日曜日の昼過ぎ。部屋からリビングへ行くと、まいぴょんが遊びに来ていた。
「あ、いらっしゃーい」
「やっほー。3連休中なのに家にいるの珍しいね」
「一応テスト期間中なんで」
「ちゃんと勉強してるんだね。よし、糖分を分けてあげよう」
ダイニングテーブルに広げているお菓子を渡してきた。
「どーも」
茜の隣に座り、お菓子を口に入れた。
「…うま」
「これ美味しいよねー」
「前にあっくんが買ってきてくれて、そこからハマったんだよね」
「あっくんは麻衣の好みを熟知してるもんねー。どうしたらそんなに愛されるんだろー」
「もう3年以上だっけ?」
「うん」
「ながー」
「あっくんって、大学行くんだよね?」
「うん、うちの大学受ける予定」
「それって、まいぴょんがいるから?」
「って思うでしょ?ちゃんと私抜きで、自分のしたいこと叶えたいことを考えた上で選んだからご安心を。どうしてもさ、進学も就職も私が先になるでしょ?だからね、あっくんには自分の将来や夢の選択だけは、私を無視して決めてってお願いしてるの。仮に遠距離になる選択だったとしても」
「しっかりしてんね、2人とも。じゃ、俺部屋戻りまーす」
進路かぁ…。入江ってどうするんだろ。そもそも、俺自身が定まってないんだけど。
中間テスト初日。朝の靴箱で「桐谷!」と声がした。
「あ、はったんじゃーん。おはよー」
「おはよう。この前はありがとな」
「いえいえー。仲直りできた?」
「おう、ばっちり!桐谷のアドバイス通りやってみたら、彼女泣いて喜んでた」
「おー、よかったじゃん」
「まじで桐谷たちには感謝してる。さすが恋愛のエキスパートだな!」
…エキスパートねぇ。
昼前に試験が全て終わり、クラスの奴らが帰って行く中、席に座ったままの俺は、持って来ていたコンビニのパンを鞄から取り出した。
1人になった教室でパンを頬張りながら、もう片方の手で教科書を広げて持った。
「…あれ、残ってるの?」
突然、ドアから入江が現れ話しかけてくる。
「あ、お疲れー。色々あって、今日は少し残って勉強しようかなと」
「そうなんだ」
「うん。てゆうか、入江1人?」
「教室に忘れ物しちゃって、半ちゃんたちが靴箱で待ってくれてる」
「そっか。じゃ、心配しないうちに戻らなきゃね」
「うん…」
返事をした入江はドア付近から動かない。
「…?どしたのー?」
「2人きりのチャンス…」
入江は少し甘えた顔をする。
「…触れないよ、今日は」
「え、どうして?」
「絶対止まんなくなるもん。勉強どころじゃなくなるし」
「…分かった。じゃあ、また明日。お疲れ様!」
「気をつけてねー」
「はぁー…」
大きくため息をつき、天井を見上げた。
…触れてないのに、もう頭ん中が入江で溢れて勉強どころじゃない。
はったん、俺は全然恋愛のエキスパートでもなんでもないんだよ。
土曜日の午後、入江を迎えに駅までやって来た。
「桐谷、お待たせ!」
「お疲れー。リュック重い?あれなら俺持つよ」
「ううん、大丈夫!桐谷が色々貸してくれるって言ったから、服と下着しか入ってないから軽い」
「そっか」
昨日でテストも終わり、今日は俺の家に入江が泊まる日。
「茜も今日バイト終わったら、そのまま友達の家泊まるらしくて。親も仕事終わって帰って来るの遅いからー」
自宅マンションのエレベーターに乗りながら入江に説明をする。
「お邪魔します」
「どーぞー。飲み物とかもう用意してるから、そのまま部屋に進んで」
「うん、分かった」
部屋に入り、リュックを隅に置いた入江は、ベッドを背に座った俺の隣にちょこんと座ってきた。
「ちゃんと2人きりになるの、久しぶりだ」
「だねー。癒し不足だから、とりあえず抱きしめちゃっていい?」
「もちろん!」
…ぎゅうぅー…
「あぁー、落ち着く…」
