目を覚ましたら、俺の腕の中で大好きな人が眠っていた。月宮……まどかの寝顔を見るのはこれで2回目だ。
1回目は少し強引に連れてきてしまったが、今日は俺を心配してここまで来てくれたのだという。静かに寝息を立てているまどかの顔はいつもより少しあどけない。普段気を張っているのか、ツンとしたどこか近寄り難い猫のような雰囲気を出しているが、俺を見た時表情を緩ませる。それが反則的に可愛くて愛おしい。
艶やかな黒い髪に、大きな目、何も知らなそうな薄い桃色の唇。いつもより眉を下げ、少し体を縮こませて俺の隙間にピッタリハマるように身を寄せている。寝起きは少し悪いらしく、前回も何回も名前を呼んで体を揺すったが一向に起きる気配がなかった。規則正しい優等生な彼からは想像が出来なくて、自分だけの秘密にしてしまいたかった。
どんなに体がだるくても、目を閉じればまどかの泣き顔ばかりが脳裏に浮かんで来て眠れなかった日々が嘘みたいに、しっかりと寝てしまっていて時計を見ればもうすぐ18時になろうとしている。なんだか幸せな夢を見ていたような気もするが、現実の方が遥かに幸せでどうしたって口元が緩んでしまう。
まどかと恋人になったのだ。
絡まったままの小指に少しだけ力を入れた。
誰かに愛されることも自分が誰かを愛すこともないと思っていた。どんなに好意をぶつけられても、それが永遠ではないことを知っている。上っ面だけで好きになられても、自分が相手を好きになることは無いのだからその寄せられた想いも時間も無駄になるだけだ。自分に関わろうとする人の気が知れなかったし、自分から他人に線を引いて関わってこないようにした。自分が傷つかないように、人を遠ざけた。
だから初めはとても戸惑った。
持ち歩くのが面倒くさくて置き勉していた教科書に救われた人間がいたことに。誰の教科書かも分からないくせにお礼まで書いていて律儀な人だと思った。その相手がもう俺の教科書を必要とする事は無いと知っていながら、何の気なしに俺は返事を書いた。感謝なんてされるのは本当に久しぶりだったから。教科書を通したやり取りが続くなんて予想もしていなかったが、楽しかった。長い時間かけて何を書こうか考えたんだな、って感じの拙い文章と、その下に隠れた何度も何かを消した跡。誰かに興味を湧くことなんて無かったのに、相手が誰なのか気になって仕方がなかった。
初めて教室で会った日、きっと俺の悪い噂を知っていて怯んだ顔をしていたのに、俺の為に絆創膏を買ってくれていたり、俺の事を知ろうとしてくれたり、自分のこともしどろもどろになりながら話してくれるのが嬉しかった。コロコロと変わる表情と慎重なのにどこか突拍子のない行動を取るまどかを放っておけなくて、近くにいて欲しくて、好きになっていた。
もっとまどかのことを知りたいし、一緒にいたいし、触りたい。けれど少しずつ積み重ねてきた信頼がどこかで崩れてしまうのが怖かった。俺とは正反対のまどかが大切にしてしたものをきっと俺は容易く壊してしまいそうで、自分の為では無く彼の為に線を引いた。「普通の幸せ」とやらに、俺はどうも入れそうに無かったから。
そんな俺にぶつかって、まどかは俺を手繰り寄せてくれたのだ。好きでいさせてくれた。俺の事を好きでいてくれた。
「ん……んん?あれ、ねちゃってた」
まどかが目を覚まして身動いだ。ふにゃふにゃの声を出して恥ずかしそうに言う。まだ目が開かないようで薄く開けては何回か瞬きをしてまた閉じてしまった。
「おはよ」
「ん〜……あ、おはよ……んと、……はるか?」
眠りにつく前の約束を思い出したらしく、にへらと笑って名前を呼んでくれた。
「うん、おはよ」
「ふふ、笑ってる。っわあ、苦しい」
堪らなくなってまた抱きついてしまった。可愛い、可愛すぎる。まどかを見る度に好きが溢れて言葉にならない。
「たくさん寝れた?」
「まどかのお陰で。めっちゃ寝れた」
「つられて僕も寝ちゃってた。あ、顔色良くなってるね。良かった」
寝起きの温かい手で頬を包まれた。まどかの目に俺が二つ映る。自分の知らない顔をしている。
永遠なんて、自分には縁のない言葉だと思っていたけれど、まどかと一緒にいるとその言葉に縋りたくなる。過ぎていく一分一秒が惜しい。
あわよくば。
あわよくば、永遠に。
カーテンの隙間から溢れたまだ明るい外の光が時折差し込み、俺たちを優しく包み込む。蝉の鳴き声と共に「夕焼け小焼け」の柔らかい音色が遠く聞こえた。
「外暑いかな?」
「まだ日が出てるから暑いだろうな」
「じゃあ、もうちょっと一緒にいてもいい?」
「うん、一緒にいて」
窓を開けば、街を撫で熱を孕んだ風が肌にまとわりつく。
永遠に一番近いこの季節。
まだ青さの残る空で輝く月だけが静かに俺たちを見守っていた。

