晴れの日にビニール傘

 最近では、機嫌がいいとも、機嫌が悪いとも陰口を叩かれている。
 少しずつ高くなる陽気の中、毎日毎日、飽きもせずにダラダラと、片手間に雑草を抜いては雨宮の方に投げつける。ビニール傘の曲線は、うまい具合に受け止めてはいい具合に雨宮の足元に雑草を溜めていく。小さな小山ができたところで、雨宮が袋にしまって次の花壇へ。

「いつまでビニール傘差してんだ?」

「雨、降るから」

「もう降らねぇだろ」

「時々、降るよ」

 時々というのは、要するに俺がいないときは、ということなんだろう。ブレない様子に小さくため息をつき、ぼーっと空を眺めていると、手にしたジュースのペットボトルが汗を掻いた。

「部員も来ねぇな」

「去年からだし」

「そんな来てねぇの?ならテキトーに誰か引っ張ってくるか?」

「それは……なんか」

「嫌か?」

 返事がない。元は、名義貸し歓迎ではなかっただろうか。

「まぁお前の好きでいいけど」

「もう、今更だし、折角なら、作業、忘れない人がいいかな、と」

「流石にこの暑い中全部やんのキツいもんなー」

 空になったペットボトルを握ってたまま、上半身のバネで跳び起きる。雨宮の手から雑草の詰まったビニール袋とペットボトルを奪い取って歩き出す。

「ゴミ捨ててくるわ」

「ありがとう」を背中に受けながら、丁度良い、暇そうなやつはいないかと練り歩く。水撒きくらいならやってくれそうなやつはチラホラ目に付くが、忘れずやってくれる、放課後暇な帰宅部は、既にこの時間にはいなくなっている。
 唯一ダラダラ残っている帰宅部は、爪がビカビカした女子だけだった。

「あれじゃぁ絶対無理だろうな」

 手ぶらになった復路は、より大股で練り歩いてしまう。のんびりとグランドの方まで出て来ると、目立つビニール傘の中で、全く存在感のない雨宮が何か本を読んで小さくうずくまっているのが見える。
 近付くに連れて、雨宮の周りは、他の乾いたアスファルトよりも色が濃く見えた。雨宮を中心に、綺麗な放射状に水飛沫が飛んでいる。

「あいつら、まじでガキか」

 雨宮が雨宮だから、駆け寄って、大丈夫か?なんて聞く必要もない。

「雨、降ったか」

「降ったよ」

「傘持ってて良かったな。お天道様はいつも見ててく…れ……」

「どうしたの?」

「いいこと思い付いたわ」

 軽やかに走り出す。怒りに任せて走ったルートと同じ道を、3歩に1歩はスキップでも挟んでやろうかと思いながら走った。階段は一足飛びに、踊り場の折り返しは手摺りを使って遠心力で回った。
 現場を見られていないからと、油断したのか、教室で例の、仮称・佐藤、鈴木、高橋の3人は証拠のバケツを手に大笑いをしている。

「よぅ、楽しそうだな」

 佐藤(仮)と鈴木(仮)の肩を抱いて顔を割り入れると、正面の高橋(仮)が、俺の顔を見ながら瞬き一つせずに震え出した。
 距離を取ろうとする2人の肩を鷲掴んで引き寄せると、う、とか、が、とか言ってしおらしく謝罪の言葉を並べ立てた。

「謝んなよ。雨宮も、あの根暗のビニール傘な?雨宮も、お前らがいつも水やり手伝ってくれてるって言ってたわ」

「え?」

「そ、そう、そうなんです!手伝いが、ちょっと、ちょっと悪ふざけが過ぎてしまって……」

「この前はそれ知らなくってな、怒鳴っちまって悪かったな?」

「ぃ、いえ、こちらこそ、お二人でいらっしゃるとは思わず……。濡らしてしまって、すみませんでした」

「気にすんな。この暑さじゃ直ぐ乾いたしな」

 佐藤(仮)たちの強張っていた表情が柔らかくなる。
 こんなことで安堵できるのは、肝が小さいのか、据わっているのか。滑稽に思えて、抱え込んでいた肩をポンポンと叩いて穏やかに微笑んでみる。

