「ふぁ〜、ねむ」
いつもより30分以上早く校門をくぐった俺は、ゴーヤのプランターがある渡り廊下へ向かった。
ー…校務員のおじさまが先に水やりしてるって言ってたっけ。
渡り廊下に着いた俺は、驚きで足を止めた。
「…え」
「あ!桐谷おはよう!」
ジョウロを持った入江が爽やかに挨拶をしてきた。
「あれ、俺日にち間違えた?」
「ううん、間違ってないよ。手伝いに来たんだよ」
「…そっかぁ。うん、ありがとね」
入江に会うのは、一昨日の委員会終わりにキス以来。
「2人でやればすぐ終わるしね!」
屈託のない笑顔を見せた入江からは、俺への気まずさなんてこれっぽっちも感じない。別に俺だって全然気まずくないけど、こうも何も意識されないのは、男としてどうしたものか。
入江のおかげで水やりはすぐに終わった。
「いやぁ、ほんとありがとね。2日連続水やりさせちゃって申し訳ないけど」
「ううん、1人でするより断然楽しかったし、気にしないで」
「お礼に飲み物奢らせてー」
「え、いいよいいよ。僕が勝手にしただけだし」
「いいからいいから。暑いし、入江にも水やりしとこ」
「え、僕にかけるの!?」
「ちがーう、水分補給って意味。ほら、自販機行くよー」
「朝からよくそんな甘いもん飲めるね」
自動販売機で甘ったるいジュースを選んだ入江は、すぐに一口飲み、満足そうな顔をした。
「これ嫌い?」
「ううん。でも、飲むなら午後かな。…てゆうか、入江リュックは?」
「…あっ!渡り廊下のとこに忘れてきちゃった!ごめん、僕取りに戻るから気にせず先に教室行ってて」
「了解ー」
廊下を歩いていると、1組のドアから「飲み物買うついでに見てくる」と言いながら半田が出てきた。
気にせず進み、2組の教室に入ろうとした時、また半田の声が聞こえた。
「あっ、圭一郎。ちょうど探しに行こうと思ってて。なんかあった?」
俺はドア前に立ち止まったまま横を見た。
「ううん、大丈夫だよ!水やりの後にリュックを置き忘れてて、取りに戻ってたら遅くなっちゃった」
「え、水やり?圭一郎、昨日もしてなかった?」
「今日はボランティア!」
「そうか。ていうか、水やりして汗かいたならこれじゃなくて、スポーツドリンク系じゃない?」
入江が持つジュースを指差した半田。
「その時に体が求めてたのは、この甘さだったんだよ。半ちゃんも飲む?」
「…一口だけ」
半田は入江からジュースを受け取り、ごくりと一口飲んだ。
「…。」
俺、何見させられてんの?いや、俺が勝手に見てるだけか。…教室入ろ。
昼休みになり、シゲたちと購買へ向かった。
「腹減ったぁー。今日の気分は焼きそばパン!」
「俺、カツサンドー」
「チョコメロンパン」
「うわ、シゲこの暑さでそこいく!?」
「暑さ関係ねーだろ」
買い終わり、戻ろうとしていた時「桐谷!」と声がした。
声の方を確認すると、入江が駆け寄ってくる。
「お疲れー」
「お疲れ様。これ、あげる!」
差し出してきたのは、今朝俺が入江に奢った甘ったるいジュース。
「え」
「あ、飲みかけじゃないよ。ちゃんとさっき買った冷え冷えのやつ!」
「いや、そうじゃなくて、何で俺に?」
「だって、飲むなら午後って言ってたから」
…あぁ、んなこと言ったかも。でもあれは、甘いものを飲むなら午後がいいって意味で、このジュースを今日の午後飲みたいって言ったわけじゃない。
「ガッキー、シゲ、先戻っててー」
「はいよー」
「入江、ちょっとこっち来て…」
「…?」
購買近くのベンチに腰掛け、隣に座るよう入江にトントンと手で指示をした。
ジュースのキャップを開け、一口飲んだ俺はそのままペットボトルを入江に差し出す。
「…入江も飲んで」
「え、でも…」
「いいからいいから」
「…ありがとう、いただきます…ぐびっ…うん、美味しい」
俺は手に戻ってきたジュースをまた口にした。
「……どう?」
「どう…?」
「これ、間接キスなの分かってる?一応、男女ならドキドキするやつ」
「…あぁ!遠回しのキス!」
「回し飲みは男友達と普通にするだろうから、俺としてもドキドキしないの分かってて、あえてしてみました。お試しの種類は豊富な方がいいでしょ?」
「…すごい!間接キスに誘導されてるなんて、全く気付かなかった!こうやって色んな女の子と遠回しにキスしてるんだね!」
…キラキラした瞳で、俺のことめっちゃ遊び人みたいに言ってくるじゃん。
「…教室戻ろっか」
「あっ、あのさ…」
「ん?なーに?」
「今度…デートしてみたいんだけど」
「いいよ、しよしよー」
「ありがとう!外で会うなら連絡先交換してた方がいいよね!?
