女たらしは、天然男子にくびったけ


 9月も残りわずか。朝、教室へ向かって階段を上っていると、廊下から1組の女子の声がした。
「なんか、入江良い匂いしない?」
ーん、入江?
「あたしも思った」
「香水してる?」
「あ、いや、ルームフレグランス…」
ーあ、入江もいるのか。
「えー、入江部屋にルームフレグランス置いてんの!?意外」
「だとしても、こんなかわいい匂い選ぶ?」
「もしかして、女子に選んでもらったんじゃない?」
「いや、そういうんじゃなくて…」
ーめっちゃ困ってるじゃん。
 女子の圧に困る入江を助けようと階段を上りきった時だ。
「圭一郎がビビってるだろ。あんまグイグイ質問してやらないで」
と、半田が現れた。
「出た、過保護ー!」
「はいはい。…ほら、圭一郎」
半田は入江の腕を掴み、教室内に入っていった。
「…。」
 女子の反応からして、半田が入江を守る関係は周りから見ても当たり前なんだろうなぁ。


 久しぶりに3人で食堂で昼ご飯を食べていたら、ガッキーが焼肉定食を食べながら喋り出す。
「体育祭で活躍したら、やっぱイベントマジックで告白とかあるよな!」
「まぁねー」
「つーか、ガッキーは彼女ほしーの?今で十分楽しそうに見えるけど」
「ガッキーは、沢山の女友達とも普通に遊んでるしね」
「いや、遊ぶのも楽しいよ?でもさ、やっぱ恋愛でしか味わえない感情ってあるじゃん。楽しいのその先みたいな!」
「なんてかっこつけて、単にやりたいだけじゃないのー?」
「桐たんと一緒にするなよ!こっちは純情だぞ」
「俺だって純情ですけど。あ、ねーねーシゲ」
「なに?」
「他校に彼女いるとさ、今ごろ他の奴とイチャイチャしてるんじゃ、とか不安になんないの?」
「いきなりなんだよ」
「シゲってヤキモチ妬いたり、不安になってるイメージないからさぁ」
「たしかにない!」
「別にそういう気持ちがねー訳じゃねぇよ。ただ、常に相手の行動知れるわけじゃねーのに、勝手な想像で不安になってもキリねーだろ。つーか、お互い様だしな」
「わーお、おっとなー」


 放課後、入江の待つ図書室へ向かった。
…あっ。
 中へ入ると、カウンターに座る半田と楽しそうに小声で話をする入江がいた。
「あっ!」
俺に気付いた入江が寄ってくる。
「お疲れ様」
「お疲れ」
「じゃあ、行こう…か…!?」
入江の腕を引き、半田の視線を感じながら奥の本棚に進んだ。

 カウンターや席から死角になる位置に立たせ、すぐさまキスをした。
「…っ!」
 驚く入江からは、甘く優しい香りがする。
「…この匂いって、銀木犀のだよね?」
「あ、うん。今日、桐谷がウチに来るから、昨日の夜からルームフレグランス置いたんだ。スティックの本数が多かったのかな。制服に結構匂いがついたみたいで、色んな人に言われちゃった」
「俺が1番に嗅ぎたかったな。…早く2人きりになろ」
「うん」
 指を絡めたい衝動を抑え、入江の手首を持ち図書室を出た。


 「お邪魔しまーす」
入江の家に上がると、リビングから小学生の弟が出てきた。
「兄ちゃん、おかえり!」
「ただいま、三弥」
「初めましてー、お兄ちゃんの友達の桐谷でーす。よろしくねーん」
「すげー、イケメンだ!モテそう!」
「あはっ、めっちゃ褒めてくれる」
「兄ちゃんたち1時間ぐらい部屋いるから、なんかあったら呼んで。あ、宿題終わってからおやつな」
「今日宿題ないんだよ!だから、おやつ食ったら友達と公園行ってくる」
「わかった、気をつけてね」
「うん!」

