女たらしは、天然男子にくびったけ


 入江、茜と3人で話した日から数日が経った。荒治療だと心配していたが、意外にも入江の感想は好感触なものだった。ついでを言えば、茜も入江を気に入ったらしい。

 今週から終業式まで、授業は午前中のみ。テスト返却や復習、2学期にある体育祭や修学旅行についての話し合いなどが主な内容になる。

 「あ、今日七夕じゃん!」
2時間目終わりの10分休憩中、飲み物を買いに行く途中にガッキーはそう言った。
「七夕とかどうでもよくなぁい?織姫と彦星がイチャイチャするだけの日でしょー?」
「いや、言い方」
「桐たん、夢を壊すようなこと言うなよー!七夕は、織姫と彦星がみんなの願いを叶えてくれる日だから」
「ガッキー何かお願いあるの?」
「夏休み中に彼女ゲット!」
「男子高校生らしい願いだねー」
「気になる子すらいねーのに、そんな短期間で出来ねーだろ」
「ゔっ…それを言われちゃうと…」
「ま、一目惚れとかもあるかもしんないし、可能性あるある」
「だよな!!好きになるなんて一瞬だもんな!」
ー…好きになるのは、一瞬ねぇ。

 確かに、恋愛ドラマや少女漫画の主人公たちは、付き合うまでの期間はそれぞれだけど、好きになるまでは短期間がほとんど。でもそれって、好きの感情を知ってるからの話で、好きが何か分かんないと気付くのに時間かかるくない?


 学校帰りにシゲとコンビニに寄ると、たまたま入江が友達数人と来ていた。
 俺に気づいた入江に対し、ひらひらと手を振った。ガッキーがいるわけでもないし、向こうは安定の半田が横にいるから、特に話しかけに行くことはしない。
 「悠、麺にすんの?」
「うん、無性に冷やし中華が食べたくなったから」
「さっぱり系いいな。俺はざる蕎麦にするか」
「てゆーか、一緒に買いに来て、それぞれ家で食べるとか寂しくなぁい!?」
「仕方ねーだろ。俺、今日彼女とデートだし」
「結局シゲも七夕だからって、彼女とイチャイチャするわけですか」
「七夕関係ねーよ。そんなに寂しいなら適当に女子誘って食えばいいだろ」
「えー、冷やし中華持って女子の家訪問するとかヤバくない?」
「じゃあ、1人寂しく食ってろよ」
「シゲくん冷たぁーい」
「…僕の家で一緒に食べる?」
突然、入江が会話に入ってきた。
「…え?」
「ごめん、会話が聞こえちゃって。僕もこの後1人で家に帰って、暇だから」
「良かったじゃん、相手してもらえよ」
 少し離れた所にいる半田を見ると心配そうな顔で、こっちをチラチラ見ている。
「…じゃあ、お言葉に甘えちゃおっかなー」
「うん!」


 自宅である一軒家の鍵を開けた入江は「どうぞ、上がって」と俺を招き入れた。
「お邪魔しまーす」
「食べるの僕の部屋でもいい?エアコンすぐに付けるから」
「うん、どこでも大丈夫」

 案内された2階の入江の部屋に入ると、棚に大量の小さな置き物やキーホルダーが飾られていた。
「え、なにこれ」
「あ、それ全部ガチャガチャのやつなんだ。可愛いの見つけると、つい回しちゃうんだよね」
「今いろんなガチャあるもんね。そういえば、手ぶらでお邪魔しちゃったけど、大丈夫だった?」
「そんなの気にしないで。僕、飲み物入れてくるね。麦茶でいい?」
「うん、ありがと」

 部屋の中をぐるりと見渡した。入江らしい無邪気さと可愛らしさの混じる空間。

 「お待たせ。……じゃあ、食べようか。いただきます!」
「いただきまーす。……親は今日仕事?」
「うん、お母さんは帰ってくるの夕方かな。弟たちもまだ帰ってくる時間じゃないし」
「あ、入江弟いるんだ」
「中2と小5の弟がいるよ」
「え、男三兄弟の長男なの!?」
「うん、そうだよ?そんなにびっくりする?」
「ごめん、長男のイメージ全くなかった」
「ひどいよ。まぁ、弟たちの方がしっかりしてるから、長男らしくはないけどさ」
「あはは、いいじゃんそれでも」


