入江とのデートから数日。町は梅雨入りをし、今日も教室の窓の外は朝から雨。
登校前に雨が降った日は、緑化委員の水やりはなくなるため、梅雨の時期に担当になったのは、ラッキーだったかもしれない。
3限目は理科室へ移動のため、教科書とノートを持ち、シゲたちと廊下へ出た。ちょうど移動教室から戻ってきた入江の姿が見えた。半田たちに囲まれている入江は、俺の存在に気付かず教室へ入っていく。
「…。」
やましいことをしているわけじゃない、けど誰かに言えるわけでもない。そんな不思議な俺と入江の関係は継続している。あの天然の入江が、周りの友達に口を滑らせていないのは奇跡だと思う。
デートもした。手も繋いだ。ハグもした。軽いキスから深いキスまでした。恋人でもない俺が教えられるドキドキなんて、物理的にあと一つぐらいしかないんだけど、流石にそれはねー。てゆうか、さすがの俺も男相手にしたことないし。
「悠、さっきからぼーっとしてっけど考え事か?」
「えっ、あーううん。これから梅雨明けまで、デートのお誘い減るなぁと思ってた」
「なになに、桐たんデート不足?」
「別にー。しないならしないで全然いいんだよねぇ」
「そうなの?例えば3ヶ月、いや半年デートしたり、抱いたり出来なくても耐えれんの!?」
「…うん、ヨユー」
「まじで!?日頃から女子の過剰摂取で、逆に無欲になってんじゃん!」
「俺って無欲なの?」
「知らねーけど、恋愛に対しては無欲だろ。自分から誘ったりしねぇし、受け身通り越して無関心レベル。それを女子たちにバレてねーのが、ある意味悠のすごいとこだよな」
「うんうん、同感!」
「え、それって褒めてくれてる?」
自分でも分かってる。恋愛が面倒くさいというより、恋愛自体に興味がないんだと。過去に何か特別なことがあったわけじゃない。付き合った事だってある。だけど相手を求めて、夢中になるなんて皆無だった。
昼休み、ご飯を食べ終えたタイミングでスマホの着信が鳴った。
「あ、茜からだ」
渡り廊下に移動しながら通話ボタンを押した。
「もしもーし。どしたのー?」
渡り廊下に着くと、ふわっといい香りがした。
ー花の匂いかな?
「…放課後?うん、大丈夫だけど、そっち何時に終わるの?…じゃあ、俺が行くから茜は待っててー。…じゃ、また後で」
電話を切り、視線を空から廊下に移すと入江がいた。
「…わっ、びっくりした。お疲れー」
「お疲れ様。びっくりさせてごめんね。たまたま通りかかったら桐谷が電話してて、声かけるタイミング待ってた」
「そっか」
チラッとスマホの時間を見た。
「入江、すぐ教室戻らなきゃって感じ?」
「ううん、落とし物探してるから」
「え、なんか落としたの?」
「お気に入りのシャーペン落とした可能性があって…。半ちゃんに言ったら一緒に探すって言いそうだから、トイレ行くって言って出てきたんだ」
「それ、トイレ長くて心配されるんじゃない?友達と話してから戻るとか連絡入れといたら?」
「そうだね!そうする」
スマホに文字を打つ入江の姿を見つめた。
…入江って両手打ちするんだ。
「…よしOK!」
「じゃあ、探そっか」
「え、一緒に探してくれるの?」
「今の流れで探さないはないでしょー」
「ありがとう!」
「あった!」
入江のシャーペンは、廊下の窓枠部分に置かれていた。
「何をどうしたらこんなとこに忘れるの」
「多分、雨が降ってるか確認した時かも!」
「ま、すぐ見つかってよかったね」
「うん!桐谷、付き添ってくれてありがと!」
「いーえ」
「じゃあ、教室に戻ろう」
「…ねぇ、もうちょい2人でいない?」
自分らしくない言葉が勝手に口から出た。
入江は一瞬驚いた顔を見せたが、すぐに笑顔で「うん!」と返事をした。
その笑顔を見て、さっき香った花の香りが入江を運んできたなんて、浮かれたことを考えている。
屋根のある体育館外の階段に並んで座った。
「なんでそんな距離空けて座ってるの?もしかして俺、汗臭かったり?」
