女たらしは、天然男子にくびったけ


 「桐谷せんぱーい!今日の放課後、私たちとデートしてくださぁーい」
昼休み、シゲたちと教室に戻る途中、名前も知らない1年の女子2人が駆け寄ってきた。
「いいよーん」
「やったぁ!」
「おい、放課後は委員会だろ」
すぐ隣に立つシゲは冷静に言ってくる。
「え、委員会?」
ー委員会…そういや入ったっけ。
「じゃあ、今日は無理ですね」
「うん無理っぽい、ごめんねー。また誘って」
 女子2人は残念そうに去って行く。

 桐谷 悠、高校2年生。まぁまぁ整った顔に、平均以上の身長、飄々としていてノリがいい、おまけに腹筋割れちゃってるもんだから、結構モテる。でも恋愛の面倒事は嫌いだから、彼女は作らない。来るもの拒まず去るもの追わず精神で、女子に誘われたら適当に遊んだり、たまに抱いたり。

 「ねぇ、俺って何委員だっけ?」
「はぁ?緑化委員になってたろ」
「あー、花を眺める委員ね」
 4月にあった委員会決めは、部活に入っていない生徒の中から選出する制度だった。部活に属していない俺やシゲたちは仕方なく委員会に入った。
 「シゲは?」
「俺は保健委員」
「おー、シゲっぽい」
「ぽいってなんだよ。適当だな」
 シゲこと重村は、黒髪センター分けで、大人っぽい雰囲気。性格もクールでモテる方だが、他校に彼女がいるため、直接女子に狙われることはない。
 「ガッキーは…体育委員っしょ?」
「だいせいかーい!」
 ガッキーこと檜垣は、コミュニケーション能力がズバ抜けている。校内外問わず交友関係が広く、どこにいっても顔見知りがいる。しかし、男友達ポジションが安定し過ぎて、恋愛対象外になることが多い。
 「てかさ、何で桐たんは緑化委員にしたわけ?」
「え…うーん、穏やかで楽そうだったから?」


 放課後、各委員会ごとに指定された教室へ向かう。緑化委員の集合場所は、中庭だった。
 …何で外?
 委員長である3年生が前に立ち、全員に指示を出す。
「これからさっき伝えたペアで、花壇に花を植える作業をしてもらいます。軍手はここにあるものを使ってください。花の種類は花壇ごとに指定があるので、自分たちの担当花壇を受け取る際に教えてください。では、スピーディーかつ美しく植えていきましょう!」
 え、花壇に今から植えてくの?この陽射しの元?…めちゃくちゃ重労働じゃん。
「僕、花受け取ってくるね」
ペアになった1組の男子が率先して動き出す。
「じゃあ俺は、軍手もらってくるわ」
「ありがとう」

 あいつ、入江って言ったっけ?名前は今日知ったけど、クラスメイトに囲まれてるとこを何度か見かけたことがある。

 「よし!早速植えていこう!」
花壇の前に座り、軍手をはめスコップを持った入江は、ニコニコ顔で作業を始めた。
「…。」
やる気の出ない俺は、ゆっくりと軍手をはめる。

ー土触るとか、小学生振り?そうだそうだ、土ってこんな匂いだった。

 「マーガレットって、可愛い花だよね!」
作業中いきなり話しかけられて、一瞬びびってしまう。
「あ、これマーガレットって言うんだ。俺、花とか全然詳しくなくて。入江君は、花好きなの?」
「うん、好き!」
無邪気な笑顔を向けられて、何故か“可愛い”と思ってしまった。
「というか、同級生だし呼び捨てでいいよ」
「うん、わかった。入江って呼ぶね。俺のことも呼び捨てでよろしく」
「うん」