「そだねー」
連絡先を交換し、一緒に教室へ戻った。
翌週の土曜日。デートの待ち合わせである改札前に向かうと、すでに入江が待っていた。私服姿を見るのは初めてだったが、イメージ通り可愛らしさのある格好をしている。
「お待たせー」
「桐谷!」
ー見えないしっぽを振ってる…。
「…わんこ」
「え、わんこ?何で僕が犬派って知ってるの!?」
「あ、そうなんだ」
2人で電車に乗り込んだ。
「わぁ、人多いね」
「土曜の昼間だしね。はぐれないようにねー」
「うん。半ちゃんも僕が人の波ではぐれないか心配みたいで、満員電車の時は必ず僕の手首を持つんだよ」
「へぇ。じゃあ、俺はこうしよっかな…」
入江の手をこの前と同じように指数本ロックする形で握った。
「…っ!」
頬を染め俺を見た入江に、軽く微笑みかけた。
「デートなんで」
「…。」
辿り着いたのは、入江が希望した紫陽花の名所。青をメインにたくさんの紫陽花が、色鮮やかに咲き誇っている。
「わぁー!すごく綺麗!」
目の前に広がる美しさに入江は喜んでいた。
「写真撮ってあげるから、そこ立って」
「ありがとう!」
紫陽花をバックに、俺のスマホを入江に向けた。
「はーい、撮りまーす…。…うん、良い感じ。後で送っとくねー」
「ありがとう。次は一緒に撮ろうよ!デートってツーショット撮ってなんぼなんでしょ?」
「なんぼって…。もしかしてそれ、はったん情報?」
「うん、そうだよ。よく分かったね!」
「はったんのカメラロールは凄いことになってんだろうね。…ちょうど周り人いないし、デートっぽく密着して撮ろっか。俺のすぐ横にぴったりくっつ…い…」
入江が俺の腕にしがみつき、腕を組んできた。
「へへっ、密着だ!」
…きゅんっ
これは…天然?あざとい?…こうやって女子が胸をわざと押し付けてきても、何にも思わないのに…
「…じゃ、撮るねー」
写真を数枚撮った俺たちは、紫陽花を見ながら散歩を始めた。
「こーゆーのんびりしたデート久々かもー」
「いつもは女の子とどんなデートしてるの?」
「うーん、ショッピングモールに遊び行ったり、ご飯食べ行ったり、映画観たり…。あとは向こうの家にお邪魔してまったりとか」
「なるほど。男友達と遊ぶのとあんまり変わらないね」
「確かにね。相手が好きな人かどうかの違いだけ…と物理的接触があるか」
「じゃあ、デートで触れずにドキドキするの難しいってことだよね?」
「そう思うじゃん?だけど違うんですよ。片想い、両想い関係なく、好きな人と一緒に過ごしてるだけでドキドキするのが恋愛。非接触でじゅーぶんドキドキ出来るみたい」
「なら僕が桐谷を好きじゃない限り、シチュエーションの勉強にはなっても、触れなきゃドキドキしないってこと?」
「そゆこと。それに、本来はデートして、手繋いで、ハグして、キスして、徐々にドキドキを高めていくもんだから。俺ら順番逆なのよ」
「逆だとだめなの?」
「いや、身体から始まる恋もあるし、正解はないけど。恋愛未経験の入江には、順番通りの方が合ってたのかも?」
「僕は…順番は関係ないと思う。桐谷とならどんな順番でもドキドキするよ、絶対!今の関係で触れることがドキドキに不可欠なら、今から2人きりになれるとこ行こう!せっかくのデートだし!」
