会場に入ってほどなくすると、ふっと照明が落ちた。にぎやかだった会場が一瞬で静まり返る。
やわらかな音楽が流れはじめ、スポットライトで照らされた扉から、装いを変えた新郎新婦が華やかに登場した。
莉奈の手を取ってエスコートする准の横顔を見た瞬間、心に重力がかかったようにどこまでも沈んでいく。海の底の底、もう光がみえないところまで。
この後、友人代表のスピーチをちゃんと話せるのか。泣いてみっともない姿を見せずに済むのか。まるで自信がない。
それでも、やるしかない。だって准の門出なのだから。こうやっていくら嘆いたところで、もう時間は戻らないのだから。
そう自分に言い聞かせながら、伊織は乾杯の声と同時に、手元のスパークリングワインを飲みほした。
胸がチリチリと痛むのは、炭酸が強すぎたせいだろう。きっとそうだと自分に言い聞かせた。
少しの歓談のあと、再び会場の灯りが落ちて、軽快な音楽とともに、前方の大きなスクリーンに映像が映し出される。
披露宴の定番、新郎新婦の生い立ちから、出会い、今日に至るまでを振り返るプロフィールムービーだ。
生まれて間もない准の写真が映し出され、会場から温かな笑い声が漏れる。
そこには、乳児にしてはあまりに不遜な今の面影そのままの准がいた。
幼稚園の発表会でカラスの役をした准、小学校の運動会で一等賞だった准。
自分と出会うまでの幼い准に、思わず食い入る様に見入ってしまう。まるで推しのプライベートでも見てしまったファンのように、逸る気持ちが抑えきれない。
動画は進み、やがて中学、高校、大学と成長した准の姿が流れたとき、伊織は不意に息が詰まった。吸った息がうまく吐き出せず、時が止まったように固まる。
スクリーンには、いつものポーカーフェイスな准。そして、その隣には当然のように伊織がいた。
中学のテニスの県大会、高校の文化祭、大学の入学式に、サークルの飲み会。
全ての准の思い出に自分がいて、すべての伊織の思い出に准がいた。
「全部の写真に伊織いるじゃん」
「ほんま、昔から仲良かったんやな。さすが親友」
隣の席から漏れ聞こえる塩田と原の会話をよそに、体のどこからか急速に熱が込み上げて、目の奥まで突き上がっていく。
暗闇の中、伊織の視界がわずかに歪んだ。
瞬間、後悔が津波のように押し寄せた。
――なんで。……なんで告白しなかったんだろう。
告白するタイミングなんて、いくらでもあった。
あの時だって、あの夜だって、あの帰り道だって――。
それでもしなかったのは、これから先も准の隣にいたかったから。
准はきっとノンけだし。自分に告白されても、困るだろう。
最悪の場合、もうそばにいることも許されないかもしれない。
そう思うと、言えなかった。
だから友人としてでもいいから、側にいたいと願った。
けれど、それは正しかったのだろうか。
だって、こんなに胸が苦しいのだ。心臓が握りつぶされているように息ができない。
――フラれても、気持ち悪がられても、思いを伝えればよかった。
そうすれば、こんなに後悔せずに済んだかもしれない。いまより傷も浅くすんだかもしれない。
親友という肩書きを大切に抱きしめてきた十三年という年月が、今はあまりに重くのしかかる。
後悔の波は何度も何度も、伊織を飲み込んでいく。
その波が冷たければ、少しは冷静になれるかもしれないのに、それはなぜだか温かくて、そのぬるさがとても残酷だった。
だって、この胸の痛みも全て、准からもらったものだから。そう思うとすべてが愛しくて、すべてが切ない。
――戻りたい。叶うのなら、あの頃に。戻って、素直にこの想いを伝えたい。
ふられても、気持ち悪がられても、構わない。
だって、今よりも苦しいことなんて、きっとない。誰かのものになる准の横で笑っていられるほど、自分は強くなかった。
そう気づいたところで過去に戻れるわけもなく、伊織はただ目の前で流れる写真を見つめた。