「それより、俺はさぁ、園芸部の先輩?取り敢えず俺より先に手伝ってた3人と仲良くしたいわけよ」

「ぇ、園芸部?」

「俺たちは、園芸部ではなくて……」

 言い淀む3人がまた可笑しい。
 俺の話に乗っかった方が悪い。

「あれ?そうなん?まだ入部届出してないのか?じゃぁ、丁度いいわ。今から雨宮に紙貰いに行こうか」

「そんな、入部するつも…」

「何?違うの?水やりは?」

 打って変わって、淡々とした口調で詰め寄ると、3人は互いに確認し合うように右に左に視線が行き来する。

「水やりじゃやないなら、俺が被った水は何だ?」

「いえ!水やりです。雨宮くんが傘差しているところに水を撒くと、ほんと、いい感じに花壇に広がるんですよ」

 聞いてもいない説明をもっともらしく、それを早口で捲し立てる。残り2人はそうだそうだその通りだと、首が捥げるんじゃないかというほど大きく上下に振っている。

「ほんと、いつ園芸部?入るかタイミングがなかっただけで」

 俺の正面でわたわたと身振り手振りをしていた高橋(仮)が口走ったのを、佐藤(仮)と鈴木(仮)が見咎める。

「じゃ、行こうか」

 最後にゴールを決めてくれた高橋(仮)を労って肩をしっかりと組んで歩き出すと、廊下ですれ違うやつらがこちらを見ながらヒソヒソ話を始めた。
 誰かが、いじめだとでも伝えたのか、勝手に心配したのか、他学年の名前がわからない教師から、どうしたと声を掛けられ、今から園芸部に入部すると伝えると、予想しなかった返答にただ目を丸くするばかりでそれ以上は何も行ってこなかった。

「雨宮、入部希望者連れて来たぞ」

「え……なんで」

「毎日欠かさず作業ができるやつが良いって言ってたろ?いたんだよ、もう既に毎日世話してくれてんのが」

「だからって……」

 あとは、いじめっ子は嫌かどうか、雨宮が判断するだけだった。3人は神に祈るように、断れ、と雨宮に訴えていた。
 雨宮が拒否るなら、それはそれで、毎日ビニール傘を差して作業する必要はなくなるだろう。

「3人とも水やりばかりだと根腐れしちゃうから、日替わりか、校庭側と校舎裏と体育館側で分担するしかないけど、いいの?」

「「「は?」」」

 綺麗に3人の声がユニゾンする。
 頭のネジがぶっ飛んだような雨宮と、素っ頓狂な声に、思わず大声で笑ってしまった。息をするのが苦しいくらいに笑い、肩で息をする。

「よ、良かったな、お前ら。っ、い、一緒に作業、でっ、きないけど、入部はいいって、ょ」

 言い終わらない内にまた笑いが込み上げてくる。

「これ、佐藤くんたちの入部届」

「「「誰だよ!?」」」

 佐藤(仮)ほか2名改め、甲本、中村、梅澤は、俺が見張っている中、その場で入部届を記入した。嬉しそうに入部届を確認する雨宮を尻目に、何なんだと3人は目配せし合っていた。

「お前らの負けだ。こいつ、いじめられてるとか微塵も思ってないぞ」

「どういうこと?……ですか」

「いい、いい、敬語使うな。俺もお前らに水掛けられたとき、こいつに、いじめられてんのか?って聞いて見たけど、水やりしてくれてる、雨降る、ってずーっと言ってんの。強がりでも何でもなく」

「何だそれ……」

 気の抜けた声を上げ、3人は地べたに座り込んだ。いじめにせよ、からかってるにせよ、望んだ通りのリアクションが返ってくるからつけ上がってエスカレートする。効かない相手には、何したって効かない。雨宮は大したもんだ、良いか悪いかは別として。
 顧問に入部届を渡しに行った帰り道、律儀に5人分のジュースを持って戻ると「今日は作業終わっちゃったから」と何でか謝りながらペットボトルを配る雨宮に、4人揃ってグラウンドまで響くくらいにデカい声で笑い合った。

「よくできました」

 そう言って俺の頭をポンと撫でたガリヒョロの雨宮の手に、何か恐ろしいものでも見ているような3人の表情が、また滑稽で、自分でもこいつには敵いそうにないなと、こそばゆい頬を掻いた。

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