世界で1番好きでした。

現在―…


「いつかちゃん、久しぶりだね」
「園田先輩…、お久しぶりです」

園田先輩と会うのは大学生以来だった、だからたぶん7年ぶり。
あれからずっと会ってなかった。
あの日以来、話したことがなかったから。
あの頃より緊張してた、何を話せばいいのか迷って。

「えっと…、いつかちゃんは今何してるの?」

でもこんな時はやっぱり園田先輩から聞いてくれるから。

「私は広告関係の仕事をしてて…」
「え、すごい!それってデザインとか?」
「はい、そんな感じの…です」
「さすがいつかちゃんじゃん」
「いえ、そんなことはっ」
「だっ写真コンテストで賞取ってたくらいだもんね!」
「…っ」

思い出す、思い出したくない思い出が。
まだ園田先輩の中に残ってるんだってー…

「じゃあいつも遅いんだ?」
「あ、いえ今日は…」

ハァっと息を吐いて少しだけ下を見た。

「雨の色は何色なんだろうって考えてたら遅くなりまして…」

もうすぐ梅雨シーズン、今後の依頼に向けて考えておこうかなってふと気になったから雨ってどんな色をしてるんだろうって。
考えれば考えるほど何色なのかわからなくなって、残業しなくてもいいのにこんな時間になってしまってそんなこと考えてる場合じゃなかったなって今でも考えてしまってるのがちょっと悔しいけど。
そんなことをしてたら今日は一段と遅くなってしまって…

「…って、すみません!」

ハッとして顔を上げる。また考え込んで気付いた園田先輩の聞きたかった問いかけの答えじゃない、だってそんな顔してた。

「すみません!そうじゃないですよねっ、別にそんなこと聞いてないですよね!?えっと、遅く…はないです!いつもはこんなに遅くは…っ」

ふっと声を漏らして、マシュマロみたいな頬を上げて笑った。その顔は懐かしくて、揺さぶられるようで、胸の奥がきゅーっとするから。

「いつかちゃん変わらないね」

恥ずかしくなってまた下を向いてしまった。
7年ぶりの再会に何言ってるんだろう、相変わらず会話が下手なんだから。
変わらない、なんて絶対褒め言葉じゃない。よくない意味に決まってる。

「すみません、変なこと言って…」

あの頃から全然変わってなくて、上手く出来ないものは出来ないままで。
結局、何ひとつ変えられなかったからー…

「いつかちゃんはそのままがいいんだよね」

すぅーっと耳の中に穏やかに入ってくるこもった声が、触れるように体の中にしみこんでいくみたいにだった。
ずっと心の奥に残ってた、大事に鍵をかけて閉じ込めて置くみたいに。

“いつかちゃんはそのままがいいんだよ”

もう一度、言ってくれる日が来るなんて。

「…いつかちゃんがサークルやめてからずっと考えてたんだ」

園田先輩が目を伏せた、その視線を追うことしか出来なかった。後ろめたさしかなくて、だから思い出さないようにしてたサークルのことは。

「あれからいつかちゃんどうしてるのかなって、ずっと気になってた」

逃げるみたいに写真研究会をやめたから、誰にも会わないようにこっそり三波部長にだけ伝えて。
それで忘れてくれたらいいのにって思ってた、もう私のことはなかったことにしてくれたらいいのにって。

「ごめんね、せっかく写真研究会に入ってくれたのに」

すっかり遅くなってしまったこの時間じゃ空は真っ暗で、見上げたところで何も見えない。
園田先輩といる時はいつも明るい青空ばかりだったのに。だからそれが余計に、寂しくさせる。

「いえ、園田先輩が謝ることじゃ…」

だけどね、何度忘れようとしても忘れられなかったの。
忘れてほしいって思いながら忘れられなかった。何度思ったかわからない、何度だって思ったの。

「…いつかちゃんにずっと言いたいことがあって」

あの頃に戻りたいって、あの頃に戻れたら今度こそは間違えないように出来たかなって。

「いつかちゃんが撮ってくれたあの写真、俺嬉しかったんだ」

まだ園田先輩の中にも残ってるあの写真は今でも私の胸を締め付けてる。それは痛々しいのに、愛しくて。

「すごい嬉しかったんだよ!いい写真だなぁって思ったし、構図とかバランスとか光りの感じもよくてすごいいいなぁって!」

大きな口で笑う園田先輩が、昔の園田先輩と重なってあの頃に戻ったみたいに錯覚する。きゅーって胸が声を上げる。
もう一度、園田先輩に会いたかった。会えたらいいなって思ってた。

