女たらしは、天然男子にくびったけ


 「……俺と付き合ってみない?」

 激しい雨が降り続く中、公園のベンチに座る俺は、目の前の入江にそう伝えた。

 「え、付き合うって…」
「…カップルになろうってこと」
「カップル…だけど僕まだ…」
「女が好きとか男が好きとか、ドキドキが分かったかどうかとか、今はそんなのどうでもいいよ。俺と付き合ってみたいかだけ考えて」
「…付き合ったら、何か変わるの?僕、付き合ったことないから…」
「入江は、そんなに変わんないかもねぇ。俺は…女子からの誘いは全部断るし、キスもそれ以上も入江としかしなくなる。…当たり前のことなんだろうけど、日常も特別も2人だけの思い出になるのが、付き合うってことじゃない?」
「…それって、桐谷にドキドキさせてもらえるのが、僕だけの特権になるってこと?」
「うん、そーゆーこと。今までの比じゃないくらいドキドキさせるよ。必ず好きって思わせるし」
…さっきから口にしたことのないセリフが、自然と出てくる。
「…えっ!?桐谷って、僕のこと好きなの!?」
「…え〜、今そこ聞く?」
「だって、桐谷は彼女作らずに遊ぶだけの女たらしで…」
「…前はね」
「誰とでもキスするし…」
「うん、前はね」
「そんな桐谷が…僕を…」
「…正直今まで、好きとかドキドキするって、客観的にしか知らなかったんだよ。だから、自分自身で好きって思えたのは…入江が初めて」

 ハグも、キスも、それ以上も何百回と色んな子としてきた。だけど、一度も自分の心が動いたことはなかった。相手が感じてることを冷静に分析して、上辺だけの言葉で喜ばせるだけ。そんな恋愛不適合者の俺が、恋を知らない男子相手に惹かれるなんて思いもしなかった。

 「僕、気付いた」
「ん?」
「今ね、すっごく嬉しい気持ちになってる。これって、僕も桐谷のことが大好きで仕方ないってことだよね!恋人になりたいってことだよね!」
「…っ!」
笑顔でそう伝えられ、経験したことのない感覚になった。

…あ、これが両想いになった嬉しさなんだ。

 「じゃあ、今日から俺が入江の彼氏ね」
「…うん!
「…キスしていい?」
小さく頷いた入江の頬に手を添え、ゆっくりと唇を重ねた。

 こんな気持ちでキスをしたのは初めてだった。



 付き合い始めて数日の今日は、入江の誕生日。元々約束していた花火大会へ2人で出掛ける。
 昼過ぎ、待ち合わせ場所へ行くと、俺に気付いた入江が嬉しそうに手を振る。
…やば、今までと段違いに可愛く見える。
 「お待たせー。…改めまして、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとう!まさか0時ぴったりにお祝いの連絡くれると思ってなくて、寝ててごめんね」
「入江が寝てると思って、電話にしなかったから気にしないでー。それにしても、今日も暑いねぇ。てゆうか、いつも待たせてごめんね」
「ううん、僕が勝手に早く来てるだけだから。道に迷った時のために、早めに家を出るようにしてるんだ」
「方向音痴だもんね。…今度からさぁ、俺と会う時は家まで送り迎えさせて?」
「えっ、そんなの申し訳ないよ」
「俺がそうしたいのー。大事な恋人が道に迷って誘拐されたら困るじゃん」
「小学生じゃないんだから、誘拐なんてされないよ!…だけど、それって僕のことが好きだから心配なんだよね?」
「まぁ、そうなりますねー。てゆーことで、好きだから送り迎えするね」
「…ありがとう!」


 花火大会へ行くまでの時間潰しにショッピングモールへやって来た。
「はぁー涼しー」
「生き返るね。…あ!」
何かに気付いた入江は、スタスタと進み始めた。
「え、ちょ、どこ行くの」

 入江が入って行ったのは、カプセルトイコーナー。
ーあ、そっか。
「めっちゃ引き寄せられてんじゃーん」
「あ、ごめん。つい寄っちゃった」
「ぜーんぜん。俺もなんか回そっかなぁ」
「あ!せっかくだし、キーホルダーの一緒に回して、お揃いにするのは…どうかな?」
自然と上目遣いになった入江を抱きしめたくなる衝動を必死に抑える。
「うん、お揃いしよ」
「ありがとう!んー、どれにしよっかな」
入江はワクワクした顔で選び始めた。