「ううん、逆だよ。近過ぎたら桐谷の良い匂いがして、色々思い出してなんか変な気持ちになっちゃう…から…」
…ドキッ…
「それってさぁ…俺といるとムラムラするってこと?」
「…え、ムラムラ…?」
「俺の匂いで、触れたいとかキスしたいとか思うんでしょ?」
「…それ、不意にカレーの匂いがして、カレー食べたくなるのと同じだよね」
「…。」
俺、カレーと同じ扱いされてる?…まぁ、いいや。
「入江、カレー好きなの?」
「うん、好き!辛過ぎるのは苦手だけど」
「じゃあ今度、おすすめのカレー屋さん連れて行ってよー」
「もちろん!また行く日決めようね」
「うん」
翌週からテスト週間が始まり、朝の予鈴が鳴るまでの1時間も自習室が解放されている。ま、俺には関係ないけど。
朝の靴箱で瑠奈っぺに話しかけられた。
「桐谷っち、おはよー!」
「おはよーん」
「朝からイケメンだね」
「だって、みんなの目の保養でいたいじゃん?」
「あはは」
瑠奈っぺと階段を上ると、ちょうど1組前の廊下窓際で入江が女子と話していた。
ーあっ。
会話内容は聞こえなかったけど、距離を空けて緊張した顔で話しているのを見て、女子が苦手だと言っていたのを思い出した。
「…。」
一度教室に入った俺はカバンを机に置き、また廊下に出た。
1組の方を見ると入江と女子の会話が終わったようで、中に入ろうとするタイミングだった。
「…入江!」
俺の呼びかけに入江だけ足を止める。
「…あ、桐谷!おはよう」
「おはよー」
窓際で横並びに立った俺たち。
「珍しいね、入江が女子といたの」
「うん、たまたま自習室出るタイミングが同じになって。一対一で話すなんて久しぶりで、すごく緊張しちゃった」
「俺、思ったんだけどさ」
「うん?」
「女子への苦手意識を減らすのも、恋愛対象を見極めるには必要なんじゃない?苦手と嫌いは別だし」
「あー、そうだよね…」
「荒治療になるかもしんないけど、今度苦手克服の練習してみませんか?」
「…もしかして、桐谷のことを好きなたくさんの女の子の中に僕を放り込むんじゃ…」
入江は怯えた表情を見せる。
「いやいや、そんなハーレム状態にさせるわけないじゃん。てゆうか、俺だってそんなの未経験だから」
「よかったぁ」
「相変わらず俺へのイメージひどいよねぇ。今度の…」
「圭一郎」
教室のドアから半田が呼びかけた。
…やっぱ登場するよねー、お世話係。
半田は警戒するような目で俺を見た。
女たらしと噂の俺と入江が一緒にいるのは、悪影響にならないか心配なんだろうな。
「じゃ、俺行くねー」
「あ、うん」
俺と入江の関係を知ったら、半ちゃんは気絶しそうだなぁ。
期末テスト最終日。帰りのホームルームを終えた俺は、1人で中庭に向かう。
「桐谷、お疲れ様!」
入江が笑顔で手を振ってくる。
「お待たせー」
今日は一緒にカレー屋へ昼ご飯を食べに行く。
「頭使い過ぎて、甘いもの食べたい気分」
「これから辛いもの食べに行く人の発言じゃなーい。カレー屋の後、どっかカフェとか行く?」
「いいね!大賛成!」
「じゃーん!ここが僕のおすすめのカレー屋!」
「おぉー、お洒落なお店だねぇー」
「わぁ、平日だからお得なランチセットがある!よし、中入ろう」
カウンター席に座り、改めてメニューを見る。
「このお店は、ライスでもナンでも、どっちでも美味しいから。んー、僕はこのBセットのナンにしようかな。桐谷は決まった?」
「Aセットのライスにしよっかな」
注文後、カレーを待つ間、他愛ない話をする。
「てゆうか、予想はしてたけど入江って方向音痴なんだね。まさかここに来るまでに2回道間違えるとは」
「ごめんね。いつもと違う場所から行くと道と道が頭の中で繋がらないんだよ。スマホのナビがあって本当によかった。いつも半ちゃんが道案内してくれるから」
「…半ちゃんとは、よく2人で遊ぶの?」
「よくってわけじゃないけど、2人で遊ぶのは半ちゃんくらいかなぁ。はったんや他の友達とは数人で遊ぶこと多いし」
