次の日の夜は、優希の夢を見なかった。
朝おきて予備校に向かう電車の座席で暇だった僕は、繋がらないか間違いメールになるとわかっていて、なんとなくその番号にメッセージを送ってしまった。
『おはよう、祐希だよ』——ただそれだけのメッセージ。
友達にメッセージを送る、そんな僕が普通と思うことをただしてみたかったんだと思う。
宛先人不明でエラーになることもなく、そのメッセージは誰かの元に送られたようだが、返事が来ることはなく、僕は間違いだと思われて無視されたんだろうな。そう考えて送ったことも忘れて、午前中は予備校の授業に集中していた。
午前の講義が終わって、お昼ご飯を食べるのに予備校の食堂に行く。
地元から遠く離れた予備校で、友達がいるわけでもない僕は、今日も一人で祖母の作ってくれた色の少ないお弁当を食べていた。
そんな時、鞄のスマホのバイブの音が、微かに伝わってきた。なんだろうか? とスマホのロックを解除した僕の目に、こんなメッセージが飛び込んできたのだ。
『祐希? え? 本当? 優希だよ』
僕は、その数文字の表示されたスマホを見つめたまま、しばらく動くことができなかった。
しばらくして、僕は慌てて弁当の残りを胃の中に押し込むと、少し考えて返信をした。
『看護師のお母さんと二人で暮らしている優希?』
『そうだよ、そっちは仕事で忙しいお父さんと、厳しいおじいちゃん、おばあちゃんと住んでる祐希?』
『そうだよ、その祐希だよ』
夢の中にだけいるはずだった優希が、スマホの向こうにいる。そのことが僕に優希の存在をはじめて生々しい女性として意識させた。
『ごめん、予備校の午後の授業がはじまる。夜帰りの電車の中からまたメッセージしていい?』
『いいよ、待ってるね』
待ってるというその一言で心が泡立った。
その日の午後の講義は、正直あまり覚えていない。なのにとても時間が長く感じたことだけは、嫌なくらいに覚えていた。
帰りの電車の中で、僕は早速優希宛のメッセージをしたためた。
『祐希です。もしかして今も夢を見てるんじゃないかとびっくりしています。僕は、今、K市の予備校に通っている中学三年生です。』
『優希です。私はその近くのA市に住んでいます。私も夢じゃないよね?って何度もほっぺたをつねりました』
電車が田舎街につくまで、僕たちの会話は続いた。
その日からしばらく、優希の夢は見なかった。
『おはよう、今日も予備校だよ』
『毎日大変だね、私は今日はストックのおかずつくりだよ。毎日の副菜をまとめて作っておくの』
『料理できるってすごいね。食べてみたいな。祖母の作る料理は栄養はあるかもしれないけれど、種類が少なくて、いつも同じものを食べてる気がするんだ』
『私だってそんなにレパートリーあるわけじゃないわよ』
予備校の昼休み、毎日ほとんど変わらない祖母の弁当を食べていると土を噛んでいるような気がしてきた。
受験で都会の高校に行くのはあの家から離れる時間をつくれる大事なことだから手を抜くことはない。
勉強も嫌いではない。
受験まで間がない今、遊んでいる場合ではない。
そんなことはわかっていたが、窓の外を歩く夏休みで遊んでいる中高生を見ていると、やりきれない気持ちが立ち上ってくる。
僕の家が普通だったら……友達と遊びにいったり、できたのだろうか?
帰り道、優希とのメッセージの時間が、僕の自由と呼べる唯一の時間になっていた。
『祐希っていつも勉強して何になりたいの?』
そう聞いて来たメッセージを前に僕は、返す言葉を失う。ただ家から逃げたいだけ、それだけしかない……そんな自分があまりにも情けなく感じた。
『今はまだわからないけど、可能性を最大限にするために進学するってところかな』
そんな風にかっこつけた回答をすることしかできなかった。
翌朝になり、食卓に向かうと珍しく父がいた。いつもは先に出てしまうのに、どうしたのか?——と聞くと、今日は休暇を取らされたらしい。なんだかわからないけど、社会人は休みを取らされることがあるらしい。
「受験生にも休みが欲しい」——つい余計なことを言ってしまった。
「別に近所の高校に行ってもいいんだぞ」
不機嫌そうな顔で、そんなことを言う父に、僕は「自分の為だから頑張るよ、失言だっ
た」と言って頭を下げた。
その日の行きの電車で、僕は逃げるように優希にメッセージを送った。
『明日は土曜日だね。優希はどうするの?』
『明日は買い物に祐希の予備校のある街に出るよ』
その返信を見て、僕の心は躍った……。
『何時頃来るの?』
『買い物は午後2時くらいまでかな?』
土曜日の午後は、自主学習時間だから、部屋の予約だけだ、それをキャンセルすれば……もしかして……。
『明日、予備校昼過ぎには終わるんだ』
そう送ってみた。
「じゃあ、明日、会ってみる?」
「会ってみる?」——その一言で、胸が詰まって、思わず深く息を吸った。
『じゃあ、駅前に2時でいい?』
この一文を打つのに何度も消しては書き直した。
『楽しみにしてる』——その返事に喜びのあまりスマホを胸に抱きしめた。