 「よし!これにする!!…って、勝手に決めちゃったけど、大丈夫だった?」
「あはっ、入江ガチャのことになると、めっちゃ積極的じゃん。うん、それにしよ!」
 入江は嬉しそうにガチャを回し、取り出した。
「わぁ、欲しかったやつだ!やったぁ!桐谷も早く回してみて」
「どんだけ興奮するの。じゃあ、回しまーす…」
出てきたのは、入江とペアになるキャラのものだった。
「嘘!すごい!!」
入江は目を輝かせる。
「俺ら、引き強いね」
「うん!学校のリュックに付けなきゃ」
「俺も学校の鞄に付けよーっと」
「え、いいの?」
「せっかくペアなのに、見えるとこに付けなきゃ意味ないでしょ」
「…ありがとう」


 夕方になり、モールを出た俺たちは、花火が打ち上がる河川敷方面へ移動を始めた。

 近づいていくにつれ人の数が増していき、浴衣姿の人も青くなっていく。
「すでにすごい人だね」
「だねー。あ、屋台見えてきた」
「ほんとだ、いっぱいありそうだね!」

 屋台がズラリと並ぶ場所に着き、何が売られているか一通り確認した。
 それぞれ食べたい物を買い、土手沿いの階段に並んで座る。
「全部買ってもらって…ほんとうにありがと!」
「いえいえ、誕生日なんで。打ち上がる前に食べとこ」
「だね。ベビーカステラ好きに食べてね」
「ありがとー。入江、ベビーカステラって響き似合うね」
「え、響き?」
「まぁ、いいや。いただきまーす」
フランクフルトにかぶりついた。

 「そろそろかな」
食べ終わった俺たちは、階段に座ったまま話をしながら、花火が打ち上がるのを待っている。
 ひゅ〜…
「…あ!上がった!!」
夜空に大きく鮮やかな花火が打ち上げられた。遅れてドォーンッと、大きな音が響き渡る。
「おぉー」
「わぁーきれーい!!あ、また上がった!」
「…。」
子供みたいにはしゃぐ入江が可愛くて、
…ぎゅ
隣り合う手を握った。
「…っ」
「今なら誰も、俺たちの手元なんか見てないよ」
返事の代わりに、俺の手を握り返した入江。


 花火が連続して打ち上がった後、次の打ち上げを待っている間に、入江は嬉しそうに伝えてきた。
「こんな最高の誕生日を過ごせてるなんて、今でも夢みたい。付き合うのも、花火デートも初めてで、今日桐谷に会ってからずっと、花火の音みたいに心臓がドクドク言ってる!」
…きゅんっ
 入江の言葉は、いとも簡単に俺の心臓を撃ち抜く。
「俺もね、ずっと心臓が忙しい。…あのさ、1つ約束してほしいんだけど」
「ん、なに?」
「恋愛に関する入江の初めては、全部俺がもらうから。だから、どんな些細なことでも俺としようね」
「…うん!絶対約束する!…桐谷も、僕以外と何もしないでね?」
「当たり前じゃん。って、女たらしで有名なヤツに言われても信用できないかぁ。…これから信用してもらえるように、不安にさせないようにするから」
「うん、ありがとう」

 誰かと見る花火がこんなに綺麗なんだって、初めて知ったし、好きな人の誕生日を祝うのも初めてだった。

 …入江、安心してよ。俺も初めて恋をしてるから。

 花火を見終わり、人の波に乗りながら帰路に着く。家まで送ろうとする俺に、入江は拒否をしてくる。
「今度からでいいって。今日は大丈夫!」
「今度も今日も変わんなくない?」
「変わるから!今日は1人ニヤニヤしながら帰りたいの!」
「それ不審者だから」
「とにかく今日は1人で帰れるから」
「分かりました。…じゃあ、ここで渡しとくね」
 人の波から外れ、ショルダーバッグから包装紙に包まれた細長い箱を手渡した。
「…?」
「入江、お誕生日おめでと。気持ち程度ですが、プレゼントです」
「え、ありがとう!今、開けていい!?」
「ここで?暗くて見づらくない?」
「感想を直接伝えたいから」
 包装紙を外し、箱を開けた入江。
「あ、シャーペンだ!かっこいい!」
プレゼントしたのは、ローマ字で名入れされたシャーペン。
「名前入れてるから、学校で落としても安心かなと」
「ほんとだ、嬉しい。…大切にするね」
「うん」
俺は周りを軽く見渡した。
「入江…」

