女たらしは、天然男子にくびったけ


 2学期が始まって1週間。夏休みの間に起きた俺の大きな変化に、誰も気付いていない。
 「桐谷、そんな可愛いキーホルダー付けてたっけ?」
朝、自分の席で鞄から教科書を取り出す俺に、クラスの女子が聞いてくる。
「可愛いっしょ」
「もしかして、女子から貰ったの?」
「ううん、自分で」
ー入江とペアなんて、誰も気付かないだろうな。


 5限目は、来月にある体育祭の種目決めが行われていた。
 体育委員であるガッキーと女子が黒板の前で進行を始める。
「2年の学年対抗競技は、台風の目ですっ。残りのリレーや騎馬戦は、代表者のみ参加で。あと、去年同様に3学年合同で組ごとの応援合戦もあります」
「今日は各競技の選手を選びます。明日以降は、台風の目や各競技、応援合戦の練習を始めるようになるので、体育のない日でも体操服は持って来ておいて下さい」

 ー入江、何に出るんだろ。せっかくなら違う競技に出て、戦わず入江のこと見ときたい。


 放課後、委員会活動のため、指定された教室へ向かった。
 教室内にはすでに入江が座っていて、俺に気づくとパッと顔を明るくした。
…かわいい。

 空いていた入江の隣に座った。
「お疲れー」
「お疲れ様。教室に集合って初めてだよね。いつも中庭とかだったし」
「たしかに」

 開始時間になり、委員長が説明を始めた。
「皆さん、お疲れ様です。2学期最初の活動は、樹木プレートの作製です。えー、簡単に言えば、名前と何科なのかを書いた木の自己紹介プレートを作っていきます。誰が見ても読むことができれば、書体や大きさは何でも構いません。では、担当の木の紙とプレートを配るので、前にある好きなペンで書いてください」

 「僕、ソメイヨシノだった!桐谷、何だった?」
「俺はねぇ、キンモクセイ」
「金木犀良いね。よーし、早速書いていこう!」
面倒だと思っている俺と正反対に、楽しそうに書き始める入江。

 「そういえば、体育祭何に出るか決まった?」
作業しながら入江に問いかけた。
「うん、半ちゃんと一緒に二人三脚に出るよ。桐谷は?」
「俺は、リレー」
「クラス違うけど、リレーの時だけは応援するよ!」
「ありがとー。敵を応援してるってバレないようにね」
「頑張る!」


 委員会が終わり、俺と入江は屋上に行き、日陰になっている部分に並んで座った。
「早く涼しくなんないかなー」
「体育祭までには涼しくなるといいね」
「だね。…あ、今日の昼休み、はったんに会ったよ。すれ違っただけだけど、ナイトプールの時少し話したから、軽く会釈してくれた。はったんの名前が羽多野ってことも、ガッキーがその時教えてくれたわ」
「そうなんだ。はったん、今度彼女が家に来るからドキドキするって言ってた」
「あはは、はったんの恋愛事情全部筒抜けじゃん」
「聞かなくても、はったんが僕らに教えてくれるんだよ。それを1組では、はったんの恋愛報連相って呼んでる」
「あはっ、最高じゃんそれ。てゆうか、はったんも大人の階段登るんだねー」
「大人の階段…?」
「はったんが彼女と付き合ってどれくらいか知らないけど、家に呼ぶってことはそういうことでしょ?」
「前に言ってた、あれ以上のドキドキってやつ?」
「まぁ、そんな感じ」
「あっ、分かった!初めて手を繋ぐ時に教えてくれたよね。手を繋ぐタイミングで、男女の…あれ、男女?僕たち男同士だから、えっ、僕ドキドキできない!?」
ー男女の営みすら、あんま理解してなさそうだもんねぇ。
 勝手に話を進めて、1人で混乱している入江の手を握った。
「ちょっとー、勝手にパニックになるのやめてくれますか。…男同士とか関係なく、ドキドキさせるから安心して。それに一気に最後までしようなんて思ってないからさ。まぁ、第一段階は進めときたいから…今度、俺ん家来てよ」
「遊びに行っていいの!?」
「遊びにじゃなくて、ドキドキしに来るんでしょ?」
「…うん!」



