梅雨空の合間に、晴天が覗くたび、青天井の背が伸びていく。
何日か続いた雨の日の間、本来ならあっていいはずのビニール傘の姿はなかった。
「雨の日には傘ないっておかしいだろ」
「帰っただけだよ。水やりしなくていいし」
花壇のレンガに腰を下ろして、横目に雨宮を眺めていると、ビニール傘に隠れて草むしりをしていたのだと初めて知った。
器用に足を折り畳んで、少しずつ横に跳ねていく姿は、やはりカエルのようだった。
「園芸部って何すんの」
「いいよ、ゆっくりしてて。参加自由だし」
「自由ったって、やることなきゃ暇だろ」
「いつ潰れるかわかんないし」
名義貸し歓迎なんて露骨に書き出すくらいだ。廃部まで切迫した事情でもあるのだろう。少しだけ気の毒に思えて、手の届く範囲にあった雑草を抜いて、雨宮の方に放ってやった。
「部員何人?」
「1人」
「おい」と凄んでみせると、ビニール傘越しにこっちに一度視線を寄越してから、「2人」と言い直した。
「何人必要なんだよ」
「5人。3人いれば、来年も仮で残れるかな」
「ボランティアとかじゃダメなん?」
「部活、必修だから」
真に迫ったような声に、息を飲んだ。
行く場所がないとも、居場所がないとも言っているようで「そうだな」と返す以外に言葉が浮かばない。根暗は根暗なりに、不良は不良なりに、日々をやり過ごして生きている。
「取り敢えず、ま、あと1人探すか。来年まで仮で続けば一応卒業できるだろ」
「こんな時期に入る人いないと思うよ」
「おい」とまた凄んで見せると、「他には」と慌てて付け足していた。
「なんか、売りになるようなことないのか。部室にエアコンありますとか、部費が多いとか」
「部室は、生物準備室使ってるから、エアコンは生物室になら」
「お、いいじゃん。この後、涼みに行くか」
「顧問の西原先生に鍵借りないと」
「はい、なし。次」
エアコンに期待したせいか、暑さが増したように感じる。袖口のボタンを外して徐ろに捲り上げた。
真夏の刺すような日差しにはほど遠い。外気に触れると少しだけ、涼しさに似たものを感じられる。
「部費もないよ。肥料とか花苗とかで消えちゃう。家庭菜園の野菜は調理部と折半して買ってるし」
「エアコンも金もないんじゃ、花好きなやつしか入りそうに……野菜作ってんの?」
「うん。グラウンドの外のとこの小さいビニールハウス。今はね、トマトが赤くなってきて可愛いんだよ」
野球ネットの向こう側に、それらしきものを見た記憶が薄ぼんやりと存在した。学校の外のもので、近所の人が趣味でやっているんだろうと思っていた。
「なんか、赤いやつ、確かに植ってたな。食えんの?」
「食べられるよ。半年に1回、収穫したやつを調理部が使って料理してくれる」
「いいじゃん、それ。美味いの?」
「野菜は、普通。料理は、知らない」
つくづくだと思って、特大のため息をついてみせた。もう1房、雑草を引き抜いて澄ましたビニール傘に向けて投げつけた。
「育てるだけ育てて、食わなきゃ損だろ」
「一人だけ食べるだけだと、なんか悪いしね……」
「だーかーら、育てたのお前だろ。堂々と食え。次、いつ?」
「何が?」
「次の野菜パーティ、いつだよ」
「えっと、7月かな。夏休み前にやってる」
あと1ヶ月半。飯で釣るには丁度いいと思った。本当に名義貸しでいいなら、自分の仲間を引き入れてもいい。ただ、そうなるとこいつは、何を言い出すかわからない。そういう気がした。
何束かまとまった雑草を、今度は投げずに差し出した。律儀に「ありがとう」と言って、傘と同じ、透明なビニール袋に受け取った。
「部員、増えたら何やってもらいたい?」
「いいよ、参加自由だし」
「やるのも自由だろ」
「じゃぁ、水やりかな」
「草むしりは?」
「知らないと苗抜いちゃうから」
「え?」
雑草だと思って投げつけた草が1房、ビニール袋に入れられずに雨宮の手に握られている。
慌てて進んできた道を振り返ると、等間隔に植えられていた苗が、一ヶ所だけ、スキップで飛ばしたみたいに抜けている。
「悪い悪い」
「いいよ。そんな簡単に枯れないし、雑草の方が手強いし、それに、一生懸命抜いて偉かったから」
雨宮に手を差し出すと、そっと分け与えるみたいに大事に苗を乗せてくる。
非難することもせず、言い出せずに我慢していた感じもない。ただ、あとで元に戻せばいいやと、大事に持っていたように、俺には見えた。大切に大切に、テキトーな扱いをする。ちぐはぐな感じがまた可笑しかった。
「直ぐ言え。あとだと何の話かわかんなくなる」
