女たらしは、天然男子にくびったけ


 数日後の体育の時間。体育館では、クラス全員で体育祭で行う台風の目を練習していた。
「えー、思ったよりむずーい」
「悠、遠心力で飛ばされそうだったな」
「ガッキー、もうちょい外側気にかけてよ」
「すまんすまん!」


 「今日は放課後も応援合戦の練習か」
授業終わり、教室に戻る男子たちは好き勝手喋っている。
「先週の練習ん時、可愛い先輩いなかった?」
「え、いたか?」
「今日、彼氏いるか聞いてみようかな」
「やめとけやめとけ」
「聞くぐらいいいだろっ。あ、なぁなぁ桐谷」
「ん、なにー?」
「女子に彼氏いるか聞く時どーしてる?」
「いや、分かんないよ。聞いたことないし」
「は!?ないの?」
「うん」
「まじかよー、女たらしの遊び人どこいった」
「悠は、受け身タイプの女たらしだから参考になんねぇよ」
シゲがフォローらしきことを言う。
「ここは桐谷より、檜垣の人脈利用した方がよくね?」
「あー、たしかに。いや、それよりも彼女持ちの重村の意見を聞いた方が」
「おいおい、俺ら3人の利用料高くつくぞー」
「そーだそーだー」


 放課後の校舎裏。2組の全学年が集まり、制服姿のまま応援合戦のダンス練習をしていた。
「皆さん、めっちゃ良い感じです!応援合戦で優勝したら、1組の先生方が焼肉奢ってくれるらしいんで、ぶっちぎりの1位目指しましょう!!じゃあ、また来週お願いしまーす!お疲れ様でした」

 「あちぃー、頑張りすぎた」
「ガッキー、焼肉って聞く前から頑張ってたもんな」
「体育委員だもーん!…あ、あれってもしかして」
ガッキーの視線の先を見ると、気になる先輩に彼氏の有無を聞くと言っていたクラスの男子が、本当に話しかけていた。
「うわ、まじで聞いてんじゃん」
「やるぅー」
「たしかに可愛いな、あの先輩。てか、あのレベルは彼氏いそうだな」
「顔というか、雰囲気が彼氏いそう感じだねー」
 そんなやりとりをしながら、ふと目線を校舎に移すと、廊下を歩く入江の姿が窓越しに見えた。
ーあっ。

 校舎内を小走りする俺は、入江の姿を見つけ呼び止める。
「入江…!」
「わぁ、びっくりした」
「ねぇ、こっち…」
 入江の手を引いたまま、すぐ近くの階段の踊り場に連れて行き、後ろから抱きしめた。

…ぎゅう…

 数日会ってないだけで、触れたくてたまらない。
「…汗臭かったらごめん」
「ううん、良い匂いしかしない」
「よかった」
「応援合戦の練習してたんだよね?」
「うん」
「お疲れ様!」
「ありがとー」
 ヴー…ヴー…
入江のスマホが振動する。
「あ、多分半ちゃんだ」
「…。」
ポケットからスマホを取り出そうとする入江の手を止めた。
「えっ」
「まだ俺の時間…」
入江の体を自分の方へ向け、キスをした。

 「…んっ…ちゅっ…」
激しくなっていくキスを邪魔するように、入江のスマホは何度も着信を伝えてくる。
「……めっちゃ鬼電してくるじゃん」
「僕に何かあったかと心配してるのかも…」
「…出たら?」
「うん……もしもし、ごめんすぐ出られなくて…大丈夫だよ、うん、分かった。ありがとう…」
「靴箱で落ち合い?」
「うん」
「俺、トイレ行って帰るから、ここでバイバイしとこ」
「うん、また明日」
「お疲れ」

 入江が去り、階段にうな垂れるようにしゃがんだ。
「はぁー…、半ちゃん全然諦めてないじゃん」



 2日後の朝、眠い目を擦りながら校門をくぐった俺は、中庭へ向かう。
 「あ、おはよう!」
「おはよー」
ジョウロを持ち、水やりをする入江が笑顔で挨拶をしてくる。
 今日は、2年1組が緑化委員の水やり担当。2学期は9月が2年の担当で、俺たちはお互いが担当の朝は手伝い合うことに決めた。
「朝苦手なのに、ありがとう」
「余裕余裕ー。早く終わらせよ」

