女たらしは、天然男子にくびったけ


 体育祭の後半戦が始まった。3年の綱引きを応援しつつ、リレーの待機場所へシゲと向かう。
「4組のメンバーガチ勢じゃん」
「だな」
「まぁ、2位狙えばいっか」
「2位になれると思ってんのかよ」
「気持ち大事大事ー」

 有言実行とは、まさにこのこと。リレーの結果は、2位だった。
 結果に満足した俺は退場の後、応援席に戻らず1人トイレへ向かった。

 トイレから出ると、同じタイミングで女子トイレから1年生が1人出てきた。首にかけたタオルで口元を押さえ、下を向いている。
「ねぇ、大丈夫?体調悪い?」
「…え、あ、大丈夫…です」
そう言っているが、明らかに顔色が悪い。
「全然大丈夫そうじゃないんだけど。保健室行きなよ、クラスの子には伝えておくから」
「…すみません、ちょっと座ります…」
よっぽどしんどいのか、その場に座り込んでしまい、俺も横に座った。
「歩くのもしんどいなら、おんぶしていこうか?」
「いえ、少し休めば自分で行けます」
「セクハラで訴えないでほしいんだけど…女の子の日だったりする?」
俺の問いかけに、その子は小さく頷いた。
「そっかぁ。そんな日に体育祭は大変だよね。薬とか持ってきてないの?」
「薬、あんまり効かなくて…」
「まじか」
「あの、1人で大丈夫なのでグラウンド戻ってください」
「え、俺ってそんな薄情な人間に見える!?」
「…?」
「体調悪い子をこんなとこに1人にするわけないから。万が一貧血で倒れたらどーすんのさ」
「…桐谷先輩って、普通に優しい人なんですね」
「え、そうですけど?」
「言葉を交わした女子はもれなく抱かれるって噂だったので」
「待って待って。俺そんな酷いオオカミみたいに噂されてるの?えー心外〜、泣いちゃうー」
「ふふっ」

 1年生を保健室に送り届け、応援席へ戻った。
「悠、おせーよ」
「ごめんごめん。どう、勝ってる?」
「総合優勝の可能性あるぞ」
「おー。焼肉って総合優勝でもだっけ?応援合戦のみ?」
「さぁ」


 全ての競技が終わり、閉会式が行われている。テント内にいる放送部が応援合戦と総合順位を発表していく。
「応援合戦の結果を発表します。6位…5組。5位…3組」
ーお、これいけるんじゃ…
「2位…2組。…優勝は1組です!」
ご褒美の焼肉が消滅した2組の生徒たちは崩れ落ち、1組は飛び跳ね喜んでいる。


 「まさか過ぎるだろ。応援合戦も総合も2位とか…」
着替え終え学校から帰る途中、ガッキーはショックを隠せていなかった。
「まぁ、みんな頑張ったし、ダブル2位なんてすごいじゃん」
「うんうん。ガッキーが引っ張ってくれたおかげ」
「うぅー…来年こそ優勝する!」
「よっ、体育委員。…じゃ、俺今日こっちだから」
「そうなんだ、桐たん今日もお疲れ!」
「お疲れ」
「はーい、お疲れー」


 公園のベンチでスマホをいじっている俺の前に「お疲れ様!」と大好きな笑顔が現れた。
「入江…お疲れ」

 「なんか爽やかな匂いがする」
隣に座った入江の匂いに反応した。
「半ちゃんに汗拭きシートもらったんだ。桐谷に会うのに汗臭いと嫌だし」
…嬉しいけど、半田のかぁ…。
「入江の汗ならいくらでも嗅げるけど」
「もー、桐谷は何から何までかっこいいんだよ」
「何から何までって大袈裟」
「だって今日ずっとかっこよかった!台風の目でアンカーする姿も、法被着て踊る姿も、リレーで追い抜く姿も…全部全部カッコよすぎて、何回抱きつきに行きたくなったか」
「あはは、そんなこと考えてたんだ」
「クラスの女子だって、桐谷の活躍見てキャーキャー言ってたんだよ?」
「それはそれは光栄です。ま、俺は入江しか見てなかったけどねー」
「え、見てたの!?僕のこと」
「当たり前じゃん。見る以外の選択肢なくなぁい?」
「…光栄です」
「あはっ」

