「ここも一般開放されていて、まぁ、いろんなお店がある。といってもレストランとかカフェとか、飲食店がメインかな」
「お土産用のお菓子なんかも買えますか?」
「もちろん、あるよ。どこか寄ってみたい店があるなら、案内するけど?」
そう言われても、百花はどこにどんな店があってどんなものを売っているのか、さっぱりわからないのだ。だが新樹はクッキーが好きなようだから、そういった焼き菓子店があるなら教えてほしいかもしれない。
「お茶菓子を買っておきたいのですが……えぇと、クッキーとか」
「あぁ、最近、流行りのお菓子だね? それならおすすめの店がある。おいで」
別館の建物内はまるで小さな街である。晶翔に案内されながら奥に進むと、吹き抜けを取り囲むようにして店が並んでいた。その形はまるでお菓子のドーナツを思い浮かべるもので、ドーナツの穴部分が吹き抜けになっていて太陽のあたたかな光を取り込んでいる。その場は喫茶スペースになっているのだろう、それぞれが好きな食べ物を手にして、ベンチやテーブルについていた。
「あ、この店。時間がちょうどよかったね。タイミング悪いと店に入るだけで、ここからあっちまで、ずらっと並ぶからさ」
案内された店は並ばずとも入ることができた。店の前から甘い香りが漂っており、つい店内をのぞきたくなるから、それも行列を作る原因の一つなのだろう。
店に入った百花は、新樹が好きそうなクッキーを選ぶ。彼は、チョコレートや紅茶など、他の味が混ざっているものは好まない。単純で素朴なものを好んで食べていた。さっと店内を見回すと、袋入りのシンプルなクッキーを見つけたため、それを手にする。
「へぇ? 百花さんはそういうのが好きなんだね。他には?」
「あ、いえ……これだけで……」
さすが帝国会館にあるお店である。ちらりと目に入った値段が、百花が想定していたものよりも倍以上で、また財布の中身が心配になってしまったのだ。しかし、このクッキーを買うだけのお金は入っていたはず。
新樹はこのクッキーを気に入ってくれるだろうか。
無事、目的のクッキーを買い終えた百花は「そろそろ……」と控え室に戻りたいと晶翔に伝えた。
「そうだね。少し、のんびりしちゃったかな。じゃ、戻ろうか」
その言葉に百花はほっと安堵の息を吐く。なによりも、この場所から先ほどの控え室まで一人で戻れる自信がなかったのだ。それに、この別館の作りは複雑すぎて、先ほどから同じような場所をぐるぐる回っているようにも感じてしまう。
「あっ……」
途中、見知った顔を見つけ、百花は思わず声をあげてしまった。
晶翔もその声につられるようにして、百花の視線の先を確認する。
「あぁ、もしかして、瑞雨のお嬢と知り合い?」
晶翔はすぐに百花が声をあげた理由に気がついたようだ。
「いえ、知り合いというほどの関係ではございません。以前、外出先でお会いしただけなので……」
加恋は百花たちには気づかず、母親と話をしながら豪勢なパフェを食べている。
「なるほどね。お嬢は新樹と同じ年だったかな? 僕たちはお嬢って呼んでいるんだけど、まぁ、そう呼びたくなるくらいのお嬢っぷりなんだよ」
なんとなくだが、晶翔の言いたいことは伝わってきた。と同時に、呉服店での彼女の高慢な態度にも納得がいった。
「お嬢に見つかると面倒だからね。さっさと戻るか……」
その言葉は晶翔の偽りなき本音なのだろう。
百花は薄く笑みを浮かべ、来た道を戻り始める。だが、この道は先ほども通っただろうかと、先に進めば進むほど不安になった。
「百花さん、あとで会館の見取り図を渡すよ。それを見て歩けば、百花さんだって一人でこちらまで来られるでしょ?」
不安は残るものの、一人でこの場所まで足を運べるようになれば、今日のように新樹を待っている間に、彼が好むお菓子を買えるかもしれない。
「はい、ありがとうございます」
上ずった気持ちの百花の顔は、自然と笑顔を作っていた。
「へぇ?」
晶翔が意味ありげに片眉を動かすものの、すぐに表情を戻す。
本館のギャラリーまで歩いてくると、百花も帰ってきたという安堵感に包まれた。
地下へ続く階段を横目にしながら、次は地下の図書室へ行ってみたいと考えていた。
また外に出て、二階へと続く入り口から中に入る。螺旋階段の下にちらりと見えた一階は、こことは別世界で人が溢れていた。
静かな空間に戻ってくると、また身が引き締まる思いだ。
控え室の扉を開けた途端、針を刺すような人の視線を感じた。
「百花。どこに行っていたんだ?」
空気を震わせつつも突き刺さる冷たい声。新樹が威圧的に百花を睨みつけてきた。
「申し訳ございません。晶翔様に館内を案内していただいておりました」
「新樹。そう頭ごなしに怒るもんじゃないよ。彼女、ここ、初めてでしょ? どこに何があるかを把握しておかないと、迷子になるかもしれないでしょ?」
子どものように「迷子」と言われてしまったが、それに反論できるだけの自信が百花にはなかった。
