電車に二人で揺られている。家族には内緒の秘密の時間。僕はそのことに少しの後ろめたさと、喜びを噛みしめていた。隣の町の駅で降りて、優希の家まで一緒に歩いた。
初めての女性の家を訪ねる。そう言葉にすると、思春期の男子中学生には刺激的なイベントだけれど、僕の心は驚くほど落ち着いていた。
優希の方も、特に意識していないように見える。幼馴染みというのがこういうものなのだろうか? そう考えてみたが他にそんな相手もいない僕には答えは出なかった。
古くも新しくもない、そんな普通のマンションの一室が優希の家だった。
「いらっしゃい、入って。あ、まずそこで手を洗ってそこのダイニングテーブルにでも座っていて」
僕は言われたとおり、ダイニングキッチンの小ぶりなテーブルの座席に座った。花が飾られた小ぎれいな部屋、生活感はあるが、女性の華やかさを感じられる部屋。冷たく暗いうちの家とは全く違う世界がそこにはあった。優希はそのままエプロンをつけるとキッチンで料理をはじめた。
「あ、祐希は、苦手な食べ物とかある?」
「好き嫌いとか言えない家だったから、出されたものは何でも食べられるようになったね、給食とかも残したことはないよ」
「そっか、じゃあ、急いで作っちゃうね」
リズミカルに聞こえる包丁の音。祖母の規則正しく一定なそれと違って、優希の鳴らす音は、なぜか歌ってるようだった。
「楽しそうに作るんだね?」
「料理は好きなの、ママも喜んでくれるしね。それに今日は、祐希にも美味しいって言わせないとね」
合間に一瞬振り返って見せた笑顔が、眩しく見えた。胸がきゅっと詰まって、でも穏やかな気持ちに何故かなった。
「楽しみにしてるよ」——僕はそう返すのがやっとだった。
鍋に火がかかり、そこにトマトの赤い汁がそそがれていく。隣で焼かれた香ばしい肉の香りがその中に放り込まれていく。日常的に料理をしているのであろう優希の手さばきは僕からはまるで魔法のように見えた。
甘いスープの香りが、部屋中に漂ってきて、「ぐぅー」と僕のお腹が、物欲しそうな音を部屋に響かせた。僕は真っ赤になって「ごめん」と言うと、「美味しそうって思ってくれた音だから、嬉しいよ」——優希の言葉はどこまでも僕に優しかった。
「あとは、煮込むだけだから、待つだけ、私も前に座るね」
向かいの席に優希が座って、こちらを見て微笑んだ。
「いい匂いだね、家だと和食以外食べないから、楽しみだよ」
「和食も美味しいけど、毎日だとねえ、そう思って今日は鶏肉のトマト煮にしたんだ」
「ありがとう、でもよかったのかな? それにお母さん帰ってきたらびっくりしないかな?」
「どうだろう、男の子連れてきたのはこれが初めてね。でも祐希を紹介したかったんだ。大事な友達だよって」
『友達』——それはそうだよね、僕は目を伏せて、視線を彷徨わせた、そして頷いて返事をした。
「ありがとう、『友達』と言ってくれて、僕も優希のこと大切に想ってるよ」
「ありがとう」——なんだか優希の顔も少し赤くなったような気がした。
一瞬ぎこちない空気が流れたけれど、また話し始めると、いつものように僕らは仲良く話し始めた。これまでずっとそうしてきたように、いつもの夢と同じように。ずっと仲良しだったもの同士のような打ち解けた会話と、鍋を煮る小さなガスの炎の音が、穏やかな部屋に流れていた。
「それにしてもママ、今日は遅いな、お腹空いてきちゃったから、先に食べてまってようか、私もお腹すいちゃった」
僕は手を合わせて「いただきます」というと、優希の作ってくれた料理を口に運んだ。
「美味しい」そう僕が笑って言った時、「ガチャ」と玄関の扉があく音がした。
「あ、ママ帰ってきた、ちょっと行ってくる」
初めての女性の家を訪ねる。そう言葉にすると、思春期の男子中学生には刺激的なイベントだけれど、僕の心は驚くほど落ち着いていた。
優希の方も、特に意識していないように見える。幼馴染みというのがこういうものなのだろうか? そう考えてみたが他にそんな相手もいない僕には答えは出なかった。
古くも新しくもない、そんな普通のマンションの一室が優希の家だった。
「いらっしゃい、入って。あ、まずそこで手を洗ってそこのダイニングテーブルにでも座っていて」
僕は言われたとおり、ダイニングキッチンの小ぶりなテーブルの座席に座った。花が飾られた小ぎれいな部屋、生活感はあるが、女性の華やかさを感じられる部屋。冷たく暗いうちの家とは全く違う世界がそこにはあった。優希はそのままエプロンをつけるとキッチンで料理をはじめた。
「あ、祐希は、苦手な食べ物とかある?」
「好き嫌いとか言えない家だったから、出されたものは何でも食べられるようになったね、給食とかも残したことはないよ」
「そっか、じゃあ、急いで作っちゃうね」
リズミカルに聞こえる包丁の音。祖母の規則正しく一定なそれと違って、優希の鳴らす音は、なぜか歌ってるようだった。
「楽しそうに作るんだね?」
「料理は好きなの、ママも喜んでくれるしね。それに今日は、祐希にも美味しいって言わせないとね」
合間に一瞬振り返って見せた笑顔が、眩しく見えた。胸がきゅっと詰まって、でも穏やかな気持ちに何故かなった。
「楽しみにしてるよ」——僕はそう返すのがやっとだった。
鍋に火がかかり、そこにトマトの赤い汁がそそがれていく。隣で焼かれた香ばしい肉の香りがその中に放り込まれていく。日常的に料理をしているのであろう優希の手さばきは僕からはまるで魔法のように見えた。
甘いスープの香りが、部屋中に漂ってきて、「ぐぅー」と僕のお腹が、物欲しそうな音を部屋に響かせた。僕は真っ赤になって「ごめん」と言うと、「美味しそうって思ってくれた音だから、嬉しいよ」——優希の言葉はどこまでも僕に優しかった。
「あとは、煮込むだけだから、待つだけ、私も前に座るね」
向かいの席に優希が座って、こちらを見て微笑んだ。
「いい匂いだね、家だと和食以外食べないから、楽しみだよ」
「和食も美味しいけど、毎日だとねえ、そう思って今日は鶏肉のトマト煮にしたんだ」
「ありがとう、でもよかったのかな? それにお母さん帰ってきたらびっくりしないかな?」
「どうだろう、男の子連れてきたのはこれが初めてね。でも祐希を紹介したかったんだ。大事な友達だよって」
『友達』——それはそうだよね、僕は目を伏せて、視線を彷徨わせた、そして頷いて返事をした。
「ありがとう、『友達』と言ってくれて、僕も優希のこと大切に想ってるよ」
「ありがとう」——なんだか優希の顔も少し赤くなったような気がした。
一瞬ぎこちない空気が流れたけれど、また話し始めると、いつものように僕らは仲良く話し始めた。これまでずっとそうしてきたように、いつもの夢と同じように。ずっと仲良しだったもの同士のような打ち解けた会話と、鍋を煮る小さなガスの炎の音が、穏やかな部屋に流れていた。
「それにしてもママ、今日は遅いな、お腹空いてきちゃったから、先に食べてまってようか、私もお腹すいちゃった」
僕は手を合わせて「いただきます」というと、優希の作ってくれた料理を口に運んだ。
「美味しい」そう僕が笑って言った時、「ガチャ」と玄関の扉があく音がした。
「あ、ママ帰ってきた、ちょっと行ってくる」



