晴れの日にビニール傘

 3台連なったチャリが、背中から一気に追い抜いていく。「またなー」とかけられた声に「おう」と上げた手が元いた場所に戻る頃にはもう、豆粒ほどの大きさにまで遠ざかっていた。

 チャリ置き場の掲示板には、夏の暑さが覗き始めた今頃、不釣り合いな部員募集がひっそりと貼られていた。

『園芸部 部員募集 参加自由 名義貸し歓迎』

 校舎内に貼り出せば、不謹慎だと生徒指導が瞬時に破り捨てるに違いない、やる気のない、随分と変わった文面だった。

 梅雨空の合間の晴れの日は、気温よりも蒸し暑い代わりに、少しだけ空を高く掲げてくれて澄み切っていた。部室棟に向かう道は、校舎の影に隠れて涼しく、間を隔てる木々の木漏れ日がまた心地良い。

 用務員さんがせっせと刈り払いして手入れされた植え込みの中、薄桃色と青紫の紫陽花が咲いていた。紫陽花にも色ごとに付けられた名前があるんだろうけれど、それが紫陽花であるということしか俺にはわからなかった。

 部室棟に近付くにつれ校舎は後ろに追いやられ、体が陽射しに晒された。

 紫陽花の咲く低木の前に、しゃがみ込んだ半透明の、ビニール傘。

 一度空を仰ぎ見ても、雲ひとつない。
 身を晒しているのに無意味に手のひらを上に翳してみる。当然雨など降っていなかった。

「何で傘差してんだ?」

 生来物怖じしない性格は、粗野に取られることもあったが、気になることをそのままにしては置けない性分でもあった。

「雨、降るから」

 あっけらかんとした声とは真反対に、晴天が似合わない不健康そうなシルエット。

「晴れてんだろ、バカか」

 名前も知らない人間をバカ呼ばわりは、流石に言い過ぎだと自分でもバツが悪い。それでもこちらを振り返るでもない相手の方に足を向ける。コンクリートの通路から土の脇道に逸れると、湿度と温度が反比例した。

「かたつむりでもいんの?」

「え?雨降るって」

「だから」と言う間もなく、バケツをひっくり返したような、いや、文字通りバケツ1杯分の水が、俺の頭から降り注いだ。

 ずぶ濡れのまま静止していると、ビニール越しに根暗と目が合った。
 心配するでもなく、ただ、じっと。

「言うこと、聞かないからだよ?」

 一瞬、誰が言ったかわからなかった。妙に艶っぽい、それでいて、親や教師が小さい子どもを諭すような声。
 目の前に開いたまま、小さな水の粒を纏ったビニール傘の向こうから聞こえていると気付く頃には、頭上からケタケタと何人かの混じった笑い声が聞こえる。
 声がする方を睨み付けて待つと、仕留めた獲物を確認しようと得意げな顔が3つ、ベランダから覗いた。
 ニヤついた顔が、見る間に青ざめていく様は滑稽だった。

「てめぇ!何さらしてんだァ!」

 怒声を上げて走り出す。
 目の前の教室に窓から踏み入り、2階を目指すと、遠くで「違うんです」と情けない声が後を追う。
 走り出す傍らで、ビニール傘の根暗は、まるで他人事みたいに俺の背中を見送った。

ーーあぁ、名前聞くの忘れたな。

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