夢の中の少女

 僕には、夢の中でだけ会える少女がいた。
 それが、すべての始まりだった。
 
 部屋に隠してある一枚の写真。

 不器用な笑顔で赤ん坊の自分を抱っこしている父親の写真。父は右の誰かを見ている。 
 だがその視線の先は、切り取られていて、今は誰もいない。でもきっとそこには、母が写っていたはずだ。


 真城祐希 それが僕の名前だ。

 厳しい祖父母と、この真城の家に住んでいる。僕の家はこの地方の旧家で、江戸時代は家老をしていた家系だということを、祖父母は常日頃から僕に話して、ご先祖様に恥ずかしくない生き方をしなさいと言っている。

 幼い頃、母のことを父に何度も尋ねたが、父はいつも辛そうに顔をそむけた。
 その沈黙だけが家に残り、父は仕事を理由に家から離れていった。

 中学生になった僕にもそういったことが理解できるようになっていたが、家にあまりいないという父の習慣は、今も変わることはなかった。

 今となっては、父と何を話していいのか自分にもわからなくなってきて、いないことを気にしないようにしている。

 いない父の代わりに僕を育ててくれたのは祖父母であった。彼らは厳しく僕を躾けて育てたが、厳しいのは二人の性格というよりも、それが『立派な跡取り』に必要だからやっていたんだなと、今は感じている。

 学校で聞く同級生の話す「おじいちゃん」「おばあちゃん」というものとは違って甘えるということのできない相手だった。

 期待に応えれば褒めてはくれるが、応えられないと叱られる。そういう存在だった。
 
 幼い頃から礼儀作法を躾けられ、甘えた記憶というものが、僕にはなかった。

 部屋の写真を最初に見つけた時に、この右側のことを祖父母にも聞いた。そんな写真は捨てなさいとそれきりで、口をつぐんでそれ以上は何も教えてくれない。今はもうそのことを口にするのは諦めた。

 自分は誰にも愛されない、だから母も僕のことを捨てたのだろう。そうして、自分は捨てられた子供だという、そのことだけが、いつも心の奥に澱んでいた。


 朝起きると、祖母がいつも掃除をして、丁寧に清められた廊下を通って、朝食をとる居間に行く。一汁一菜のいつもと同じ朝ご飯を祖母がこしらえてくれている。

 僕は手をあわせて、「いただきます」と挨拶をすると、箸を手にして、朝食を食べ始める。

 箸は三センチ以上汚すな、持ち方は崩すな、姿勢は常にまっすぐにしろ。幼い頃から祖父に躾けられた通りに、僕は食べ始めた。

 今は祖父の言う通りの食べ方が身について出来ているが、幼い頃には何度も、手を木の棒で叩かれたものだ。

 僕は今日も祖父母の期待する『理想の跡取り息子』の形をなぞっていた。

「お爺様、お婆様、それでは学校に行ってきます」

 僕はそう言ってやっと、息が詰まるばかりのこの家を出て、学校に向かう。

 家の外の道の空気を吸って、僕はやっと本来の自分に戻れるのだ。



 そんな僕の唯一の癒しが、ずっと夢の中で同じ女の子と話をしていること。僕の夢に時々出てきて、いろんな話を聞いてくれて。僕も彼女の話をいつも楽しく聞いていた。

 優希と名乗ったその子は、どこか自分に似た顔立ちをした、笑顔の可愛い同じ歳の女の子だった。

 その夢がはじまったのはいつだったのかもう覚えていない。

 でも、その夢を見た日だけは、僕は普通に息をすることができた。