「へぇ。…入江は、半ちゃんのことを好きになる可能性はないの?」
「え、半ちゃんを?」
「一緒にいすぎて、ドキドキに気付けてないパターンとか」
「うーん…」
「お待たせしましたー、こちらAセットです」
「ありがとうございまーす。おいしそー」
「Bセットでーす」
「ありがとうございます」
「よし、いただきまぁす……ん!うまっ」
「でしょー!!」
「めっちゃ好みの味だ」
「やったー!桐谷なら絶対気に入ってくれると思ったんだぁ」
入江の嬉しそうな顔に自然と口元が緩んだ。
「僕も食べようっと。…うん、やっぱり美味しい」
「俺もナン食べたい」
「うん、いいよ」
入江はちぎったナンをカレーにつけ、差し出す。俺は指で受け取らず、顔を近づけパクッと食べた。
「…っ!」
「…うん、ナンも美味しい」
「…。」
「あー、めっちゃ美味しかったー。今度シゲたちに教えてもいい?」
「もちろんだよ!」
「ありがと。まだ甘いもの求めてる?カフェ行って大丈夫そ?」
「うん、甘いもの受け入れる気満々!」
「おっけー。ごめん、ちょい電話するね」
「うん」
「…お疲れー。俺ら今からカフェ向かうんだけど、茜どーする?…あ、まだ終わんない?うん、了解。また終わったら連絡して。…はーい、じゃまたー。…ごめん、じゃ行こっか」
「あ、うん…」
カフェに入り、頼んだフラッペやスムージーとケーキを食べ始めた。
「この冷たさ生き返るー」
「甘くて冷たいとか最高だよね」
「ここは土日限定でかき氷してるんだね」
「ほんとだ。夏のデザートといえば、かき氷だもんね」
「次遊ぶ時は、かき氷食べに行っちゃう?」
「うん、行こう!絶対行く!」
「決まりねー。…あ、来た」
「?」
「こっちこっちー」
俺は店内に入ってきた私服姿の女子に向かって手を挙げる。
「お待たせー、外暑過ぎてベタベタなんだけど。…あ、初めましてー」
きょとんとする入江に紹介する。
「…姉です」
「…え!?桐谷のお姉さん!?」
「悠の姉の茜でーす。どうぞよろしくね」
ニコリと笑顔を見せた茜は俺の隣に座った。
「あ、よろしくお願いします」
「なんか冷たいもの頼んだら」
「うん…じゃあ、桃スムージーにしようかな!」
「りょーかい。すみませーん」
「さて、本題に入りますが…苦手克服の荒治療として茜を呼んだわけ」
「?」
「入江が女子を苦手な理由を知るのが、解決するには1番良いとは思うんだけど、ひとまずは慣れたほうが早いかなーって。で、俺に見た目も喋り方も似てる茜なら、ちょっとはハードル下がるかなぁと思ってさ」
「あ、誤解のないように言っておくけど、私は男たらしじゃないからね?女遊びばっかしてる弟を持つ健気な女なのよ」
「自分で言うなよ。普通にさ、3人で楽しく会話する感じで、あんま身構えないでね」
「う、うん。分かった、やってみる!」
「どうしよー、私が緊張してきちゃったー」
「いや、絶対嘘。茜が緊張してるとこなんか見たことないし」
「私の何を見てきたんだか。入江君は、緊張するタイプ?」
「あ、うーん、あんまりしないですかね。ただ最近は桐谷といるとちょっと緊張します」
「えっ!?もしかして、悠にいじめられてるの!?」
「いや、それは絶対ないです。なんか、身体に力が入るというか…」
「えー、何でだろうねー。こんなちゃらんぽらんの男に緊張なんかしなくていいのにー」
遠回しに俺を意識してるって言われた気がする。もちろん、入江自身にその自覚はない。ただ、女子を克服したい気持ちがあるってことは、女子を好きになりたい思いもどこかにはあって、それにカレー屋で半田のことを聞いた時にすぐに否定をしなかったのも引っかかる。
俺は、入江にどうなってほしいんだろうね。女子を克服して、恋愛対象がどっちなのか分かって、誰かを好きになってほしいのか。それとも…俺をこのまま……。
知らない感情が、そろそろ湧き出しそうだ。