久しぶりに抱きしめた入江からは、銀木犀の香りがふわっとした。
リビングに移動し、スナック菓子を食べながら、サブスクでアニメを観ていた。
「そういえば、夜ご飯好きなものデリバリーしてって母さんに言われたんだけど、何食べたぁい?」
「え、そんな贅沢いいの!?」
「初めての泊まりだしねぇ」
「嬉しい!うーん、やっぱり、ピザかお寿司かな!」
「おっけ。母さんたちに残しやすいのは寿司かな。どのメニュー頼むー?」
スマホ画面を見ながら2人で選んでいく。
夜、頼んだ寿司を食べ始めた。あえてテレビは付けず、2人の会話を楽しむ。
「いただきまーす」
「いただきます!」
「…トロうまー」
「うん、美味しい!」
「入江って、家で料理したりするの?」
「うん、たまにするよ。お母さんがいない時に、弟たちに作ったり。あ、でも康二の方が料理上手なんだよ」
「へぇ。弟くん器用なんだね」
「桐谷は料理する?」
「うん、凝ったものは作れないけど」
「じゃあ、一緒に暮らしたらキッチンに並んで作られるな!」
「いきなり同棲にノリノリじゃん」
「まだ一緒にテレビ観たり、ご飯食べたりしただけだけど、桐谷と暮らしたら絶対楽しいし、毎日ドキドキするだろうなって思ったんだ」
「同棲しても、ドキドキしてくれるの?」
「え、しないのかな!?」
「どうだろねー。マンネリや倦怠期って言葉があるように、好きでも付き合いが長くなって、一緒に居るのが当たり前になったらドキドキする瞬間が減るってゆーじゃん」
…なんか俺今、そんなことないよって言わせちゃう面倒なこと言った気がする。
「僕さ、カレーが好きじゃん?」
「うん…?」
「いくら好きでも、カレーを毎日食べたら飽きるって話と同じだよね、それって」
「まぁ、そうかな」
「カレーが毎晩続いたら飽きるかもしれないけど、週に3回ならむしろ嬉しい。それにカレーって色んな種類があるから、もう別物みたいに味わえるんだよ。だから、桐谷との時間に慣れてドキドキしないなんてありえないと思う。それに桐谷はいつも色んなドキドキをくれるから、飽きる暇なんてないよ。隣にいるとドキドキの合間に楽しいや嬉しいとか他の感情も出てきて…つまり何が言いたいかっていうと、未来が楽しみで仕方ないぐらい桐谷のことが好きってこと!」
とびっきりの笑顔を見せた入江。
「…人のことカレーに例えるくせに、そうやって落としにくるのズルすぎ…」
こんなこと言われて、今夜俺の理性は保たれるんだろうか。
「そろそろ風呂入ろっか」
「え、一緒に入るの!?」
「いや、まぁどっちでもいいよ俺は」
「うーん、2人で入ったら狭いよね」
「あ、迷う理由そこなんだ」
「え?」
「何でもなーい。まぁ、今日はゆっくり1人で浸かってくださいな」
「うん、ありがとう!」
風呂から出て、リビングでテレビを観ていたら、スーツ姿の母さんが帰ってきた。
「ただいまー」
「おかえりー」
「あ、いらっしゃい。悠の母です、初めまして」
母さんは入江に微笑んだ。
「おっ、お邪魔してます、入江 圭一郎です!不束者ですが、どうぞよろしくお願いします…!」
「いや、結婚の挨拶みたいになってるから」
「あははっ、面白い!圭一郎君ね、よろしく。ごめんね、せっかく泊まり来てくれたのに何もお構いできずで」
「いえ、忙しいのに泊まらせていただき、ありがとうございます」
「あ、寿司冷蔵庫に入れてるから」
「お寿司ごちそうさまでした!美味しかったです!」
「いえいえ」
「じゃあ俺ら部屋行って、適当に寝るから」
「了解。おやすみ」
「おやすみー」
「おやすみなさい」
「一応、敷いておこうかな…」
部屋に入り、ベッド横に客用の布団を敷いた。
「ありがとう」
入江は自分のために敷いていると思っている。