「…。」
明るい口調で、結構大胆なこと言ってきてない?意味分かって言ってんのかな。…ま、いっか。
近くのネットカフェに行き、フラットタイプの2人部屋に移動した。
「先に漫画選んできてどーぞ」
「ありがとう、取ってくるね!」
この中途半端な2人きりの空間で、あの天然相手にどこまで攻めればいいんだろうなぁ。小声でしか話せないし。
入江が取ってきたのは、女子高生が主人公の少女漫画だった。
「恋愛を学ぶにはぴったりだと思って。胸キュンしたい人におすすめって書いてたから」
ーあぁ、前にドラマ化したやつね。
「それ一緒に読んでいい?」
「えっ、あ、うん…?」
膝を立てて、両足を肩幅より広めに開いた俺は、靴を脱いだ入江に足の間に座るよう伝える。
「俺を背にして、ここ座ってー」
「えっ!?」
「一緒に読むし触れとこうよ。そのために来たんでしょ?」
「あ、うん…お邪魔します…」
入江が漫画を持ち、俺は腕を入江の腰に回し、肩に軽く顎を乗せる形で密着した。
正直こんな体勢で密着したこと、女子相手にもない。
「今のシーン見て分かると思うんだけど、言葉だけでドキドキすることもあるから。色んなドキドキ知りたいなら必要な知識かもね」
「あ、前にクラスの友達が話してるの聞いたことある。言葉攻めってやつだよね!?」
「えーっと、それは違う意味っすねー。1組の男子は結構下ネタ好きなんだ」
「え、そうなの!?……あ、おでこにキスした。これ嬉しいのかな」
ページをめくる入江は、一つ一つのシーンを真剣に見ている。
「…入江」
「ん?」
…ちゅ…、振り向いた入江のおでこにキスをした。
「…嬉しい?読んでて実践してほしいのあったら後で言って」
「…うん、絶対言う!」
次の巻を持ってくるごとに、律儀に俺の目の前に座り直す入江を可愛いと思うのは、何でなんだろね。
「あと10分くらいしたら出よっか。ご飯食べに行きたいし」
「そうだね。もう1冊くらい読めるかなぁ」
「残り時間はさ、触れ合いに費やした方がいいんじゃない?実践してみたいのあった?」
「うん、あった!僕、ドキドキするキスって唇同士のイメージしかなかったんだけど、さっきのおでことか、唇以外にキスするのもときめくんだって読んで分かったから…その…」
「入江は、俺にどうされたいの?自分で言わなきゃ指一本触れてやんないよ。入江は良い子だから言えるよね?」
「…え…」
「…てゆーのが言葉攻めの一例ね。で、色んなとこにキスしたらいいんだよね?」
「びっくりしたぁ…。うん、お願いします」
「りょーかい。服で隠れてるとこ以外全部しちゃうねぇ。目は開けるなり閉じるなり好きにして」
「…うん」
指先に始まり、手の甲、手首から腕、少し赤くなっている耳、瞼、頬に優しくキスをしていく。
…ちゅ…ちゅっ…
自分たちにしか聞こえないほどのキスの音が地味にエロい。
なんて思いながら、自然と唇が首筋に移り、そのままキスをした。
…あれ、俺いま首筋にキスしてる…?
女子にお願いされたら基本的に何でもする俺が、唯一断るのが首筋へのキス。
また入江相手に自らアクション起こしてる。紫陽花の花みたいに、どんどん移ろう俺は一体どこへ…。