 数日後の昼休み、2組の全学年が体育館に集められ、体育委員と3年の代表者による応援合戦の見本のダンスを見ていた。

 「今のダンス動画を各学年の委員に送っているので、クラス共有したら、各自練習をお願いします!あと、毎週水曜日の放課後に1時間程度、ダンスやフォーメーションの練習予定なので、なるべく全員参加してくれると嬉しいです」

 解散後、ガッキーたちと体育館から出ていると1年の女子数人が声をかけてきた。
「桐谷先輩、檜垣先輩!」
「お、どした?」
ガッキーが明るい雰囲気で聞く。
「来週末、音楽フェスがあるんですけど、一緒に行きませんか?」
「なにそれ、めっちゃ楽しそうじゃん!俺は全然行っていいけど、桐たんどーする?って、桐たんはOKするに…っ」
「俺はパスー」
「え!?予定あり?」
「まぁ、そんなとこかな。俺、喉乾いたから、自販機寄って戻るわー」
「あー、うん」

 自販機のボタンを押したタイミングで、半田が偶然やって来た。
「あ、どーも」
「お疲れ様」
 ナイトプールで一緒に遊んだとはいえ、はったんと違って、半田とは一対一で話したわけじゃない。むしろ、常に入江の横をキープしている半田にモヤモヤしていた。
 ペットボトルを取り出し、戻ろうとする俺に半田が「あのさ…」と話しかけてきた。
「うん?」
「最近、圭一郎と仲良いみたいだけど、あいつ天然だから迷惑かけたりしてない?」
ー…おー、めっちゃ自分のものみたいな言い方してくるじゃん…。
「ぜーんぜん。てゆうか、入江に何されても言われても、迷惑なんて思わないんでご心配なく」
「そうか、なら良かった」
「…入江が俺みたいな遊び人と仲良いと不安?」
「えっ…。別にそんなこと…」
「まぁ、いいや。勝敗はもう決まってるし。じゃ、お疲れー」
「…。」

 自分が入江を好きになった今なら分かる。半田の入江への態度は、お世話係でも母親ポジションでもなく、特別な好意から来るものだと。


 夜、風呂に入った後、リビングで茜と恋愛ドラマを観ていた。
「この俳優の子、かっこいいのに当て馬役多いよねー。しかもさ、健気な演技がうまいから観てるこっちも応援したくなっちゃうわけ」
「ふーん。てゆうか、ライバルが現れないとヒーロー役は自分の好きに気付けないもん?」
「まぁ、そーゆー場合もあるんじゃない?ライバルなんかいないって、このままの関係でいいって安心してたら、当て馬登場で焦るみたいな」
「へぇ。でもさ、この当て馬君、主人公と付き合ってるよね?」
「当て馬の恋が一瞬も実らない訳じゃないのよー。こうやって付き合えたのに、結局ヒーローにさらっと奪われるのが当て馬の悲しいとこ。付き合ったからこそ、ヒーローの本音を引き出しちゃったパターンすよ」
「…。」



 翌日の午後、入江が俺の家に遊びに来るため、駅まで迎えに来た。
「桐谷、お待たせ!」
「もしかして、走った?」
「うん、少しだけ」
「人混みの中で走ったら危ないじゃん」
「だって、桐谷が待ってるって思ったら、走りたくなって」
「何その可愛い理由」
「え、可愛い?僕、男だよ?」
「分かってるって。その気持ちは嬉しいけど、俺のために急がなくていいから。安全に会いに来て」
「はい!」