――ああ、悔しい。なんで俺は想いを伝えなかったんだ。なんで。なんで。
もし、写真の頃にもどれたら、絶対に想いを伝えるのに。
やらなかった後悔は、きっと一生自分を締め付けるのだろう。
次々に映し出される自分が逃してきた告白のチャンス。
それに耐えきれず、伊織は逃げるように視線を逸らした。
ふと、人の隙間を縫うように視線を感じ、目を向けると、高砂に座る准がこちらを見つめていた。
射るような眼差しに、思わず体が強ばる。
スピーチ失敗するなよ、とでも言いたいのだろうか。けれど、それにしてはあまりに真剣で、どこか縋るようにも見えた。
その視線の意図を測りかねたまま、伊織は小さく首を傾げてみせた。口元には、精一杯の笑みも添える。
准はかすかに眉を寄せると、小さく息を吸って口を開きかけた――そのとき、隣の莉奈が楽しそうな表情で准に囁いた。
准は少しためらいながら、伊織から引きはがされるように、視線を莉奈に向ける。
スクリーンの映像は、いつのまにか莉奈と准の思い出に代わっていて、二人はその写真を前に、楽しそうに微笑み合っていた。
伊織はスクリーンを見つめることも、幸せそうな二人を見つめることもできず、ただ手元のグラスに視線を落とした。
映像が終わるとともに照明がつき、司会の女性のはつらつとした声が耳に届く。
「ここで新郎新婦のご友人から心温まるスピーチを頂戴したいと思います。まずは、新郎の中学からのご友人で、新婦のサークルの先輩でもあられます藤瀬 伊織さま。どうぞよろしくお願いします」
塩田や原に見守られる中、伊織は小さく深呼吸をする。
足元には後悔がおもりのようについて回るけど、それでも、歯を食いしばって立ち上がるしかない。
壇上に向かい、大きく一歩を踏み出した。
――俺は今から人生最大の嘘をつく。
本当はお前の幸せを祈ることなんてできない。
結婚式で、親友の幸せを願えないなんて、きっと来世でも罰があたるんだろう。
やわらかな音楽が流れはじめ、スポットライトで照らされた扉から、装いを変えた新郎新婦が華やかに登場した。
莉奈の手を取ってエスコートする准の横顔を見た瞬間、心に重力がかかったようにどこまでも沈んでいく。海の底の底、もう光がみえないところまで。
この後、友人代表のスピーチをちゃんと話せるのか。泣いてみっともない姿を見せずに済むのか。まるで自信がない。
それでも、やるしかない。だって准の門出なのだから。こうやっていくら嘆いたところで、もう時間は戻らないのだから。
そう自分に言い聞かせながら、伊織は乾杯の声と同時に、手元のスパークリングワインを飲みほした。
胸がチリチリと痛むのは、炭酸が強すぎたせいだろう。きっとそうだと自分に言い聞かせた。
少しの歓談のあと、再び会場の灯りが落ちて、軽快な音楽とともに、前方の大きなスクリーンに映像が映し出される。
披露宴の定番、新郎新婦の生い立ちから、出会い、今日に至るまでを振り返るプロフィールムービーだ。
生まれて間もない准の写真が映し出され、会場から温かな笑い声が漏れる。
そこには、乳児にしてはあまりに不遜な今の面影そのままの准がいた。
幼稚園の発表会でカラスの役をした准、小学校の運動会で一等賞だった准。
自分と出会うまでの幼い准に、思わず食い入る様に見入ってしまう。まるで推しのプライベートでも見てしまったファンのように、逸る気持ちが抑えきれない。
動画は進み、やがて中学、高校、大学と成長した准の姿が流れたとき、伊織は不意に息が詰まった。吸った息がうまく吐き出せず、時が止まったように固まる。
スクリーンには、いつものポーカーフェイスな准。そして、その隣には当然のように伊織がいた。
中学のテニスの県大会、高校の文化祭、大学の入学式に、サークルの飲み会。
全ての准の思い出に自分がいて、すべての伊織の思い出に准がいた。
