わたしだけのお疲れ様刑事

 数日後の午後、私は田嶋さんの運転する車で、田嶋さんの担当している事件に関係する、ペンダントの持ち主を訪ねていた。
 
「ほんとに、わざわざありがとうねぇ」
 
 ペンダントの写真に面影のある、上品な老婦人が出迎えてくれた。
 
「これ、亡くなった主人の形見なのよ」
 
 婦人はペンダントを開き、中の写真を私たちに見せて言った。
 
「若い頃の主人と私よ。あそこの公園で撮ったの。ふふ、いい男でしょ」
 
 そう言った婦人の目が潤んでいる。
 ほろほろと溢れた涙が、ペンダントの銀色にぽたり……と落ちた。
 
 ペンダントと水滴の両方に、私たち二人の顔が跳ね返っていた。
 
 帰りの車の中。
 
 老婦人の感情の余韻のまま、私たちは何となく黙ったままシートに揺られていた。
 言葉はなかったけれど、二人とも満ち足りている――そのことが自然に分かった。
 
 赤信号で停車した時、彼が私の方を見た。
 
「今日、この仕事をしていて、はじめて心からよかったと思いました」
 
 私も彼の方を見つめた。
 
「そう、それは良かったね。お疲れ様、小山さん」
 
 眩しい彼の笑顔が、まっすぐに心に届いた。
 
 信号が青に変わり、車が動き出す。
 そろそろ陽が傾き、ビルの影が長く伸びて、走る車の向こうに溶けていった。
 
 結局、車内で交わした言葉は、その一言ずつだけだった。
 けれど見つめ合った余韻が、しっかりと私の胸に残っていた。
 
 車が署に戻り、二人きりの時間は静かに終わりを告げた。
 
「ありがとうございました、田嶋さん」
 
「こちらこそ、ありがとう。そして――お疲れ様、小山さん」
 
 そんな言葉を残して、二人はまた日常へと戻っていった。
 
 翌朝、いつもの事務室に出社して、仕事の準備にパソコンの電源を入れる。
 ジジ、と時折唸る蛍光灯の音が、いつものように私を迎えた。
 
 部屋の外から、軽いノックの音がする。
 
「はい、どうぞ」
 
 そう声をかけると、ドアは開かず、代わりに声が届いた。
 
「お疲れ様です、小山さん」
 
「お疲れ様です、田嶋さん」
 
 ドアの前から離れていく足音が、廊下に消えていく。
 
 ふと机の横を見ると、そこに何か置かれていた。
 
 “8200番”のタグが添えられた缶コーヒー。
 誰が置いていったのか、すぐに分かった。
 
 私は笑って、その缶を手に取ると、プルタブを開けた。
 
 プシュッという音が、蛍光灯の唸る音と混じり合っていく。
 
 お疲れ様刑事(デカ)という私しか使っていない呼び方は、もう私からも使われなくなった。