 「ごちそうさまでした。容器、下に持って行けばいい?」
「僕が捨ててくるから、桐谷はゆっくりしてて」
「何から何まで申し訳ないっすー」

 すぐに戻ってきた入江に訊ねた。
「誰も帰ってこないなら、もうちょい居ていい?」
「もちろんだよ。せっかく2人きりなんだし」
「なんか今、めっちゃ甘いこと言ったね」
「そう…かな」
「こんな機会滅多にないけど…何する?」
「…隣、座っていい?」
「うん」
 隣に来た入江は、俺に体を向け正座をした。
「え、何で正座?」
と言いながら、俺も体を入江に向ける。
「えっと…ハグしたい!」
「ハグ?全然いいけど」
「前にした時は、一方的にしてもらったから、今度はお互いにぎゅーってしたい!」
「そゆことね。じゃあ、ぎゅうってし合おっ」
お互いに手を広げ、抱きしめ合う。

…ぎゅうーっ…

 「…桐谷、やっぱ良い匂いする」
腕の中で入江が小さく呟き、俺は抱きしめたまま問いかける。
「香水付けてるからね。家にミニサイズあるけど、今度あげよっか?」
「ううん、大丈夫。桐谷からこの匂いがするから好きなんだよ…」
「…!」
一気に身体中が熱くなった。
 …ぎゅっ、抱きしめる腕に力が入る。
「…ねぇ、そんな技どこで覚えたの?」
「え、技?」
「そーゆーこと言われたら、キスしたくなるじゃん」
「…僕も…キスしたい」
「…。」
腕を緩め、少し照れている入江にキスをする。

 「…ちゅ…んっ…ちゅっ…」
ーどうしよう、止まんない。
 ガチャッ!
「…!?」
玄関のドアが開く音がして、唇を離した。
「…弟が帰ってきたかも。何も言わないから多分、上の弟だと思う」
「…挨拶しなきゃね」
「…うん」

 リビングに行くと、学ランを着た弟くんがキッチンの冷蔵庫から麦茶を取り出していた。
「康二、おかえり」
「…ただいま」
ぶっきらぼうな言い方をした弟くんは、俺をチラッと見た。
「あ、お邪魔してまーす。お兄ちゃんの友達の桐谷です」
「こんちは…」
「今日、部活じゃなかったの?」
「顧問の都合で急きょ無くなった」
「そうだったんだ。お昼は食べた?」
「うん、弁当持って行ってたから。じゃ、俺部屋行くから」
軽く俺に会釈した弟くんは、スタスタと2階へ向かった。
 「ごめんね、無愛想な弟で」
「中2の男子なんてあんなもんじゃない?」
「前はもう少し可愛げがあったんだけど」
「なんか入江がお兄ちゃんに見えちゃう」
「だから長男だってば!」
「あはは。…俺らも部屋戻ろっかぁ」
「うん」


 自分の家に帰った俺は、ベッドに寝転び、天井を見つめた。
「…。」
…あの時、弟くんが帰って来なかったら、俺どこまでしてたんだろう。
 目の前の相手に対してキスしたいと思ったのも、それを伝えたのも初めてだった。
「はぁ…どうなってんの俺」



 梅雨も明けて数日、今日の4限目は、1学期最後の委員会活動日。集められた中庭で、委員長が話し始めた。
「皆さんのおかげで、緑のカーテンも無事に役目を果たしています。日々の水やりありがとうございました。…さて今日は、全員で草抜きをします!」
「えぇー」
「こんな暑い中!?」
3年生を中心に軽くブーイングが起こる。
「そう言うと思って…作業終了後には、なんと!ご褒美にアイスを用意してます!」
「え、まじで!」
「まじだから。なるべくこの時間帯に日陰になっている場所にしてますが、熱中症予防にスポーツドリンクを先に配るので、随時水分補給をしながら作業を進めてください。いつものペアごとに抜く場所を伝えるので、ドリンクをもらったペアから聞きに来てください。では、よろしくお願いします!」

