《金曜(今日)の放課後空いてる?会いたい。待ってる》
同じ曜日に行われる世界史の授業は鬼屋敷のクラスの方が早い時間に行われていることは二人で照らし合わせて分かっていた。
このメッセージを今日鬼屋敷が書き残したということは、僕の返事を今日中に見る可能性は低い。僕が来るか来ないかに関わらず鬼屋敷は待っているつもりなのだろうか。
──会いたい。
僕が素直に言葉に出せないこの二文字を何度も指の腹でなぞった。
《僕も会いたい》
それだけ書き残して放課後を待った。
「あれ、僕時間間違えた?」
いつも僕の方が早く着くのに、既にホームに鬼屋敷がいた。柵に両手を置いて夜の街を眺めているのだろうか、横顔がこちらを捉えた。
「静かで綺麗だね、この場所。月宮に教えてもらうまで外を見ようともしなかった」
「夜、一人で電車が来るのを待つのが退屈で初めはぼーっと見てるだけだったんだけど、いつの間にか好きになってた」
鬼屋敷の隣に立って、遠くの山まで続く夜景を見渡した。
「月宮がいつも見てるもんを同じ場所に立って見れるって良いな」
「……今までもここで会ってたじゃん」
「そうだけど、俺、会う度に月宮の顔ばかり見ててこっちまで意識できてなかったから」
横を見れば、鬼屋敷の真剣な眼差しに射抜かれた。鬼屋敷をまっすぐ見ているはずなのに、瞳が揺れてしまう。それから二歩三歩と後ずされば、二歩三歩と迫られる。
すごい殺し文句。
──え、僕、今、口説かれた?
一瞬で赤くなってしまう顔を急いで腕で隠した。そもそも今日だって「会いたい」って書かれてて、いくらでも都合良く取れる文字をなんとか「何か用事でもあんのかな」って高鳴る期待を抑えて、必死で抑えてここまで来たから……
「っ勘違いしそうになる」
「勘違い、してよ」
苦し紛れの僕の言葉に鬼屋敷はそう答えた。もうわけが分からない。「ねー顔見せてよ」なんてのんびりした声に必死に顔を隠すことしかできない。多分、耳の先まで赤くなってしまっていて、顔なんか見なくたって僕が今どんな状況かは察することができるだろう。顔は熱を持ち、なぜか込み上げてくる涙に視界が潤む。何もかもが初めてで、初めての感情ばかりで何一つ理解できないし分からない。
「月宮?……っ、あー、月宮も悪いよ。かわいすぎ」
「わ」
腕をずらして目だけで鬼屋敷を見上げれば、次の瞬間には視界が真っ暗になった。
数秒して抱きしめられたのだと知る。ほのかに香る柔軟剤の匂いと、体を覆う体温、耳元で聞こえる心音はとても早くて僕の鼓動が反響しているのではないかと疑うほどだった。体はすっぽりと鬼屋敷に収まっていて、体格の違いに驚いた。
「一つだけ聞いていい?」
「いいよ」
鬼屋敷の胸に顔を埋めたまま、僕はボソボソと喋る。顔を見られないからこっちの方が喋りやすいのかもしれない。
「今日、会いたいって。初めて書いてあったけど、なんか僕に用事あったの?」
「無い。ただ月宮に会いたかったから呼んじゃった」
「そうなんだ」
上手く掴めない距離感。でも、今は一番鬼屋敷に近い。
少しして、背中から離れていく熱を留めたくて自分の手が勝手に鬼屋敷の後ろを掴んだ。
「一緒なの嬉しい」
「月宮も一緒なの?」
「うん。一緒」
「そっか。そっか」
優しい鬼屋敷の低い声が耳元で聞こえた。その声があまりに近くて驚いてつい、手を離しそうになるもまた鬼屋敷の手によって引き寄せられた。寄せては返す波のように近づいたと思ったら離れていってしまうような。でも離れていったら手繰り寄せることが僕たちにはできる。
「……人間ってさ、自分と共通点のある人と群れて、自分と異なる人を拒むでしょ。でも実際その線引きって曖昧で、表裏一体……絶対に共通点ってあるから。一見自分とは正反対だって思えても、一緒にいると安心できるのは鬼屋敷が僕を探してくれたからだね」