「それよりも、今日は思っていたよりも早く終わったんじゃない? いつもはゆうに二時間もかかるのに。だから僕も、案内役を買って出たんだけどね」
晶翔が口を開けば開くたびに、新樹の眉間のしわが深くなっていく。
「まぁ、いい。百花、帰るぞ」
「あの……終わったのですか?」
「ああ。今日はいつもの半分の時間で終わった。おまえが用意してくれた資料がよかったようだ」
新樹は眉間にしわを刻みつつも、口元だけはやわらかくゆるんだ。
「はい。お役に立ててよかったです」
「だから帰る」
「はい。今、用意いたします」
ロッカーに預けた資料も取り出し、鞄に詰め込んでそれを肩にかけたところ、新樹は何も言わず、それを奪った。
「いくぞ」
「は、はい。では、お先に失礼します」
先ほどからじっくりと新樹を見つめていた晶翔にペコペコと頭を下げた百花は、大股で歩く新樹の背を追った。荷物を持っていようが、新樹は歩くのが速い。
「あの、深山さんは?」
「航平は車を呼びにいった。予定より、早く終わったからな」
晶翔も、会議は二時間以上かかると言っていたのだ。それが、一時間ちょっとすぎたところで終わったため、航平が運転手に連絡を入れ、迎えにくるようにと指示を出しているらしい。その間、新樹が百花の迎えに来たのだろう。
待避所へと向かうと、見慣れた車がすでに到着していた。
航平が黙ってドアを開け、新樹も黙ったまま車の中に入り、百花も頭を下げてそれに続く。
その間、無言ではあったものの、航平は新樹の機嫌が斜めになっているとすぐに気がついたようだ。彼は、百花に視線で訴えてきたが、百花にとっては心当たりがない。
移動中も新樹はイライラした様子で、百花も声をかけるのをためらってしまうほど。先ほど買ったクッキーを渡して、帝国会館の別館がいかにすごくて感動したかを伝えたかっただけに、気持ちはどんどんしぼんでいく。
屋敷の前に着いて車から降りても、新樹の周囲には苦々しい空気がまとわりついていた。
そのまま彼の執務室へと向かい、資料を鞄から取り出して机の上に並べる。
「新樹様、すぐに使う資料はこちらに。それ以外は、あちらの本棚に並べておきます」
百花が声をかけても、席についた新樹はどこか上の空で、うんともすんとも言わない。その様子が普段と異なっており、不安になった百花はもう一度、新樹に声をかける。
「どうかされましたか?」
すると「一抜けした!」と言わんばかりに「食事の用意を言いつけてきます」と航平が部屋から出ていってしまった。
「お土産用のお菓子なんかも買えますか?」
「もちろん、あるよ。どこか寄ってみたい店があるなら、案内するけど?」
そう言われても、百花はどこにどんな店があってどんなものを売っているのか、さっぱりわからないのだ。だが新樹はクッキーが好きなようだから、そういった焼き菓子店があるなら教えてほしいかもしれない。
「お茶菓子を買っておきたいのですが……えぇと、クッキーとか」
「あぁ、最近、流行りのお菓子だね? それならおすすめの店がある。おいで」
別館の建物内はまるで小さな街である。晶翔に案内されながら奥に進むと、吹き抜けを取り囲むようにして店が並んでいた。その形はまるでお菓子のドーナツを思い浮かべるもので、ドーナツの穴部分が吹き抜けになっていて太陽のあたたかな光を取り込んでいる。その場は喫茶スペースになっているのだろう、それぞれが好きな食べ物を手にして、ベンチやテーブルについていた。
「あ、この店。時間がちょうどよかったね。タイミング悪いと店に入るだけで、ここからあっちまで、ずらっと並ぶからさ」
案内された店は並ばずとも入ることができた。店の前から甘い香りが漂っており、つい店内をのぞきたくなるから、それも行列を作る原因の一つなのだろう。
店に入った百花は、新樹が好きそうなクッキーを選ぶ。彼は、チョコレートや紅茶など、他の味が混ざっているものは好まない。単純で素朴なものを好んで食べていた。さっと店内を見回すと、袋入りのシンプルなクッキーを見つけたため、それを手にする。
「へぇ? 百花さんはそういうのが好きなんだね。他には?」
「あ、いえ……これだけで……」
さすが帝国会館にあるお店である。ちらりと目に入った値段が、百花が想定していたものよりも倍以上で、また財布の中身が心配になってしまったのだ。しかし、このクッキーを買うだけのお金は入っていたはず。
新樹はこのクッキーを気に入ってくれるだろうか。
無事、目的のクッキーを買い終えた百花は「そろそろ……」と控え室に戻りたいと晶翔に伝えた。
「そうだね。少し、のんびりしちゃったかな。じゃ、戻ろうか」
その言葉に百花はほっと安堵の息を吐く。なによりも、この場所から先ほどの控え室まで一人で戻れる自信がなかったのだ。それに、この別館の作りは複雑すぎて、先ほどから同じような場所をぐるぐる回っているようにも感じてしまう。
「あっ……」