 入江の部屋に足を踏み入れると、銀木犀の香りに全身を包まれた。
「おー、めっちゃ香るねぇ」
「すごく気に入ってるけど、女子っぽい匂いなのかぁって、今日周りに言われて心配になった」
「別にいいんじゃない?俺的には、男っぽい匂いより、こっちの方が入江に合ってると思うけど」
「ありがとう」
「……入江」
ぎゅっと抱きしめると、入江も腕を回してくる。
「今日で2ヶ月かぁ。これからもよろしくー」
「あっという間だったね!こんな僕だけど、ずっとよろしくお願いします」
「もちろん」
…ガチャンッ、玄関のドアが閉まる音がした。
「…弟くん、行ったみたいだねー」
「うん…」
「まさかの本当に2人きりだ…」
口角を上げた俺を見て、状況を理解し頬を染める入江にキスをしながら、ゆっくりとベッドに進み、そのまま優しく押し倒した。
 …ドサッ…
「匂いは仕方ないけど、その可愛い表情は誰にもバレないでね…ちゅ…」
首筋にキスをする俺の頭の中は、牽制するためにキスマークでもつけてしまおうかなんて、幼稚な考えが浮かぶ。
 俺って、いつからこんな面倒くさい男になったんだろ…。
「ねぇ、入江…」
「うん?」
「男女問わず、俺以外の人と関わっててドキドキする時ある?」
「え?あるものなの?」
「いや、俺が聞いてんですけど」
「桐谷以外にドキドキしたことなんか1回もないよ!これっておかしいのかな!?」
「ふっ」
「?」
「ぜーんぜん、おかしくないよ。むしろ百点満点の答え」
「よかった。桐谷は…僕といてドキドキする?」
「しないと思ってんの?」
「だって僕、恋愛するの初めてで、いつも桐谷がリードしてくれるから…ドキドキさせる技とか知らなく…っ」

…ちゅっ…

 入江の言葉を遮るように唇を重ねた。
「…いっつもドキドキしてる。強引になっちゃうくらい余裕ないし…」
「じゃあ僕ら、ドキドキさせ合ってるんだ!…桐谷、大好きだよ」
…ドキッ
「うん、俺もめちゃくちゃ好き」

 いつの間にか、君の気を引くことばっか考えてた。こんなに真っ直ぐ想ってくれてることに気付く余裕もなくて。



 体育祭当日の朝。グラウンドには、全校生徒がズラリと並び、体育委員長の宣誓を聞いている。
「せんせーい!我々選手一同はー、一致団結しー、正々堂々戦うことを誓いまーす!そしてー、青春の1ページをー、誰よりも輝かせることを誓いまーす!」

 開会式後はすぐに2年対抗種目の台風の目が行われるため、応援席に行かず待機場所に移動した。2クラスごとに走り、全体のタイムで順位が決まる。
 クラス全員で円陣を組み、中央にガッキーが立った。
「みんなー!2組の仲の良さを思う存分発揮して、1位を勝ち取ろう!!じゃあ、いくよー…絶対勝つぞー!!」
「「おーーっ!!」」

 最初は1組と2組の対戦。俺は、シゲたちと列の最後に並んだ。1組の列を見ると、入江がはったんたちと2番目に走ることが把握できた。

 スタートの合図で、両チームが一斉に走り出す。
「いけー!」
「いい感じいい感じ!」
 大差のないまま、2番目の4人に棒が繋がれた。俺は声で1組を応援しつつ、目線を入江に向けている。
ーめっちゃ楽しそうに走ってる。

 練習のおかげもあり、みんながスムーズに走り続け、あっという間にアンカーの俺たちに棒が託された。
「よっしゃ!最速でいくぜ!!せーのっ…」
ガッキーの掛け声でコーンに向かい、一直線に走っていく。

 遠心力に負けることなく、2組よりも先にゴールした俺たち。
「はぁ…はぁ…結構早かったんじゃね?」
「もう台風そのものだったよ俺ら」
「あはは」

 その後、3組から6組も走り終わり、それぞれのタイムが下から順に発表されていく。
「4位、5組○分〇〇秒…」
この時点で2組は呼ばれていないため、3位以内は確定。
「3位、4組○分〇〇秒。2位…1組○分〇〇秒…」
その瞬間2組が1位だと分かり、発表される前から大歓声が起こる。
「うおぉーー!!」
「いぇーい!」