「あぁ、うん」
「わかってんのか?」
雑草と苗の区別は付かないから、一列に綺麗に並んだ葉っぱを確認して、はみ出した草を雑草として引き抜いた。効率は良かった。ルール通りがアタリで、それ以外のハズレを間引けばいい。
「なんか、ムカつくな」
「何が?」
「やっぱ、どれが花か教えろ」
「え……」
「いいから」
今植えてる花が何で、葉っぱの形はどうだ、なんで感覚を開けるか、割と饒舌に、雨宮は話した。結局、花も雑草も似たり寄ったりで、聞いた葉っぱの形を確認するために、俺の目付きはより鋭く、眉間の皺はより深くなった。
今日の分と雨宮が定めたブロックを終えると、校舎と屋外を分ける小上がりに腰を下ろした。一度離れたと思った雨宮は、どこからか持って来た冷えたジュースを1本、俺に渡してきた。
「おぅ、ありがとな」
「準備室の冷蔵庫に西原先生が入れてくれてるから。塩タブレットとか。ご褒美だね」
「準備室のって、おい、たまにカエルとか入ってるやつじゃねぇか」
うぇ、と渋い顔をして見せると、雨宮は少しだけ笑った。
「カエル、苦手?」
「苦手っつーか、見た目はいいんだよ。ほら、置物とかキャラクターは可愛いだろ。でも、なんか動きがキモいんだよ」
くだらない会話をダラダラと。
汗が引いたところで、ぼーっと空を眺めていると、サッカー部が打ち上げた綺麗な放物線が真っ直ぐに向かってくる。小さな点が、ゆっくりと白黒の形になったところで、ボンっと音を立て、俺の近くの花壇に着地した。
「てめぇ、何さらしてんだっ!」
放物線の始点を確認するや否や、立ち上がって怒声を放った。ボールを受け取ろうと手を上げてにこやかに近付いてきたサッカー部がそのまま硬直した。「すみません」と繰り返し、可哀想になるくらい平謝りする姿に、ふと我に返って、何でこんなに怒ったのかと不思議な気持ちになった。
「気を付けろよ」と手振りで追い払うと、少し離れたところから黙って見ていた雨宮と目が合った。
「ぶつかった?イタい?」
「いや」
ちょっとバツが悪くて頭を掻き毟る。隠すほどのことではなかったが、どこか気恥ずかしくて、少しの間逡巡したあと、ボールの着地点を指差し「花」とだけ告げた。
*****
何日か続いた雨の日の間、本来ならあっていいはずのビニール傘の姿はなかった。
「雨の日には傘ないっておかしいだろ」
「帰っただけだよ。水やりしなくていいし」
花壇のレンガに腰を下ろして、横目に雨宮を眺めていると、ビニール傘に隠れて草むしりをしていたのだと初めて知った。
器用に足を折り畳んで、少しずつ横に跳ねていく姿は、やはりカエルのようだった。
「園芸部って何すんの」
「いいよ、ゆっくりしてて。参加自由だし」
「自由ったって、やることなきゃ暇だろ」
「いつ潰れるかわかんないし」
名義貸し歓迎なんて露骨に書き出すくらいだ。廃部まで切迫した事情でもあるのだろう。少しだけ気の毒に思えて、手の届く範囲にあった雑草を抜いて、雨宮の方に放ってやった。
「部員何人?」
「1人」
「おい」と凄んでみせると、ビニール傘越しにこっちに一度視線を寄越してから、「2人」と言い直した。
「何人必要なんだよ」
「5人。3人いれば、来年も仮で残れるかな」
「ボランティアとかじゃダメなん?」
「部活、必修だから」
真に迫ったような声に、息を飲んだ。
行く場所がないとも、居場所がないとも言っているようで「そうだな」と返す以外に言葉が浮かばない。根暗は根暗なりに、不良は不良なりに、日々をやり過ごして生きている。
「取り敢えず、ま、あと1人探すか。来年まで仮で続けば一応卒業できるだろ」
「こんな時期に入る人いないと思うよ」
「おい」とまた凄んで見せると、「他には」と慌てて付け足していた。
「なんか、売りになるようなことないのか。部室にエアコンありますとか、部費が多いとか」
「部室は、生物準備室使ってるから、エアコンは生物室になら」
「お、いいじゃん。この後、涼みに行くか」
「顧問の西原先生に鍵借りないと」
「はい、なし。次」
エアコンに期待したせいか、暑さが増したように感じる。袖口のボタンを外して徐ろに捲り上げた。
真夏の刺すような日差しにはほど遠い。外気に触れると少しだけ、涼しさに似たものを感じられる。
「部費もないよ。肥料とか花苗とかで消えちゃう。家庭菜園の野菜は調理部と折半して買ってるし」
「エアコンも金もないんじゃ、花好きなやつしか入りそうに……野菜作ってんの?」
