終業式の日の朝。家のリビングでトーストを食べる俺は、テレビで流れる今日の占いをぼんやり観ている。
ーしし座、2位か。
「えー、11位なんだけどー」
向かいの席で食べている茜が文句を言う。
「茜、夏休み来月からだっけ?」
「うん、そうだよー。あ、来週のバーベキューさぁ、入江君も誘ってみない?」
「いや、気まずいでしょ」
靴箱で靴を履き替えるタイミングで、ガッキーがやって来た。
「桐たん、おっはよー」
「おはよー」
「なぁ、8月2日に花火大会あるの知ってる?何人かクラスの奴誘って行かね?」
「あー、ごめん。その日は先約あるー」
「うわ、まじか!?どうせ、女子と行くんだろー。あーあ、桐たんの夏休みは、女子との予定で埋め尽くされるのか」
「別にそんな予定ないよー?短期でバイトするし」
「え、バイトすんの?」
「うん、長期休みはバイトしまくる派なんで」
「そういや、去年の夏休みもそうだったか」
終業式の途中、良い成績を収めた部活への表彰式が行われた。
いつも通り運動部の活躍が目立つが、最後に美術部の女子生徒がステージに登壇した。どうやら絵画コンクールで大賞に選ばれたらしい。
「えー、受賞された蓮の花を描いた油絵作品は、本日靴箱横に飾っておりますので、皆さんぜひご覧ください」
ー登校した時、そんなのあったっけ。
ホームルームも終わり、教室は一気に解放感に包まれる。
「海はベタベタするから、プール行きたくない!?」
「分かるー」
「あ、来週にある夏祭り、結構露店多いみたいよ」
「そうなの?彼氏と行く予定なんだけど、浴衣着て行っちゃおうかなって思ってて」
「このリア充めー」
勝手に聞こえてくる女子たちの会話をスルーし、シゲたちと教室を出た。
「あっ!あれじゃない!?表彰されてた絵って」
靴箱に着き、ガッキーは絵に近づいていく。
「うわー、想像してたよりでけー!てか、こんなでかいのに朝来た時、全然気付かなかったわ」
「同じくー」
「絵に詳しくないけど、スゴイってことは分かる!」
「ほんとかよ」
「タイトル【救ってください】だってさ。え、描いた人、病んでんのかな」
「ちげーだろ。多分、蓮の花言葉かなんかじゃねーの?」
「おー、花言葉ね!洒落てるー!」
「…。」
朝は気付きもしなかった絵のタイトルを知り、ピンクと緑のコントラストを見つめた。
夏休みに入り約1週間。夕方にバイトを終えた俺は、そのまま茜との待ち合わせ場所へ向かう。
「お待たせー」
「あ、お疲れー」
「疲れたぁ、早く肉食べたい。こっから近いんだっけ?」
「うん、歩いて10分ちょっとかな」
「そっか。じゃ、行こー」
「まだだーめ」
「…?」
「もうすぐ入江君着くから」
「…え!?誘ったの!?いや、なに、どうやって」
まさかの展開にプチパニックを起こす俺。
「前に会った時に連絡先交換してるもーん」
「いや、それ俺知らないんですけどー」
「悠がトイレ行ってる間に聞いたから」
「はぁ…。てゆうかさ、ちゃんとメンバー伝えた上で誘ったの?気まずい思いさせるの嫌なんだけど」
「言ったよ?…あ、噂をすれば…入江くーん!!」
茜の視線の先を見ると、大きく手を振りながら、笑顔で向かってくる入江がいた。
「遅くなってごめんなさいっ」
「間に合ってるから謝らなくていーよん」
「ありがとうございます。桐谷、バイトお疲れ様!」
「ありがとー。ねぇ、茜が誘ったから断りづらくて無理矢理来たとかじゃない?大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ!桐谷や茜さんと会いたかったから」
「なんて良い子なのー!もう抱きしめたくなるー」
「はい、調子乗らなぁい。…じゃ、入江行こっか」
「うん!」
着いた川沿いのスペースには、特設テントが複数設置されていて、景色を楽しみながらバーベキューが楽しめるようになっていた。
「わぁー、めっちゃ雰囲気良いじゃーん」
「ロケーション最高じゃーん」
「おーい、こっちこっちー」
テント内にいる男女のうち、女子が俺たちに向かい大きく手を振る。
「悠、久しぶり」
「まいぴょん、あっくん、久しぶりー。あ、こちら俺の高校の友達で、入江君でーす」
「初めまして、入江 圭一郎です!今日は、よろしくお願いします!」
「もぉー、入江君そんなかしこまらなくていいよ!連絡の時も伝えたけど、こっちが私たちきょうだいの幼なじみで、私と同い年の麻衣。で、こっちが麻衣の彼氏で、高3のあっくんだよー」
「入江君、よろしくね!」
「初めまして」
「あ、2人同じクラスじゃないんだね」
肉や野菜を焼いている俺と入江に麻衣が言ってくる。
「うん、委員会が同じだけー」
「え、悠が委員会入ってるの!?」
「入江と一緒に花を愛でてるんだよー」
「悠の水やり姿さえ想像つかないんだけど」
「それ分かります!僕も桐谷が水やりしてるの初めて見た時、似合わないなって思いました」
「ちょっと、入江。それ悪口だから。こんなに水やりが似合う男いないじゃん」