…ちゅ…

 「…っ」
「お祝いさせてくれてありがとね」
「僕こそ、忘れられない1日をありがとう!」
「いえいえ。……帰ろっか」
「うん…」



 8月中旬、日が沈みかけている19時前。シゲとホテルの入り口へ着くと、ガッキーの誘いで集まった他クラス含む十数人が盛り上がっていた。
 そう、今日は以前に計画したナイトプールで遊ぶ日。
「あ、桐たーん!シゲー!」
「お疲れー」
「お疲れ」
ガッキーに挨拶し、視線を横にずらすと入江の姿がある。1組のメンバー数人も来ると、少し前に入江が教えてくれた。
 入江の横には、当たり前のように半田が立っている。俺と入江が付き合い始めたことは、まだ誰にも伝えていないし、当分秘密にすると2人で決めた。
「じゃ、行きますか!」
ぞろぞろと中へ入っていく。

 水着に着替え、プールサイドに立ち入ると、ライトアップされ、カラフルな浮き輪などが浮いていた。
「うぉーやべー!」
「時間限られてるし、早く入ろうぜ!」
みんな次々とプール内へ入っていく。
「おー、水温ちょうどいい」
「焼けるような陽射しもねーし、最高!」
 俺とシゲはプールサイドに座り、足だけを水に入れた。
「男子グループ俺らぐらいだねぇ」
「女子グループかカップルしかいねーな」
「シゲは、彼女ちゃんとプール行ったの?」
「うん」
「相変わらずラブラブっすねー、羨ましい」
「ぜってー思ってねーだろ」
「いやいや、思ってるって。ちなみに長続きの秘訣は?」
「ぜってー興味ねーくせに」
「ありまくりっすよー」
「んー、あんま考えたことねーけど…気持ちは言葉や文で伝えるようにはしてる。言わなくても分かるってのは、すれ違いの元だし」
「えー、まともな答えー。どうしよう、今ならシゲに抱かれてもいいかも」
「お断りだわ」
 「あのー、お二人ですか?」
「良かったら一緒に向こうで話しません?」
大学生ぐらいの女子2人が声を掛けてきた。
「あー、他にも友達いっぱい来てるんで難しいですね。すいませーん」
 女子2人は「そうなんですね」と去っていく。
「…悠、熱でもあんの?」
シゲが心配そうに聞いてくる。
「いや、ないけど」
「だって、いつもならナンパされたらOKすんじゃん」
「シゲ彼女いるから断るでしょ?」
「もちろん俺は断るけど、俺を置いてナンパ対応すんのかなって思ったから」
「まぁ、見知らぬ女子より友情なわけですよ」
「なんだそれ」


 しばらくして、プール内でみんなに囲まれ楽しむ入江の側に行き、
「入江」
と手招きして呼んだ。
「どうしたの?」
「少しだけ2人であっち行かない?」
「うん!」


 「大人の雰囲気で最初はびっくりしたけど、すごく楽しいね!」
「だねー」
「はったんが、今度彼女と来たいって言ってた」
「あ、はったん来てるんだ」
「うん、ほらあそこのボーダー柄の水着着てる」
「あー、あれがはったんか」
「僕たちも来年は2人で来れたらいいね」
「そうだね。……ねぇ、キスしよっか」
「え、でも、人がいっぱいだよ…?」
「うん、だから水の中で」
「そんなことできるの!?」
「俺も初めてする。一緒にやってみよーよ」
「…わかった」
「ちゃんと息止めてね。せーのっ…」
手を握り合い、潜った俺たちはキスをした。
 
 「ぷはっ…」
水から顔を出し、ずぶ濡れで見つめ合う。
「…やば、溺れそー」
「え、水飲んじゃった!?」
「ううん、大丈夫」

 知らないうちに、君に、恋に、溺れてる。