 1位になり、意気揚々と応援席へ向かう俺やガッキーのところへ入江が駆け寄ってきた。
「1位おめでとう!」
「さんきゅー!入江たちも2位おめでとうな!」
「わっ、ガッキー意地悪な顔したー!次は絶対負けないから!!」
「圭一郎、1組の応援席こっち」
半田が取り戻しにくる。
「あ、2組の所行きそうだった」
「隣だし、端に座ればこっち居てもバレないんじゃない?」
入江の肩を軽く抱き寄せた。
「入江は1組のだから」
そう言って入江の腕を掴んだ半田。
「…。」
「あは、入江モテモテじゃん!桐たん、保護者に返してあげて」
「はいはい」


 次々と競技が行われ、入江の出場する二人三脚が始まった。もちろん2組を応援するけど、入江の姿を目に焼き付けるのが最優先。
 2年の部がスタートし、入江が半田と無邪気な顔で走る姿を見ていた。
ーやっぱ同じクラスずるいよねぇ。


 前半の最後は、組対抗の応援合戦。トップバッターの1組が、赤Tシャツや青Tシャツなど、7色に分かれたカラーTシャツを着た姿でグラウンド中央に集まっていく。入江は黄色のTシャツを着ていて、よく似合っている。
 曲に合わせて踊り始めた1組は、グラデーションを作り出す美しい演出で魅了していく。
「わー、すげー!」
ガッキーは目を輝かせた。

 1組のダンスが終わり、2組は衣装である長い丈の法被に袖を通した。法被は黒色の生地に、背中に金色で龍がプリントされている。
 「皆さん、練習の成果を発揮して、2組のかっこよさを見せつけましょう!思いっきり楽しむぞーっ!!」
「おぉーーー!!」
3年体育委員の掛け声とともにグラウンドに繰り出した。
 和をイメージしたカッコいい音楽に合わせ、キレのあるダンスを披露する。


 全ての組の演技終了後、昼休憩のため生徒たちは衣装姿のまま各教室に移動していく。
「桐谷くーん!」
3年の女子数人がシゲたちと歩く俺に声をかけてきた。
「はーい」
「一緒に写真撮ろーよ」
「いいっすよー。あ、他のやつも一緒に…っ」
言い終える前に先輩たちに囲まれ、腕を組み密着されてしまった。
ー…うわぁ、ぐいぐいくるじゃん。はぁ…さっさと終わらせよ。

 「公共の場でハーレム写真なんて、相変わらず遊び人丸出しだな」
教室に戻りながらクラスの奴らが言ってくる。
「あれは不可抗力ですー」
「応援合戦の桐たん見たら、近づいてくる女子増えるに決まってるじゃん。…あ、入江どうした?」
2組の教室付近で入江が黄色のTシャツ姿のまま立っていた。
「桐谷、ちょっといい…?」
「うん…?」

 渡り廊下に移動した入江は、
「僕も法被姿の桐谷と一緒に写真撮りたい!」
と言ってきた。
「もちろん、撮ろ」
 俺のスマホでツーショットを撮り、問いかける。
「てゆうか、さっき僕もって言った?」
「…先輩に囲まれて撮ってたから…」
「あー、見てたんだ」
「うん…」
入江の表情と声のトーンがいつもと違う。
「嫌な気持ちにさせちゃった…?」
「嫌っていうか…僕の桐谷なのにとか、カッコいい桐谷と僕が先に撮りたかったとか、あの中の誰かのこと可愛いとか思ったかなとか…色んなこと考えちゃったんだけど…」
 ぐいっ…
入江の手を引き、その場にしゃがんだ。
「それ…ヤキモチじゃん」
「ヤキモチ…?」
「俺が女子と絡むの見て、不安や嫉妬が生まれたんでしょ?」
「…うん。前は桐谷が女子と仲良くしてるの見てもなんとも思わなかったのに、何でだろ」
本気で疑問に思っている入江の両頬を掴んだ。
「そんなの、好きだからでしょ、俺のこと…ちゅ…」

 入江の中にある初めての感情が生まれるのが、俺に対してなのがこの上なく嬉しい。ドキドキも、嫉妬も、喜びも、独占欲も…どんな気持ちも全部俺にだけであってほしい。