 正直、水やりのために早起きするのは面倒くさい。ただ、グラウンドや体育館から運動部の朝練の声が聞こえる中で、入江と穏やかに水やりするこの時間を結構好きになっていってる。
 ルンルンで水やりしている可愛い入江見れるのも貴重だし。

 水やりを終えて、教室に向かおうとした時、入江が提案してきた。
「あのさ、遠回りして行かない?」
「…?」

 学校の敷地内で金木犀の木が並ぶ場所に着いた俺たち。
「今さ、ちょうど良い香りがするんだよ!あ、桐谷の書いたボードもあるよ」
「ほんとだ、良い匂いすんね」
「僕、金木犀の香り好きで、お母さんに金木犀の香りがする柔軟剤を買ってってお願いしようとしたんだけど、弟たちからそんなかわいい匂いやだって反対されてさ」
「あー、あの弟くんなら嫌がりそう。てゆうか、柔軟剤じゃなくてルームフレグランスとかでいいんじゃない?」
「ルーム…フレグランス…」
「部屋の芳香剤。それなら入江1人で楽しめるでしょ」
「あーなるほど!そんなの思いつかなかった」
「今度のデートで、探してみよっか」
「いいの?ありがとう!」

 入江を1組に送り届け、自分の教室へ入った途端、クラスの男子が眉間に皺を寄せ、ズカズカと寄ってくる。
「桐谷ー、お前なぁー!」
「えーなになにー、そんな怖い顔してー」
「こいつ、一昨日からあの可愛い先輩と連絡取ってるらしい」
シゲが隣に来て説明を始めた。
「あら、良かったじゃん」
「良かったじゃねーよ!」
「あれ、やっぱ彼氏いた感じ?」
「彼氏はいねーけど、悠のこと気になってるらしい」
「…ん?俺!?」
「俺と連絡先交換したのも、桐谷のこと知りたかったからだってよ…。女子って怖ぇよ…」
「てゆうか、俺関係ないじゃん」
「んなこと言って、先輩に誘われたら相手すんだろ」
「しないしない。もうそうゆうのは卒業したんで」
「え、まじで言ってんの?」
シゲが驚いた顔で聞いてくる。
「うん」
「…どっかで頭打ったん?」
「いやいや、俺が健全になったのをもっと喜んで?」


 昼休みに自動販売機前で偶然瑠奈っぺに会った。
「あ、お疲れー」
「お疲れ!」
「そういえば、彼氏出来たらしいじゃん。おめでとー」
「そうなのー、ありがと!桐谷っちとデートできないのは寂しいけど」
「俺も寂しくて泣きそう…って言いたいとこだけど、実は俺、誰とでもデートするのやめたのよ」
「え、そうなの!?もしかして、本命できたの!?」
「まぁ、そーゆーことにしといて」
「そっかそっか。お互い良い恋しようね!」
「そだねー」

 良い恋の基準はよくわかんないけど、きっと俺は今、良い恋をしている。



 シルバーウィーク真っ只中の今日は、デートのため入江を家まで迎えに行く。
 家の近くで『着いた』と連絡を入れると、すぐに入江が玄関から出てきた。
「桐谷!おはよう」
「おはよぉ」

 久しぶりの私服デートは、電車に乗ってアウトレットモールへ買い物に行く予定。
 電車内は予想通り混雑していて、入江がはぐれていかないように、ぐいっと指を絡めて手を繋いだ。好きな繋ぎ方をされたからなのか、入江はニコッと笑みを見せてくる。
…きゅんっ
 
 モールに着き、ルームフレグランスを探すため、雑貨屋巡りを始めた。
 「んー、種類は結構あるけどキンモクセイは無いね」
「せっかくだから、花っぽいの嗅いでみる!」
くんくんと嗅ぐ入江の横で、適当に手に取って香りを確かめてみる。
 「ねぇ!これ、桐谷の香水の匂いに少し似てる。ほら」
「…あ、ほんとだ。もうこれにしちゃう?部屋で1人の時も、俺のこと近くに感じちゃったりできますけど」
「たしかに!」
「いや、冗談だから」
「もし、金木犀が無かったらこれにしようかな」