 「あのさ…」
作業も終盤、手を動かしながら入江が話しかけてくる。
「ん、なに?」
「桐谷って、モテる女たらしって本当?」
「……え?」
「クラスの友達が、桐谷は女の子にモテモテだけど、遊び人で毎日違う子を抱いてるって言ってて…」
ー何だ、そのやばい噂。あー、めんどくさ。
「まぁ、モテるのは否定しないかなぁ。でも、さすがに毎日抱いたりは無理無理」
「ならキスとかよくするの?」
ーこいつ、めっちゃずけずけ聞いてくるじゃん。
「んー、よくするかどうかは分かんないけど、キスしてって言われたら基本するよ。減るもんじゃないしねー」
ー自分で言っときながら、なかなかのクズ発言。
「そっか…」
俺の言葉を聞いた入江は、マーガレットを見つめながら黙り込んだ。
 自分で聞いてきたくせに、もしかして引いてる?…まぁ、入江は見るからに誠実そうで、女遊びとは無縁そうだから、俺みたいなタイプ苦手だろうね。
 謎の沈黙時間を気にせず、俺はスコップで穴を掘っていく。
「ねぇ…僕とキスしてほしい」
入江は俺の顔をじっと見ている。
「……はい?」
…今、キスしてって言った?え、聞き間違い?
「えっと…キス?」
「…うん、だめかな?」
ほんの少しだけ頬を染めた入江は、若干上目遣いになっている。
「入江って…男が好きなの?」
人の性的趣向に興味はないし、恋愛なんて好きにすればいいとは思っているが、この展開は予想外だった。
「それを知りたいんだよ!」
「ん!?」
「僕ね、昔から女の子が苦手なんだ。最低限の会話は出来るけど、一定の距離は保ったまま接してて。もちろん、女の子相手にドキドキしたことも無いし」
「男にドキドキしたことがあるってこと?」
「ううん、それもなくて。友達といる時はすごく楽しいし、みんな仲良くしてくれるから嬉しいんだけど、それ以上の感情は一度もないよ」
「んー、それって女子が苦手なだけで、男が恋愛対象ではないんじゃない?まだドキドキする女子に出会えてないだけの話でしょ」
「出会えてない…。いつか僕もみんなみたいに恋をしてみたい。ドキドキがどんなものか知りたい。…だから、桐谷にキスしてほしい!!」
「いや、どういう思考回路!?」
「恋愛経験豊富な女たらしの桐谷なら、俺のことドキドキさせてくれると思う!ドキドキを教えてもらえれば、いつか誰かに対してドキドキすれば、それが好きなのかどうか分かりやすいよね」
…素で言ってんのこれ?人を魔性の女みたいに。
「あのさ、ドキドキするのにキスする必要なくない?」
「はったんが彼女とキスしたら心臓飛び出るほどドキドキしたって言ってたから」
ーはったんって誰だよ。
「そりゃあ、はったん?が彼女を好きだから死ぬほどドキドキしただけで、俺と入江がキスしたところでドキドキしないと思うよ。それにさ、キス以外でドキドキする方法だってあるじゃん?」
「例えば!?」
前のめりに聞いてくる入江は、何の曇りもない瞳を向けてくる。
「手繋いだり、ハグしたり?…あとは、触れなくても、好きな人とのシチュエーションにドキドキするっていうよね」
「なるほど…。桐谷は女の子と遊んでて、どんな時ドキドキするの?」
「えっ…」
 あれ…俺、ドキドキしたことあるっけ?
 「終わりそうですか?」
話を遮るように委員長が確認に来た。
「あ、はい!あと1つで完成します!」

 委員会活動が無事に終わり、配られたペットボトルのスポーツドリンクを手に、ベンチに置いていた鞄を取りに行く。
 「桐谷、この後予定ある?」
鞄を持った俺に、黒のリュックを背負った入江が聞いてくる。
「何もないよ」
「じゃあ、少し付き合ってほしい!」
…この流れ、もしかして…

 誰もいない校舎裏に移動した俺と入江。入江は俺の目の前に立ち、目をキラキラさせている。
「…あのさ、冷静に考えて…初キスの相手が男の俺でいいの?」
「桐谷みたいに誰とでもキスする女の子、なかなかいないし」
ーおっと、地味にディスられた。
「それに、桐谷とキスして後悔することはないと思う。うん、絶対ない!」
「何の自信…。まぁ、いいや。一回軽くキスすればいいんだよね?」
「う、うん!」

 てゆうか俺、男とキスしたことあったかな?男同士の悪ノリでキスしたこと…ないか。ある意味、俺も初キスじゃん。ま、来るもの拒まずってことで。

 「あっ、目はどうしてたらいい?」
「閉じてていいよ。腕もぶらんとしてくれてたら大丈夫ー」
「わかった」
 目を閉じた入江は、口をつぐんでいる。
「入江、唇の力抜いて」
「あ、ごめん」
 入江の両肩を軽く掴み、顔を近づけた。