朝おきて予備校に向かう電車の座席で暇だった僕は、繋がらないか間違いメールになるとわかっていて、なんとなくその番号にメッセージを送ってしまった。
『おはよう、祐希だよ』——ただそれだけのメッセージ。
友達にメッセージを送る、そんな僕が普通と思うことをただしてみたかったんだと思う。
宛先人不明でエラーになることもなく、そのメッセージは誰かの元に送られたようだが、返事が来ることはなく、僕は間違いだと思われて無視されたんだろうな。そう考えて送ったことも忘れて、午前中は予備校の授業に集中していた。
午前の講義が終わって、お昼ご飯を食べるのに予備校の食堂に行く。
地元から遠く離れた予備校で、友達がいるわけでもない僕は、今日も一人で祖母の作ってくれた色の少ないお弁当を食べていた。
そんな時、鞄のスマホのバイブの音が、微かに伝わってきた。なんだろうか? とスマホのロックを解除した僕の目に、こんなメッセージが飛び込んできたのだ。
『祐希? え? 本当? 優希だよ』
僕は、その数文字の表示されたスマホを見つめたまま、しばらく動くことができなかった。
しばらくして、僕は慌てて弁当の残りを胃の中に押し込むと、少し考えて返信をした。
『看護師のお母さんと二人で暮らしている優希?』
『そうだよ、そっちは仕事で忙しいお父さんと、厳しいおじいちゃん、おばあちゃんと住んでる祐希?』
『そうだよ、その祐希だよ』
夢の中にだけいるはずだった優希が、スマホの向こうにいる。そのことが僕に優希の存在をはじめて生々しい女性として意識させた。
『ごめん、予備校の午後の授業がはじまる。夜帰りの電車の中からまたメッセージしていい?』
『いいよ、待ってるね』
待ってるというその一言で心が泡立った。
その日の午後の講義は、正直あまり覚えていない。なのにとても時間が長く感じたことだけは、嫌なくらいに覚えていた。
帰りの電車の中で、僕は早速優希宛のメッセージをしたためた。
『祐希です。もしかして今も夢を見てるんじゃないかとびっくりしています。僕は、今、K市の予備校に通っている中学三年生です。』
『優希です。私はその近くのA市に住んでいます。私も夢じゃないよね?って何度もほっぺたをつねりました』
電車が田舎街につくまで、僕たちの会話は続いた。
その日からしばらく、優希の夢は見なかった。
『おはよう、今日も予備校だよ』
『毎日大変だね、私は今日はストックのおかずつくりだよ。毎日の副菜をまとめて作っておくの』
『料理できるってすごいね。食べてみたいな。祖母の作る料理は栄養はあるかもしれないけれど、種類が少なくて、いつも同じものを食べてる気がするんだ』
『私だってそんなにレパートリーあるわけじゃないわよ』
予備校の昼休み、毎日ほとんど変わらない祖母の弁当を食べていると土を噛んでいるような気がしてきた。
受験で都会の高校に行くのはあの家から離れる時間をつくれる大事なことだから手を抜くことはない。
勉強も嫌いではない。
受験まで間がない今、遊んでいる場合ではない。
そんなことはわかっていたが、窓の外を歩く夏休みで遊んでいる中高生を見ていると、やりきれない気持ちが立ち上ってくる。
僕の家が普通だったら……友達と遊びにいったり、できたのだろうか?
帰り道、優希とのメッセージの時間が、僕の自由と呼べる唯一の時間になっていた。
『祐希っていつも勉強して何になりたいの?』
そう聞いて来たメッセージを前に僕は、返す言葉を失う。ただ家から逃げたいだけ、それだけしかない……そんな自分があまりにも情けなく感じた。
『今はまだわからないけど、可能性を最大限にするために進学するってところかな』
そんな風にかっこつけた回答をすることしかできなかった。
翌朝になり、食卓に向かうと珍しく父がいた。いつもは先に出てしまうのに、どうしたのか?——と聞くと、今日は休暇を取らされたらしい。なんだかわからないけど、社会人は休みを取らされることがあるらしい。
「受験生にも休みが欲しい」——つい余計なことを言ってしまった。
「別に近所の高校に行ってもいいんだぞ」
不機嫌そうな顔で、そんなことを言う父に、僕は「自分の為だから頑張るよ、失言だっ
た」と言って頭を下げた。
その日の行きの電車で、僕は逃げるように優希にメッセージを送った。
『明日は土曜日だね。優希はどうするの?』
『明日は買い物に祐希の予備校のある街に出るよ』
その返信を見て、僕の心は躍った……。
『何時頃来るの?』
『買い物は午後2時くらいまでかな?』
土曜日の午後は、自主学習時間だから、部屋の予約だけだ、それをキャンセルすれば……もしかして……。
『明日、予備校昼過ぎには終わるんだ』
そう送ってみた。
「じゃあ、明日、会ってみる?」
「会ってみる?」——その一言で、胸が詰まって、思わず深く息を吸った。
『じゃあ、駅前に2時でいい?』
この一文を打つのに何度も消しては書き直した。
『楽しみにしてる』——その返事に喜びのあまりスマホを胸に抱きしめた。