「うん。グラウンドの外のとこの小さいビニールハウス。今はね、トマトが赤くなってきて可愛いんだよ」
野球ネットの向こう側に、それらしきものを見た記憶が薄ぼんやりと存在した。学校の外のもので、近所の人が趣味でやっているんだろうと思っていた。
「なんか、赤いやつ、確かに植ってたな。食えんの?」
「食べられるよ。半年に1回、収穫したやつを調理部が使って料理してくれる」
「いいじゃん、それ。美味いの?」
「野菜は、普通。料理は、知らない」
つくづくだと思って、特大のため息をついてみせた。もう1房、雑草を引き抜いて澄ましたビニール傘に向けて投げつけた。
「育てるだけ育てて、食わなきゃ損だろ」
「一人だけ食べるだけだと、なんか悪いしね……」
「だーかーら、育てたのお前だろ。堂々と食え。次、いつ?」
「何が?」
「次の野菜パーティ、いつだよ」
「えっと、7月かな。夏休み前にやってる」
あと1ヶ月半。飯で釣るには丁度いいと思った。本当に名義貸しでいいなら、自分の仲間を引き入れてもいい。ただ、そうなるとこいつは、何を言い出すかわからない。そういう気がした。
何束かまとまった雑草を、今度は投げずに差し出した。律儀に「ありがとう」と言って、傘と同じ、透明なビニール袋に受け取った。
「部員、増えたら何やってもらいたい?」
「いいよ、参加自由だし」
「やるのも自由だろ」
「じゃぁ、水やりかな」
「草むしりは?」
「知らないと苗抜いちゃうから」
「え?」
雑草だと思って投げつけた草が1房、ビニール袋に入れられずに雨宮の手に握られている。
慌てて進んできた道を振り返ると、等間隔に植えられていた苗が、一ヶ所だけ、スキップで飛ばしたみたいに抜けている。
「悪い悪い」
「いいよ。そんな簡単に枯れないし、雑草の方が手強いし、それに、一生懸命抜いて偉かったから」
雨宮に手を差し出すと、そっと分け与えるみたいに大事に苗を乗せてくる。
非難することもせず、言い出せずに我慢していた感じもない。ただ、あとで元に戻せばいいやと、大事に持っていたように、俺には見えた。大切に大切に、テキトーな扱いをする。ちぐはぐな感じがまた可笑しかった。
「直ぐ言え。あとだと何の話かわかんなくなる」
「あぁ、うん」
「わかってんのか?」
雑草と苗の区別は付かないから、一列に綺麗に並んだ葉っぱを確認して、はみ出した草を雑草として引き抜いた。効率は良かった。ルール通りがアタリで、それ以外のハズレを間引けばいい。
「なんか、ムカつくな」
「何が?」
「やっぱ、どれが花か教えろ」
「え……」
「いいから」
今植えてる花が何で、葉っぱの形はどうだ、なんで感覚を開けるか、割と饒舌に、雨宮は話した。結局、花も雑草も似たり寄ったりで、聞いた葉っぱの形を確認するために、俺の目付きはより鋭く、眉間の皺はより深くなった。
今日の分と雨宮が定めたブロックを終えると、校舎と屋外を分ける小上がりに腰を下ろした。一度離れたと思った雨宮は、どこからか持って来た冷えたジュースを1本、俺に渡してきた。
「おぅ、ありがとな」
「準備室の冷蔵庫に西原先生が入れてくれてるから。塩タブレットとか。ご褒美だね」
「準備室のって、おい、たまにカエルとか入ってるやつじゃねぇか」
うぇ、と渋い顔をして見せると、雨宮は少しだけ笑った。
「カエル、苦手?」
「苦手っつーか、見た目はいいんだよ。ほら、置物とかキャラクターは可愛いだろ。でも、なんか動きがキモいんだよ」
くだらない会話をダラダラと。
汗が引いたところで、ぼーっと空を眺めていると、サッカー部が打ち上げた綺麗な放物線が真っ直ぐに向かってくる。小さな点が、ゆっくりと白黒の形になったところで、ボンっと音を立て、俺の近くの花壇に着地した。
「てめぇ、何さらしてんだっ!」
放物線の始点を確認するや否や、立ち上がって怒声を放った。ボールを受け取ろうと手を上げてにこやかに近付いてきたサッカー部がそのまま硬直した。「すみません」と繰り返し、可哀想になるくらい平謝りする姿に、ふと我に返って、何でこんなに怒ったのかと不思議な気持ちになった。
「気を付けろよ」と手振りで追い払うと、少し離れたところから黙って見ていた雨宮と目が合った。
「ぶつかった?イタい?」
「いや」
ちょっとバツが悪くて頭を掻き毟る。隠すほどのことではなかったが、どこか気恥ずかしくて、少しの間逡巡したあと、ボールの着地点を指差し「花」とだけ告げた。
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