 どの店も金木犀の香りは無くて、最後のショップに入る頃には、半分諦めモードだった。
「てゆうか今さらだけど、まだ販売前の可能性あるんじゃない?もうちょい秋になったら発売されるとか」
「あー、そうだね。じゃあ、店員さんに聞いてみようかな」

 フレグランスのコーナーに行く前に、レジにいる綺麗な店員さんに訊ねてみた。
「申し訳ございません。例年ですと、この時期に金木犀の香りを取り扱っているのですが、今年は発売がなくて…。その代わり、今年は初めて銀木犀の香りを販売しております。金木犀とは多少異なりますが、とても素敵な香りなので、ぜひお試しいただければと思います」

 「あ、あったよ、銀木犀」
フレグランスのコーナーで、香りを嗅いだ入江の顔が明るくなる。
「これ、凄く良い匂いする!」
俺も差し出されたスティック部分を嗅いだ。
「うん、甘くて優しい匂いだね」
「これにしようかなぁ。…桐谷も気に入った?」
「俺の意見は関係ないでしょ」
「あるよ。だって、僕の部屋にこれから1番来るのは桐谷だから」
「…っ!もぉ、今の発言ズル過ぎ。…じゃあ、この香りに鼻が慣れちゃうぐらい行っちゃおっかな」
「うん、待ってる!」

 「無事買えて良かったね」
「うん、一緒に探してくれてありがとう!」
「いえいえー。休憩も兼ねて、そろそろ昼ご飯にしよっか」
「そうだね」
「何食べたい気分?」
「カレーかオムライスかな!」
「さっきオムライス屋あったよね?もしかしたら、カレーオムライスとかあるかも。そこ行ってみよっか」
「行く!」

 オムライス屋に入ると、タイミング良くすぐに席に案内された。
「あ!桐谷の言った通りカレーオムライスある!」
メニュー表を見た入江は嬉しそうな顔をする。
「俺、このビーフシチューがけにしよっと」
「それも美味しそう」
「後で一口あげる」
「ありがとう」

 オムライスを待つ間、向かいの席に座る入江はニコニコで上機嫌。
「どしたの、ニコニコして」
「久しぶりに桐谷とゆっくりお出かけできて、楽しいなぁと思って。クラス違うとさ、休み時間や放課後以外で会えないから、休みの日に思う存分会えるの嬉しい!」
「そんな可愛いこと言ってたら、俺の家に連れて帰っちゃうよー」
「お泊まり!?いいね、楽しそう!今度お泊まり会しよう」
…そーゆー意味で連れて帰るんじゃないんだけど、まぁいいや。
「じゃあ、中間テスト終わったら…修学旅行前にお泊まり会しよっか」
「うん、絶対する!」
「また日にち決めよ」
「うん」


 オムライス屋を出て歩いていると後ろから名前を呼ばれた。
「悠!」
振り返った先にいたのは、麻衣とあっくんだった。
「おー、ぐうぜーん」
「あ、入江君、久しぶり」
「お久しぶりです!」
「2人でお出かけなんて、ほんと仲良しなのね」
「まだまいぴょんたちには敵わないけど、俺らもラブラブなんで」
ふざけて入江に横からハグをした。
「あはは、ついに男子にまで手を出し始めたのか」
「そーそー。あ、あっくんには手出さないからご安心を」
「当たり前。手出したらどうなるか分かってんでしょ」
「ひゃー、こわ」
「あ、今度家遊びに行くから」
「りょーかーい」
「入江君、邪魔してごめんね」
「いえ」
「じゃあ、またねー」
「また」
「うん、ばいばーい」


 楽しい時間はあっという間に過ぎて、入江を家まで送り届けた。
「今日はありがとう!」
「こちらこそ」
入江が目をぱちぱちさせて見つめてきた。
「…なに?」
「バイバイのキス…しないのかなって」
「うーん、したい気持ちは山々だけど、ご近所さんに見られたらまずくない?」
「…たしかに」
しょんぼりした入江の耳元で囁く。
「次会った時、たくさんするから…」
「…っ!」
「だから今日はお互い我慢で。…じゃあ、また」
「うん、おやすみ」

 外デート楽しいけど、もっと堂々と手繋いだりしたいなぁ…。