 自宅であるマンションのエレベーターに2人で乗り込んだ。
「今日、茜さんやご両親はいるの?」
「ううん。親は仕事で、茜もバイト」
「そっか」

 「どーぞー」
家のドアを開け、少し緊張している入江を招き入れる。
「お邪魔します!…あ、これつまらないものですが…」
入江はリュックから紙袋を取り出した。
「気遣わなくていいのに。ありがと。…俺の部屋、1番奥のドアだから、先に入っててー。すぐ飲み物とお菓子持ってくから」
「うん、わかった」


 「あ、リュックそのへんに適当に置いててー」
ローテーブルにコップを置きながら、立ったままの入江に伝えた。
「うん、ありがとう。物、少ないんだね」
「あんま物欲ないからなー。服は結構持ってるけど、ウォークインクローゼット内に納まってるし」
「すごいなぁ」
「入江の部屋は、物多かったよね」
「うん、だから半ちゃんが遊びに来るたびに、断捨離しろって言われる」
「ふーん…」
そう生返事しながら、テーブルの上のジュースを口に含み、入江の顎を掴んでキスをした。
「…っ!?」
 俺の口から入江の口の中へジュースが流れ込んでいく。
「…ごくっ……びっくりしたぁ」
「…2人きりの空間で、他の男の名前出さないでよ」
 こんな嫉妬みたいな言葉初めて言った。半田にあんな余裕あること言っておきながら、入江の俺への好きが他と違うか不安になってる。


 おやつタイムも終わり、ベッドサイドに腰掛ける俺は、入江を横に座らせた。
「さて、大人に向けて第一段階進みますか」
「よろしくお願いします!」
「あはっ、良い返事。前にさ、ネカフェで色んなとこにキスしたでしょ?」
「うん」
「今日はその反対で、服で隠れているとこにいっぱいキスしちゃおっかな」
「…え」
「前みたいに見えるとこにキスしながら、お腹とか、背中とかにもしていく感じ。…嫌なら無理にしないから」
「…どんな感じなのか想像つかないけど、絶対嫌じゃないよ!久しぶりに桐谷と2人きりだもん、もっといっぱいドキドキしたい!」

…ドキッ…

 いつもいつも、何の計算もなく純粋に俺の心を動かしていく。

 「まずは、ハグしよっか」
「うん!」
…ぎゅっ
 両手を広げた俺に、笑顔で抱きついてきた入江の頭を優しく撫でた。
 入江といると、心と連動して体も勝手に動く。喜ぶかなとか考える前に、手が勝手に髪に触れ、撫でていた。

 軽いキスを唇や頬、首筋にしていく。
「…ちゅ…ちゅっ…」
そのままゆっくりと入江の身体をベッドに押し倒した。
 頬を染める入江の上に覆い被さり問いかける。
「…ドキドキしてる?」
「…うん、してる」
「じゃあ、もっとドキドキし合お…」
 入江のTシャツを捲り、おへそあたりにキスをした。
「なんかくすぐったい」
「ここはね。…やっぱTシャツ脱がせたい」
手を引っ張り、入江を起き上がらせる。
「はい、ばんざーい」
「え…」
戸惑いながらもバンザイをした入江のTシャツを脱がせ、自分も上半身裸になった。
「入江、ここ乗って」
膝に乗るように言うと「重いから…」と遠慮されたが、ぐっと手を引き寄せ、向き合う形で太ももに乗せた。
 …ぎゅうー…
抱きしめると肌と肌が密着し、入江の体温、鼓動、息づかいをもろに感じる。
 どうしよ、多幸感やば…。

…ちゅっ…ちゅ…ちゅう…

 入江の身体中にキスをする俺は、気持ちいい?とか、感じてる?とか聞く余裕なんか無くて、ただただ夢中で唇を肌に吸い付けていく。
「…んっ…!…あっ…」
不意に聞こえる入江の声が、俺の動きを余計に加速させる。

 この恋に勝ち負けがあるとすれば、初めてキスした日には、すでに負けてたんだと思う。