 体育祭の疲れが吹っ飛ぶほど、目の前の入江が可愛くて仕方ない。



 体育祭から数日経ち、明日からはテスト週間が始まる。
 昼休みは屋上で、久しぶりに入江と昼ご飯を食べていた。
「今日の委員会、何するんだろう」
「草抜き以外なら何でもいいや」
 珍しく屋上には他の生徒がいない。パンを食べ終わった俺は、まだお弁当を食べている入江の頬にキスをした。
「…っ!!…びっくりした」
「食べてていーよ。勝手にキスしとくから」
「いや、食べづらいから。すぐ食べ終わるからちょっと待って」
「やーだ」
そう言い、髪や耳などに勝手にキスをしていく。

 「…よし、食べ終わった!口、開きました!」
「ふふっ、どんな誘い方。…じゃあ、いただきまーす…ちゅ…」
 キスが深くなりかけた時、ガチャッ…とドアが開く音がした。
…!
 急いでキスをやめると見覚えのある女子生徒が出てきた。
…あ、あの子たしか…
 俺に気付き「あっ」と言い、近付いてくる女子生徒は、体育祭で体調を崩していた1年生。
「お疲れ様です。今、大丈夫ですか?」
「うん」
「この間は本当にありがとうございました」
「いえいえー。あれから体調大丈夫?」
「はい。…あのコレお礼です」
お菓子が入っているであろう紙袋を差し出された。
「お礼とか要らないってー」
「いえ、もらってください」
俺の太ももに置き、強制的に渡してきた。
「じゃあ、失礼します」

 「さっきの子、誰?」
「あー、体育祭の時さ、あの子が体調悪くしてるとこにたまたま出会したの。保健室まで連れ添ったお礼だってさ」
「そんなことがあったんだ」
「うん。ちょうどいいや、食後のデザートに食べよっか」
「僕ももらっていいの?桐谷がもらったのに」
「もらったものを誰にあげようが俺の自由じゃん」


 教室に戻った俺にシゲたちが話しかけてくる。
「なぁ、1年の女子に会った?」
「え、あー、うん」
「悠に用があるって教室来たんだよ。んで、別のとこで食ってると思うって伝えたから、会えたならよかった」
「女遊びやめたとか言ってたくせにー」
「あの子は、そーゆーのじゃないから」
「あの子保健委員で一緒だけど悠なんかと遊ぶタイプじゃねーよ」
「なんかってなにさ」


 放課後の委員活動は、中庭での苗植え作業だった。パンジーの苗を受け取った入江が、嬉しそうに花壇の前に戻ってくる。
「よし!植えていこう!」

 土の匂いと、カラフルな花々と、入江の笑顔が俺の心を浄化していく。
「…一緒に住む時はさぁ、庭付きがいいよね」
作業をしながらそう言った俺に入江は驚いた。
「えっ?僕たち一緒に住むの!?」
「驚き過ぎ。ゆくゆくは一緒に住むでしょ。え、もしかして、こんなお花畑なこと考えてんの俺だけ?」
「まだ高校生だからそんなこと考えたことなかった。あれだよね、共同生活?ルームシェア?ってやつだよね」
「んー、間違ってはないけど…同棲かな、俺らがするのは」
「どう…せい…」
「恋人が一緒に暮らすことをそうゆーの」
「なるほど、桐谷と一緒に暮らす…。どんな感じなんだろう」
「今度のお泊まりで、お互いちょっとはイメージ出来たらいいね」
「そうだね。なんか今から緊張してくるなぁ」
「何の緊張だよ」
「内緒!」



 翌朝、靴箱でシゲとタイミングが合い、そのまま教室へ向かう。
「あ、そういや昨日委員会の帰りに、例の1年の女子に悠のこと聞かれた」
「え、何を?」
「どんな人ですか?とか、デートの誘い断らないって本当ですか?とか色々」
「ふーん」
「男友達としては最高だけど、彼氏としてはおすすめしないって答えといた」
「えー複雑なんですけどー」
「事実だから仕方ねーじゃん」