少ししてまたベンチに隣り合って座り、僕はなんとか形になった言葉を話した。
僕と鬼屋敷の間に置かれたての小指だけが今も触れ合っている。
「俺、もっと、月宮のこと知りたい。好きなことも、物も、場所も、もっと共有したい」
あぁ、こんなにまっすぐ僕に向き合ってくれる人は初めてだ。僕だって知りたい。鬼屋敷の全部を知りたい。
「僕のこと、なんでも聞いて良いよ」
「ほんと?えーじゃあ、何から聞こうかなぁ……ご趣味は?」
「ふふ、趣味?なんだろう……趣味ってほどじゃないけど、ピアノ好きだよ」
「月宮ピアノ弾けるの?」
「今はもうやってないんだけど、高校入るまでやってて。習い事って僕ある程度出来たらすぐ辞めちゃうんだけど、ピアノだけは楽しかったな」
「今は?弾かないの?」
「うーん、最近は。ピアノなんか弾いてる暇あったら勉強しなさい、って母さんの口癖なんだ。受験にピアノは必要ないしね。母さん、僕にいい大学行ってほしいからって好きなものを抑制してくるんだ。将来幸せになるために」
「将来の幸せ、か」
「うん。いい大学に行って、いい企業に就職して、結婚して。世間的な普通の幸せが、僕の幸せとは限らないのにね……ごめん、僕の好きなものの話だったのに、なんか暗くなっちゃった」
「ううん。月宮の全部が知りたいから。話してくれて嬉しい」
誰かに願われた人生をその通しにしか生きられない自分に嫌気がさす。好きなものを好きって言えない自分が情けない。
そんな話を鬼屋敷は静かに聞いてくれた。
「あ、そうだった!」
「どうした?」
「僕、ずっと鬼屋敷にお礼がしたくて。世界史の教科書借りたお礼」
「もう十分貰ったと思ってたけど」
小テストの答えを教えるとか、そんなことじゃ足りないような気がしてならない。
「今さ、僕すごく楽しいんだ。鬼屋敷のおかげで毎日ドキドキして楽しいから。何か、僕にお礼できるものある?」
はぁー、と鬼屋敷が小さく息を吐いた。また、おかしなことを言ってしまったのだろうか。
「じゃあ、月宮の時間俺にちょうだい。一緒にさ、楽しいことたくさんしよ」
鬼屋敷はいつだって、僕の想像を超えてくる。
そんな鬼屋敷のことが僕は──。
同じ曜日に行われる世界史の授業は鬼屋敷のクラスの方が早い時間に行われていることは二人で照らし合わせて分かっていた。
このメッセージを今日鬼屋敷が書き残したということは、僕の返事を今日中に見る可能性は低い。僕が来るか来ないかに関わらず鬼屋敷は待っているつもりなのだろうか。
──会いたい。
僕が素直に言葉に出せないこの二文字を何度も指の腹でなぞった。
《僕も会いたい》
それだけ書き残して放課後を待った。
「あれ、僕時間間違えた?」
いつも僕の方が早く着くのに、既にホームに鬼屋敷がいた。柵に両手を置いて夜の街を眺めているのだろうか、横顔がこちらを捉えた。
「静かで綺麗だね、この場所。月宮に教えてもらうまで外を見ようともしなかった」
「夜、一人で電車が来るのを待つのが退屈で初めはぼーっと見てるだけだったんだけど、いつの間にか好きになってた」
鬼屋敷の隣に立って、遠くの山まで続く夜景を見渡した。
「月宮がいつも見てるもんを同じ場所に立って見れるって良いな」
「……今までもここで会ってたじゃん」
「そうだけど、俺、会う度に月宮の顔ばかり見ててこっちまで意識できてなかったから」
横を見れば、鬼屋敷の真剣な眼差しに射抜かれた。鬼屋敷をまっすぐ見ているはずなのに、瞳が揺れてしまう。それから二歩三歩と後ずされば、二歩三歩と迫られる。
すごい殺し文句。
──え、僕、今、口説かれた?
