太陽から隠してもらいながら歩く。
梅雨の頃には紫陽花が咲いていた植え込みは、今はすっかりと枯れてしまって、代わりに濃いピンクと青紫のアサガオの鉢植えが並べられていた。
部室棟に近付くにつれ校舎は後ろに追いやられ、体が陽射しに晒される。遠くに見慣れない姿の、よく見知った影が目に入った。
「お?傘は?」
「うん」
「うん、じゃなくて、差してないんだな」
「うん、雨、もう降らないからね」
2階のベランダを見ながら、寂しいんだか嬉しいんだか読み取れない、ぼんやりとした表情をしている。何もない間が空いて、俺の番だと視線がこちらに向けられる。
楽しそうに見えたから、
「そ?良かった、でいいのか?」
と返してみると、
「良かった、でしょ?」
と、また俺の返事を急かされる。
「俺?俺はどっちでも」
何を求められているかわからないから、ちょっと眉を顰ませ、加減な顔を返してやる。
「だって、好きなんでしょ?」
真っ直ぐ。
何も動じない。
真っ直ぐ。
俺を見ながら嬉しそうに言うから、恥ずかしいくらいに食い気味に、
「はぁ!?誰が好きなんてっ!?」
勇んで声を上げてしまう。
小首を傾げて、変わらないゆったりとしたペースで雨宮はまた俺をざわつかせる。
「言ったよ?晴れてる方が好きだぁ、って」
「好きだぁ、なんて言い方してなかったろ!」
「じゃぁ、言ったんだ?」
初めてみる表情。
今までの雨宮が全部嘘だったみたいに、大人びた、妖艶と言って差し障りないような顔。
認めるまでいくらでも待つよと煽ってくるようないたずらっ子の顔。
「あぁ、もう、言った!言った言った!」
「良かったね、僕の空が晴れて」
「うっせ、空はお前のじゃねーし」
晴れの日にビニール傘は、多分、やっぱ要らないと思う。
-了-