 昼休みにシゲ、ガッキーと中庭で昼ご飯を食べようとしているところに、偶然入江が半田、はったんと弁当を持ってやって来た。
「あ、お疲れ様!僕たちも一緒に食べていい?」
「もちろーん!てか、はったん今日は彼女と食わないんだ」
「まぁ…」
「あ、はったんの彼女ってこの高校なんだ」
「桐たん、知らなかったん!?彼女は5組で、昼休みは一緒に食べてるの有名じゃんか」
「初耳ー。校内のカップル事情とか興味なかったし」
「はったん、彼女とケンカしちゃったんだよ」
弁当箱を開けながら、入江が明るい口調で言う。
「おい、圭一郎。余計なこと言うなって」
「え、ダメだった!?はったん、ごめん!」
「いや、全然」
「はったん、そんな落ち込むなって!このベテランカップルのシゲと数々の女子を虜にしてきた桐たんが相談乗ってくれるから!」
「何勝手に決めてんだよ」
シゲと俺は呆れている。
「体育祭の時…」
はったんは何の躊躇いもなく相談を始めた。
ーあ、相談役俺らでいいのね。
「オレ、部対抗リレーに出たんだけど、競技が終わった後にお疲れの意味を込めて部のメンバーとハグしてて。その流れで後輩の女子ともみんなハグしたんだよ。そしたらそれを彼女が見てたみたいで…」
「あー、他の女子と触れるなんて浮気よ!って怒らせたわけだ」
「…一瞬だったのに。連絡もスルーで、会っても無視されてて…俺、嫌われたのかな…」
「ふむふむ…じゃあ、まずシゲご意見どーぞ!」
「はぁ…何も言うことねーよ」
「重村、よろしく頼む!」
「…別に嫌われたわけじゃねーだろ。羽多野のことが好きだから、一瞬だろうと他の子に触れてほしくなかったっつーか、自分の見えるとこでされたのが嫌だったんだろ、多分。彼女的には、怒りと同じくらい不安もあるんじゃね?」
「おぉ、さすがシゲ!…というわけで、彼女の不安や怒りを無くす方法を桐たんに伝授してもらおう!」
「えー、彼女の性格とか知らないんだけど」
「女子全般の話でいいからさ」
「…はいはい。…入江、ちょっと立って」
「えっ、僕?」
立ち上がり、入江が背を向けた状態で前に立たせた。
「多分いま、話そうとしても避けられるでしょ?だからさ、ちょい強引にするぐらいがいいと思うんだよねー。こうやって…」
…ぎゅっ…
 後ろから入江を抱きしめた。
「…っ!」
「抱きしめたら、こっからが勝負。…俺が抱きしめてドキドキするのは入江だけだから。こんなに好きなのに、傷つけて不安にさせてごめん。…で、もし彼女が振り向いたら…入江こっち向いて」
「あ、うん」
向き合った入江の肩を軽く掴んだ。
「すげぇ好き……って真剣に言って、見つめながらキスして仲直りー。…はい、以上でーす」
「おぉー!」
「すげー!」
ガッキーとはったんは感心し、シゲと半田は冷めた顔をし、目の前の入江は頬を染めている。

 「入江と自販機寄ってから戻るわ」
「了解」
 食べ終わった俺はシゲたちと別れ、入江を連れて人のいない空き教室へ入った。
「ずっと顔赤いけど?」
「だって…っ、桐谷があんなことするから…」
「他の奴相手にした方がよかった?」
「そんなのダメだよ!!」
「あはっ。…さっきしそびれたから…」
入江の顎を持ち上げキスをした。

 「…あのさ」
唇が離れ、入江が何か言い始める。
「ん?」
「僕が今回のはったんの彼女みたいになったら、あんな風に僕に謝る?」
「うーん、謝るけどあんな風にはしないかな」
「え…」
「もっと強引に、俺がどんだけ入江のことしか考えてないかを分からせる、かな」
「あれ以上強引に…」
「てゆーか、入江はケンカして怒ったら、俺を無視するの?」
「僕、ケンカしたことないから分かんないけど…桐谷と話せないのは嫌だな」
「そだね。…はったんじゃないけどさ、体育祭の写真の時みたいに意図的じゃなくても、入江を嫌な気持ちにさせる事がこれから先あると思うんだよね。そん時はさ、俺だけ見てて。俺のことだけ考えてて」
「…?」
「俺を見てたら、不安に思うのが馬鹿みたいに愛されてんのが分かるから」
「…うん、ありがとう」

 いつでも友達に囲まれている入江を見て、不安になりかけているのは俺の方だ。俺を思って…、いつも心の中で呟いてる。