 …ちゅっ…

 ゆっくり唇を離すと、入江は目を閉じたままだった。
「目、開けていいよー」
…ぱちっ
 照れた顔をしている入江と目が合った。

 …ドキッ…ー

 「…ありがとう」
「あ、うん、いえいえー。…で、ドキドキした?」
「ドキドキというか……恥ずかしいっ!」
「あぁ…」
「キスってこんなに恥ずかしいの!?しかもさ、桐谷なんか良い匂いするから、目瞑ってても近くに感じてやばかった!」
 小さな子供みたいに興奮している入江は、またお願いをしてくる。
「今度タイミング合ったら、ハグしてもらってもいい!?」
「別いいけど、順番逆じゃない?」
「あ、そっか。でも、色んなドキドキを試したいから順番は何でもいいや!」
「雑ー。てゆうか、ハグなら今できるけど」
「今日はキスの余韻に浸るから、ハグで上書きしないで」
ー何だそれ。
「本当にありがとう!僕も一歩大人に近づいたよ。じゃ、また来週!バイバイ」
「うん、ばいばーい」

 リュックを揺らしながら帰って行く入江を見届け、俺はその場に立ち尽くしている。
「…。」
…俺あの時、一瞬だけ…ほんの一瞬だけ、知らない感覚になった気がする。



 週明けの月曜日。中庭のベンチで昼ご飯を食べながら、ガッキーに聞いてみた。
「ねぇ、ガッキー」
「なにー?」
「1組の入江って分かる?」
「入江?うん、分かる」
ーさすがコミュおばけ。
「どんな奴?」
「天然の愛され君!」
「何それ」
「純粋でめっちゃ天然なんだけど、そこも含めて周りの男子に愛されてるキャラ!」
「へぇー」
「自分で聞いといて、興味ない感じやめろよ。つーか、その入江って奴と悠は絡みあんの?」
「委員会が一緒だったんだよねぇ。ほら、あそこの可愛いマーガレット、俺と入江で植えちゃったりなんかして」
「え、桐たん花植えたの!?すっげー!」
「花を眺めるんじゃなかったのか?」
「まぁ、たまには、人々に癒しを届けようと思ってさ。美しい心を持つ俺の奉仕活動よ」
「奉仕じゃねーよ。緑化委員の仕事しただけだろが」
「もぉー、シゲシゲ冷た〜い」
「うるせぇ」

 「あ、桐谷くんだぁ」
近くの廊下を通りかかった3年の女子が手を振りながら、声をかけてきた。
ーえっと、あの人って…
「こんちわー」
「またウチ遊びに来てねー」
…あ、春休み中に誘われて家行った先輩ね。はいはい、思い出した。
「はぁーい、いつでも可愛い先輩からのお誘い待ってまーす」
「ふふ、じゃあねー」
手を振る俺に、シゲは半分呆れていた。
「好きでもないのによく抱けるよな」
「家にお邪魔して、抱いてって言われて断る方が無理でしょー。こう見えて紳士なんで」
「どこがだよ」
「前から気になってたんだけど、好きじゃない子抱いても、ドキドキしたりすんの?」
ガッキーからの問いかけに、この間の入江の言葉を重ねてしまう。
「さぁ、どうだろねー」


 教室へ戻る最中、廊下から1組の教室内を見た。入江がクラスの男子数人に囲まれ、楽しそうに話している。
 …!!
1人の男子がおふざけの延長で、入江に後ろから抱きついた。入江は照れる様子もなく、普通に笑っている。
「…。」


 予鈴が鳴った後、トイレへ行った俺が鏡の前で髪型をチェックしていると
「あ!」
と偶然入江が入ってきた。
「お疲れー」
「お疲れ様!」
入江は周りをキョロキョロする。
「…?」
「桐谷、ハグしよう!」
「…は?ここで?」
「うん、誰もいないしチャンスだと思う」
「いや、トイレでハグとか色気無さすぎでしょ。ドキドキするにはシチュエーションも大事っていうじゃん?」
「ドキドキするには行動よりもシチュエーションなんだね。勉強になる!」
「はぁ…まぁ、いいや。俺が一方的にすればいいの?それともお互いにギュッてする?」
「とりあえず…一方的で!」
「はいはい、とりあえずね。…じゃ、失礼しまーす」

…ぎゅっ…

 てゆうか、俺のハグで試す必要ある?さっき他の奴にされてたじゃん。

 「…はい、こんな感じで…っ…」
腕から離れた入江は下を向き、頬が染まっているように見えた。
 え、何その表情…。

 もしかして…試されてるの俺?