途中、見知った顔を見つけ、百花は思わず声をあげてしまった。
晶翔もその声につられるようにして、百花の視線の先を確認する。
「あぁ、もしかして、瑞雨のお嬢と知り合い?」
晶翔はすぐに百花が声をあげた理由に気がついたようだ。
「いえ、知り合いというほどの関係ではございません。以前、外出先でお会いしただけなので……」
加恋は百花たちには気づかず、母親と話をしながら豪勢なパフェを食べている。
「なるほどね。お嬢は新樹と同じ年だったかな? 僕たちはお嬢って呼んでいるんだけど、まぁ、そう呼びたくなるくらいのお嬢っぷりなんだよ」
なんとなくだが、晶翔の言いたいことは伝わってきた。と同時に、呉服店での彼女の高慢な態度にも納得がいった。
「お嬢に見つかると面倒だからね。さっさと戻るか……」
その言葉は晶翔の偽りなき本音なのだろう。
百花は薄く笑みを浮かべ、来た道を戻り始める。だが、この道は先ほども通っただろうかと、先に進めば進むほど不安になった。
「百花さん、あとで会館の見取り図を渡すよ。それを見て歩けば、百花さんだって一人でこちらまで来られるでしょ?」
不安は残るものの、一人でこの場所まで足を運べるようになれば、今日のように新樹を待っている間に、彼が好むお菓子を買えるかもしれない。
「はい、ありがとうございます」
上ずった気持ちの百花の顔は、自然と笑顔を作っていた。
「へぇ?」
晶翔が意味ありげに片眉を動かすものの、すぐに表情を戻す。
本館のギャラリーまで歩いてくると、百花も帰ってきたという安堵感に包まれた。
地下へ続く階段を横目にしながら、次は地下の図書室へ行ってみたいと考えていた。
また外に出て、二階へと続く入り口から中に入る。螺旋階段の下にちらりと見えた一階は、こことは別世界で人が溢れていた。
静かな空間に戻ってくると、また身が引き締まる思いだ。
控え室の扉を開けた途端、針を刺すような人の視線を感じた。
「百花。どこに行っていたんだ?」
空気を震わせつつも突き刺さる冷たい声。新樹が威圧的に百花を睨みつけてきた。
「申し訳ございません。晶翔様に館内を案内していただいておりました」
「新樹。そう頭ごなしに怒るもんじゃないよ。彼女、ここ、初めてでしょ? どこに何があるかを把握しておかないと、迷子になるかもしれないでしょ?」
子どものように「迷子」と言われてしまったが、それに反論できるだけの自信が百花にはなかった。
「それよりも、今日は思っていたよりも早く終わったんじゃない? いつもはゆうに二時間もかかるのに。だから僕も、案内役を買って出たんだけどね」
晶翔が口を開けば開くたびに、新樹の眉間のしわが深くなっていく。
「まぁ、いい。百花、帰るぞ」
「あの……終わったのですか?」
「ああ。今日はいつもの半分の時間で終わった。おまえが用意してくれた資料がよかったようだ」
新樹は眉間にしわを刻みつつも、口元だけはやわらかくゆるんだ。
「はい。お役に立ててよかったです」
「だから帰る」
「はい。今、用意いたします」
ロッカーに預けた資料も取り出し、鞄に詰め込んでそれを肩にかけたところ、新樹は何も言わず、それを奪った。
「いくぞ」
「は、はい。では、お先に失礼します」
先ほどからじっくりと新樹を見つめていた晶翔にペコペコと頭を下げた百花は、大股で歩く新樹の背を追った。荷物を持っていようが、新樹は歩くのが速い。
「あの、深山さんは?」
「航平は車を呼びにいった。予定より、早く終わったからな」
晶翔も、会議は二時間以上かかると言っていたのだ。それが、一時間ちょっとすぎたところで終わったため、航平が運転手に連絡を入れ、迎えにくるようにと指示を出しているらしい。その間、新樹が百花の迎えに来たのだろう。
待避所へと向かうと、見慣れた車がすでに到着していた。
航平が黙ってドアを開け、新樹も黙ったまま車の中に入り、百花も頭を下げてそれに続く。
その間、無言ではあったものの、航平は新樹の機嫌が斜めになっているとすぐに気がついたようだ。彼は、百花に視線で訴えてきたが、百花にとっては心当たりがない。
移動中も新樹はイライラした様子で、百花も声をかけるのをためらってしまうほど。先ほど買ったクッキーを渡して、帝国会館の別館がいかにすごくて感動したかを伝えたかっただけに、気持ちはどんどんしぼんでいく。
屋敷の前に着いて車から降りても、新樹の周囲には苦々しい空気がまとわりついていた。
そのまま彼の執務室へと向かい、資料を鞄から取り出して机の上に並べる。
「新樹様、すぐに使う資料はこちらに。それ以外は、あちらの本棚に並べておきます」
百花が声をかけても、席についた新樹はどこか上の空で、うんともすんとも言わない。その様子が普段と異なっており、不安になった百花はもう一度、新樹に声をかける。
「どうかされましたか?」
すると「一抜けした!」と言わんばかりに「食事の用意を言いつけてきます」と航平が部屋から出ていってしまった。