「…ねぇ、分かってる?」
「…?」
「入江が寝るのはこっちなんですけど」
ベッドの毛布をめくった。
「え!?」
「いや、初めての泊まりで別々の布団とか…え、入江って人と一緒に寝れない人?」
「ううん、寝れる」
「じゃあ、一択じゃん。それともあえて敷布団で一緒に寝る?」
「ううん。桐谷の匂いがするから…ベッドがいい」
「…っ!」
…これを素で言ってきてるから恐ろしいんだよなぁ。
「…おいで」
ベッドに座り、入江に向かい両手を広げた。
腕の中にきた入江から俺ん家のボディーソープの匂いがして、今まで味わったことのない興奮が生まれる。
…やば。
「…今日は俺がお願いしてもいい?」
「うん…?」
「入江からキスしてほしい」
「僕から?」
「うん。いつも俺からだから、入江からしてほしいなぁと思いまして」
「…分かった、やってみる!」
「ふふっ、じゃあお願いしまーす」
目を閉じて待つも、なかなかキスをしてこない。仕方なく目を開けると、入江は恥ずかしそうに俺の顔をじっと見ている。
「なに人のちゅー待ち顔ガン見してんの」
「いやっ、ごめん。…なんか、自分からするのすごくドキドキするというか…恥ずかしくて…」
「いいじゃん、新しいドキドキ経験できて。入江からしてくれたら、その後は俺がリードするから」
「…練習代わりに、まずほっぺにしていい?」
「うん、どーぞ」
頬にしやすいよう少し横を向いた。
「……ちゅ…」
「じゃあ、次は…っ」
…ちゅっ…
前を向いた瞬間、入江が唇を重ねてきた。
「……成功?」
照れながら聞く入江が可愛すぎて、もうどうにかなりそう…。
「…うん、大成功…ちゅ…ちゅっ…」
入江の後頭部に手を添え、どんどん深くキスをしていく。
ゆっくりと押し倒し、首筋にキスをして囁いた。
「…第二段階に進んじゃおっか…」
本当に大切だから、すぐに繋がらない。焦らず、ゆっくり、ちょっとずつ触れていく。
入江の肌から熱を感じることだけで、どんなに満たされているか。
翌朝目覚めると、布団の中でくっついている入江が、ニコニコ顔で俺を見ていた。
「…おはよ」
「おはよう!」
「起きたなら、起こしてくれればいいのに」
「初めて見る桐谷の寝顔がかわいくて、眺めてた」
「…それはどーも」
朝ごはんと着替えを終えた俺たちは、久しぶりの休日外出デートに出かけた。
着いたのは、目の前いっぱいに広がるコスモス畑。
「なんか俺、入江といる時花見てる率めっちゃ高い」
「ごめん、いつも僕の行きたいとこに付き合ってもらって。桐谷は、花とか興味ないのに」
「前は全くなかったけど、緑化委員になって、入江の隣で見る花は好きになった。だから、季節ごとに色んな花や桜とか紅葉を見に行きたいなって思うよ」
「ありがとう!絶対行こう!!」
コスモスを背景にツーショットを撮った後、入江が何かに気付いた。
「あれ…チョコレートコスモスがある!」
「チョコレートコスモス?」
「ほら、ここに濃い茶色のコスモスが咲いてるでしょ。珍しいんだよ、この色のコスモスって」
「へぇー、じゃあ見れてラッキーってことか」
「うん。記念に撮っておこう!」
嬉しそうにコスモスを撮る入江の横顔を、自分のスマホカメラで収めた。
「…え、今僕を撮った?」
「さぁ、どうでしょー」
恋をしてみたい、ドキドキを知りたい。そう言ってきた君にまんまと恋をして、ドキドキしっぱなしの俺は、女たらしと言われたことを忘れるくらい、初めてに埋め尽くされている。
「桐谷、チョコレートコスモス甘い匂いするから嗅いでみて」
「…ほんとだ、甘い匂いする」
「学校にも植えれたらいいのになぁ」
「そだね」
深く濃いコスモスを見つめた。
この花のように、君に一度染まってしまったら、2度と色褪せることなく恋し続けちゃうんだろうな。