 俺と入江は、自転車置き場付近の草を抜くことになった。
「普通に暑いんですけどー」
タオルを頭にかけている俺は、文句を言いながら草を抜く。
「わー、ひまわり綺麗に咲いてるね!」
入江は文句も言わず草を抜き、自転車置き場横に咲いているひまわりを嬉しそうに見ている。俺はそんな入江を見つめている。
 「あ、桐谷君だ」
前に遊んだことのある女子の先輩が声をかけてきた。
「お疲れ様でーす」
「暑いのに草取り頑張ってるんだね」
「こう見えて真面目なんすよー」
「あはは、そうだったね。あ、明日か明後日ウチに遊びに来ない?」
先輩はそのまま近づいてきて、耳元で囁く。
「…誰も居ないから」
「…。」
これは、そういうお誘いだよねぇ。
 俺たちのやりとりを入江はそわそわした顔で見ている。
「あー…その日は無理っすねー。誘ってくれたのにごめんなさい」
「そっかぁ。じゃあ、また別日で誘うね。じゃ、お疲れ様!」
 自転車で帰って行く先輩を見届ける前に入江が前のめりに聞いてくる。
「いつも、あんな風に誘われるの!?断ることあるんだね!女の子の家で、どんな遊びするの!?」
「一気に聞きすぎー。家に行ったら、遊ぶんじゃなくて、ドキドキさせるんだよ。ほら、この前入江の家に行った時みたいに」
「あぁ…」
入江は、ほんのり頬を染める。
「てゆうか、あれ以上にドキドキすることをしちゃうけど」
「あれ以上…?」
「…続きは後で話そっか。暑いし、さっさと抜いちゃおーよ」
「うん、そうだね!」


 地獄の草抜き作業が終わり、宣言通りアイスが配られた。俺と入江は1組の教室に移動し、エアコンで涼みながら食べることにした。
 入江は自分の席、俺は前の席の椅子に座り、同じ机にアイスを置く。
「絶対やっすい棒付きアイスだと思ってたから、まさかのカップアイスで地味にテンション上がるー」
「最高のご褒美だよね!いただきます!」
「いただきまーす。…うわー、うまー」
「なんか同じ教室にいるの不思議な感じだね。同級生みたい!」
「みたいじゃなくて、同級生だから。…入江、誕生日いつ?」
「8月2日の獅子座だよ」
「獅子座っぽくないのにね。てゆうか、誕生日もうすぐじゃん。なんか欲しいものあるの?」
「欲しいもの…うーん、何だろう」
「あんなにガチャ集めてんのに、物欲ないの?」
「あれは、欲しくてというより、可愛さに引き寄せられて回してるだけだから」
「やば、それ中毒じゃーん」
「そこまでじゃないよ。…誕生日、花火大会があるみたいなんだけど…もし、女の子と約束してなかったら、桐谷と一緒に行きたいな」
「…そんな特別な時間、俺がもらっていーの?」
「桐谷にもらってほしい…」

…ドキッ…

 …これが天然に見せかけた計算だったら、俺はもう手のひらでずっと転がされちゃってる…。

 ヴー、ヴー…、空気を遮るように入江のスマホの着信が鳴った。
「あ、半ちゃんだ。ごめん、出るね。…もしもし、終わった?…今ね、1組の教室で桐谷とアイス食べてて…ううん、緑化委員でもらったやつ。…うん、分かった、待ってるね」
「…半ちゃん、来るの?」
「うん、今さっき図書委員終わったから、向かってきてるって」
「そっか」

 半田は数分でやって来た。
「お疲れ様!」
「お疲れ。桐谷君もお疲れ様」
「お疲れ様でーす」
「あ、だいぶ溶けてるけど、半ちゃんも一口食べる?」
「…うん」
ーなんか、似たようなやりとり前にも見た気がする。うん、別にどうでもいいんだけど、男同士だし…。
 紙スプーンですくったアイスを半田の口へ運ぶ入江。半田も軽く入江に体を寄せていく。
…あ、食べさせちゃう感じ?ふーん…へぇ…

…ぐっ…

 気付いたら、俺は入江の手首を掴んで止めていた。
「…え」
「…あ…ごめん。あっ、とぉ…俺もう帰んなきゃだから、俺の残り半田君にあげる。…じゃ、お疲れー」
鞄を持ち、足早に教室を出た。
「えっ…あ、お疲れ様」

 靴箱に着き、しゃがみ込んだ。
「はぁ…ー」

 誰か、無意識の暴走から俺を救ってよ…。