「全部の写真に伊織いるじゃん」
「ほんま、昔から仲良かったんやな。さすが親友」
隣の席から漏れ聞こえる塩田と原の会話をよそに、体のどこからか急速に熱が込み上げて、目の奥まで突き上がっていく。
暗闇の中、伊織の視界がわずかに歪んだ。
瞬間、後悔が津波のように押し寄せた。
――なんで。……なんで告白しなかったんだろう。
告白するタイミングなんて、いくらでもあった。
あの時だって、あの夜だって、あの帰り道だって――。
それでもしなかったのは、これから先も准の隣にいたかったから。
准はきっとノンけだし。自分に告白されても、困るだろう。
最悪の場合、もうそばにいることも許されないかもしれない。
そう思うと、言えなかった。
だから友人としてでもいいから、側にいたいと願った。
けれど、それは正しかったのだろうか。
だって、こんなに胸が苦しいのだ。心臓が握りつぶされているように息ができない。
――フラれても、気持ち悪がられても、思いを伝えればよかった。
そうすれば、こんなに後悔せずに済んだかもしれない。いまより傷も浅くすんだかもしれない。
親友という肩書きを大切に抱きしめてきた十三年という年月が、今はあまりに重くのしかかる。
後悔の波は何度も何度も、伊織を飲み込んでいく。
その波が冷たければ、少しは冷静になれるかもしれないのに、それはなぜだか温かくて、そのぬるさがとても残酷だった。
だって、この胸の痛みも全て、准からもらったものだから。そう思うとすべてが愛しくて、すべてが切ない。
――戻りたい。叶うのなら、あの頃に。戻って、素直にこの想いを伝えたい。
ふられても、気持ち悪がられても、構わない。
だって、今よりも苦しいことなんて、きっとない。誰かのものになる准の横で笑っていられるほど、自分は強くなかった。
そう気づいたところで過去に戻れるわけもなく、伊織はただ目の前で流れる写真を見つめた。
――ああ、悔しい。なんで俺は想いを伝えなかったんだ。なんで。なんで。
もし、写真の頃にもどれたら、絶対に想いを伝えるのに。
やらなかった後悔は、きっと一生自分を締め付けるのだろう。
次々に映し出される自分が逃してきた告白のチャンス。
それに耐えきれず、伊織は逃げるように視線を逸らした。
ふと、人の隙間を縫うように視線を感じ、目を向けると、高砂に座る准がこちらを見つめていた。
射るような眼差しに、思わず体が強ばる。
スピーチ失敗するなよ、とでも言いたいのだろうか。けれど、それにしてはあまりに真剣で、どこか縋るようにも見えた。
その視線の意図を測りかねたまま、伊織は小さく首を傾げてみせた。口元には、精一杯の笑みも添える。
准はかすかに眉を寄せると、小さく息を吸って口を開きかけた――そのとき、隣の莉奈が楽しそうな表情で准に囁いた。
准は少しためらいながら、伊織から引きはがされるように、視線を莉奈に向ける。
スクリーンの映像は、いつのまにか莉奈と准の思い出に代わっていて、二人はその写真を前に、楽しそうに微笑み合っていた。
伊織はスクリーンを見つめることも、幸せそうな二人を見つめることもできず、ただ手元のグラスに視線を落とした。
映像が終わるとともに照明がつき、司会の女性のはつらつとした声が耳に届く。
「ここで新郎新婦のご友人から心温まるスピーチを頂戴したいと思います。まずは、新郎の中学からのご友人で、新婦のサークルの先輩でもあられます藤瀬 伊織さま。どうぞよろしくお願いします」
塩田や原に見守られる中、伊織は小さく深呼吸をする。
足元には後悔がおもりのようについて回るけど、それでも、歯を食いしばって立ち上がるしかない。
壇上に向かい、大きく一歩を踏み出した。
――俺は今から人生最大の嘘をつく。
本当はお前の幸せを祈ることなんてできない。
結婚式で、親友の幸せを願えないなんて、きっと来世でも罰があたるんだろう。