一瞬で赤くなってしまう顔を急いで腕で隠した。そもそも今日だって「会いたい」って書かれてて、いくらでも都合良く取れる文字をなんとか「何か用事でもあんのかな」って高鳴る期待を抑えて、必死で抑えてここまで来たから……
「っ勘違いしそうになる」
「勘違い、してよ」
苦し紛れの僕の言葉に鬼屋敷はそう答えた。もうわけが分からない。「ねー顔見せてよ」なんてのんびりした声に必死に顔を隠すことしかできない。多分、耳の先まで赤くなってしまっていて、顔なんか見なくたって僕が今どんな状況かは察することができるだろう。顔は熱を持ち、なぜか込み上げてくる涙に視界が潤む。何もかもが初めてで、初めての感情ばかりで何一つ理解できないし分からない。
「月宮?……っ、あー、月宮も悪いよ。かわいすぎ」
「わ」
腕をずらして目だけで鬼屋敷を見上げれば、次の瞬間には視界が真っ暗になった。
数秒して抱きしめられたのだと知る。ほのかに香る柔軟剤の匂いと、体を覆う体温、耳元で聞こえる心音はとても早くて僕の鼓動が反響しているのではないかと疑うほどだった。体はすっぽりと鬼屋敷に収まっていて、体格の違いに驚いた。
「一つだけ聞いていい?」
「いいよ」
鬼屋敷の胸に顔を埋めたまま、僕はボソボソと喋る。顔を見られないからこっちの方が喋りやすいのかもしれない。
「今日、会いたいって。初めて書いてあったけど、なんか僕に用事あったの?」
「無い。ただ月宮に会いたかったから呼んじゃった」
「そうなんだ」
上手く掴めない距離感。でも、今は一番鬼屋敷に近い。
少しして、背中から離れていく熱を留めたくて自分の手が勝手に鬼屋敷の後ろを掴んだ。
「一緒なの嬉しい」
「月宮も一緒なの?」
「うん。一緒」
「そっか。そっか」
優しい鬼屋敷の低い声が耳元で聞こえた。その声があまりに近くて驚いてつい、手を離しそうになるもまた鬼屋敷の手によって引き寄せられた。寄せては返す波のように近づいたと思ったら離れていってしまうような。でも離れていったら手繰り寄せることが僕たちにはできる。
「……人間ってさ、自分と共通点のある人と群れて、自分と異なる人を拒むでしょ。でも実際その線引きって曖昧で、表裏一体……絶対に共通点ってあるから。一見自分とは正反対だって思えても、一緒にいると安心できるのは鬼屋敷が僕を探してくれたからだね」
少ししてまたベンチに隣り合って座り、僕はなんとか形になった言葉を話した。
僕と鬼屋敷の間に置かれたての小指だけが今も触れ合っている。
「俺、もっと、月宮のこと知りたい。好きなことも、物も、場所も、もっと共有したい」
あぁ、こんなにまっすぐ僕に向き合ってくれる人は初めてだ。僕だって知りたい。鬼屋敷の全部を知りたい。
「僕のこと、なんでも聞いて良いよ」
「ほんと?えーじゃあ、何から聞こうかなぁ……ご趣味は?」
「ふふ、趣味?なんだろう……趣味ってほどじゃないけど、ピアノ好きだよ」
「月宮ピアノ弾けるの?」
「今はもうやってないんだけど、高校入るまでやってて。習い事って僕ある程度出来たらすぐ辞めちゃうんだけど、ピアノだけは楽しかったな」
「今は?弾かないの?」
「うーん、最近は。ピアノなんか弾いてる暇あったら勉強しなさい、って母さんの口癖なんだ。受験にピアノは必要ないしね。母さん、僕にいい大学行ってほしいからって好きなものを抑制してくるんだ。将来幸せになるために」
「将来の幸せ、か」
「うん。いい大学に行って、いい企業に就職して、結婚して。世間的な普通の幸せが、僕の幸せとは限らないのにね……ごめん、僕の好きなものの話だったのに、なんか暗くなっちゃった」
「ううん。月宮の全部が知りたいから。話してくれて嬉しい」
誰かに願われた人生をその通しにしか生きられない自分に嫌気がさす。好きなものを好きって言えない自分が情けない。
そんな話を鬼屋敷は静かに聞いてくれた。
「あ、そうだった!」
「どうした?」
「僕、ずっと鬼屋敷にお礼がしたくて。世界史の教科書借りたお礼」
「もう十分貰ったと思ってたけど」
小テストの答えを教えるとか、そんなことじゃ足りないような気がしてならない。
「今さ、僕すごく楽しいんだ。鬼屋敷のおかげで毎日ドキドキして楽しいから。何か、僕にお礼できるものある?」
はぁー、と鬼屋敷が小さく息を吐いた。また、おかしなことを言ってしまったのだろうか。
「じゃあ、月宮の時間俺にちょうだい。一緒にさ、楽しいことたくさんしよ」
鬼屋敷はいつだって、僕の想像を超えてくる。
そんな鬼屋敷のことが僕は──。