「あはは。…麻衣さんはあっくんさんと同じ高校だったんですか?」
「うん、そうだよ」
「2人はね、あっくんの一目惚れから始まったのよー」
「一目惚れって、稲妻が落ちるってやつですか!?」
「あははー!入江君、面白いね。…稲妻落ちたの?」
麻衣が隣のあっくんに対し、おちょくるように問いかける。
「そりゃあもう盛大に」
「…だそうです。…入江君はフリーって聞いたけど、どんな子がタイプなの?」
「え、タイプですか?タイプ…うーん、考えたことなかったなぁ」
「タイプと全然違う人好きになることあるし、タイプなんか無くて大丈夫よー。ちなみに私は、涙もろくてスーツが似合う人が好きー」
「茜のタイプとかどうでもいいんですけどぉ」
「ひどーい。そうゆう悠は、女遊びばっかしてるけど、どんな子がタイプなわけ?」
「俺?そーねぇ…どんな子でも来てくれるならウェルカム〜」
「もぉ…あっくんの一途さを見習いなよぉ」
「あはは、そのうちねー」
「俺、入江途中まで送ってくるー」
「おっけー。入江君、今日はありがと!また一緒に遊ぼうねぇ」
「こちらこそありがとうございました!最高の夏になりました!」
茜たちと別れ、入江と生ぬるい風を感じながら歩いている。
「てゆうか、普通にまいぴょんとも話せてたじゃん」
「そうなんだよ!僕もびっくりしちゃった。何でだろう…。桐谷や茜さんいたし、麻衣さんたちの雰囲気もどこか桐谷に通ずるものを感じて…安心出来たからかなぁ」
「あの人たちは、人たらしの部類なんでねー。まぁ、楽しめたみたいでよかったよ」
「うん、ありがとう。…もうここで大丈夫だよ」
「わかった。じゃ、気をつけて帰ってねーん」
「うん、桐谷も気をつけて」
帰って行く入江の後ろ姿を見ていた。
「…。」
一緒にバーベキュー楽しんだくせに、もう少し2人で話したかった、なんて思っちゃったような…。
バーベキューから数日後が経ち、バイトが休みの俺は、シゲの家にガッキーと遊びに来ている。
シゲの部屋で漫画や雑誌を読みながら、他愛ない話をする。
「来月、ナイトプール行こうぜ!」
「ナイトプールって、高校生行けんの?」
「場所によるみたい。22時以降は無理だけど」
「へぇ。焼けなくていいし、夜のプールありかもね」
「じゃ、けってーい!どーする?他の奴も誘う?」
「来年の夏は受験生で、大勢で遊ぶのも難しいかもしんねーよな」
「みんなで青春しちゃいますか」
「おっけ!じゃあ、俺らで日にち決めたら、他のクラスも含めて、声かけてみるわ!」
「うん、よろしくー」
「はいよ。…そういや、瑠奈っぺ彼氏出来たらしい」
「へぇー、良かったね」
「悠とふしだらな関係だったのによく出来たな」
「ふしだらって言い方やめてくださーい。瑠奈っぺは、意外と硬派な男がタイプだから」
「え、そうなの!?」
「新彼氏は硬派なの?」
「確か…なんか知り合いのライブで出会った大学生?とかだったかな」
「それ大丈夫なわけ?ワード的に硬派な雰囲気ゼロだけど」
「え、もしかして身体目的の遊び…?」
「まぁ、身体から始まる本気の恋もあるとかないとか言うし、大丈夫じゃなーい?」
「すげー他人事」
「他人事だもーん」
「実は女子に冷たいのにモテるとかずりーな」
「冷たいというか興味持つ気すらないんだろ。いつか悠に彼女出来て、夢中になってるとこ見てみてーな」
「夢中ねぇ…」
シゲの家を出てガッキーと解散し、1人で歩いていると、偶然前から入江らしき人物が近づいてきた。
「…入江?」
「…え、桐谷!?わー、びっくりしたぁ」
「何してんの?」
「図書館で課題しようと思ったら、課題をリュックに入れ忘れてて、本だけ読んで帰ってるとこ。桐谷は?」
「相変わらずだねー。俺はシゲの家に遊びに行ってた」
「そうなんだね」
ポツ…ポツ…
「…ん、雨?」
「そういえば、空が暗くなってきてるね」
…パラパラ…ザァァー…
突然降り出した雨は、瞬く間に激しくなった。
「やば、どっか避難しよ!」
「う、うんっ」
公園に駆け込み、屋根のあるベンチに座った。
「はぁ…はぁ…横腹痛ぁー」
「これ絶対ゲリラ豪雨だよ!」
「うん、すぐは止みそうにないねー」
「頑張って走ったけど、びしょ濡れになっちゃった。僕、タオル持ってるから、桐谷拭いて」
濡れたリュックの中からタオルを取り出し、差し出してくる。
「いやいや、入江が先に拭きなってー」
受け取ったタオルで、入江の髪をくしゃくしゃと拭いた。
「わぁっ……ありがとう」
まだ髪に水が滴り、肌が濡れている入江は、いつもと違って大人っぽく見える。
「僕も拭いてあげる!」
今度は入江が俺の髪を拭き始めた。
「ありがとー…」
斜め下を見る視界に入江の濡れた首筋が入り、ドキッとしてしまう。
…あぁ、触れたい。
「ねぇ、入江…」
拭いてくれている両手首を軽く掴み、
「うん…?」
と、あどけない表情をする入江を見つめた。
「……俺と付き合ってみない?」