「いつかちゃんの気持ちがこもってて嬉しかった」

私に笑って見せる顔が、何より好きだったの。
いつかまた隣で一緒に笑えたらって…だから閉じ込めた、シャボン玉の中に。ずっとこうしていたいって思いながら、園田先輩を閉じ込めたかった。

「俺、いつかちゃんのことが好きだったから」

だけどそれはただ勇気がなかっただけ、私にシャボン玉を割る勇気がなかったの。
見ているだけで触れることも出来なくて、ふわふわ浮かぶシャボン玉を見ていることしか出来なかったの。
溢れそうになる涙をグッと堪える。なるべく上を見て、真っ暗な空だったけど星がキレイだったから。

「あの時言えなかったことずっと後悔してたんだ、今更遅いんだけど…」

園田先輩の弱々しい声を聞きながら、あの日々を思い出してた。
少し俯いた園田先輩が顔を隠すみたいに頭を掻いた。スーツの袖からチラッと見える腕時計が少し違和感で、あれから大人になったことを感じて。
そう、私だってもう大人になったから。
だからもう少しだけ耐えて私、あと少しだけ…

―ブーンブーン…

「あ、ごめん電話…っ」

園田先輩がコートのポケットからスマホを取り出した。画面を確認して、少しだけ気まずそうにした。

「ごめん、ちょっと…」

後ろを向いた園田先輩が電話を取る。もうすぐ帰るとか遅くなったとか、そんな話をしてすぐに電話を切って振り返った。

「ごめんね、いつかちゃん」
「いえ、大丈夫です全然…!」
「…。」
「……。」

お互いに何も言えなくなって、俯いてしまった。
せめて夜空を見ようと思ってたのに、足元なんか見たくなかったのにな。下なんてみたらどうなるかわかってたから。

「ごめん引き止めて、じゃあそろそろ…」

でも本当に、これが最後だから。

「園田先輩」

顔を上げて真っ直ぐ前を見て。

「今更遅いんですけど、私もいいですか?」
「え、何…」

あの時言えなかった言葉を、伝えられたら…

「“あの頃”私も好きでした、園田先輩のこと」

最後は笑ってさよならを言うから。
だからあと少し、ほんの少し、どうか涙よ流れないで。
きっともう会うことなんかない、だから笑って手を振りたいの。

「そっか、じゃあ同じだったんだ!」

私に微笑みかける園田先輩に、あの頃を思い出してキュンと痛む胸に気付かないフリをする。
それも今は過去、でもこの瞬間だけはあの頃のままでいたかった。
ほんの一瞬でも、あの時の私を思い出してくれたら。もう戻れないあの頃を今度こそシャボン玉の中に閉じ込めるよ。

「では、さようなら園田先輩!」

背中を向けるまで、あと少し。
ばいばいと手を振って歩き出す、くるって背を向けたら足早にもう振り返らないで。
そしたらもう空なんか見なくていいから、真っ暗な夜空なんて見なくていいよ。

だけどその方がよかったかな?夜空の星を見ていた方が、よかったかな?
園田先輩の左手薬指が夜空の星より光っていて。

「…っ」

園田先輩のことが好きでした。
あの頃からずっと好きでした、だけど一度だって言えなかった。
好きって言ったらすべてが終わってしまいそうで言葉にするのも怖かった。

それぐらい恋してたの。

そんな恋だったの。
触れたら壊れてしまいそうで、シャボン玉の中に閉じ込めることしか出来なかった。
決して空高くは上がらない、ゆっくりと下に落ちるだけ。それでもキラキラ光ってた、そんなシャボン玉みたいな恋だった。
きっと何度戻ったって好きって言えない。それぐらい恋してたから。

ずっとずっと恋してたから。

だけどね、やっと言えたよ。やっと伝えられたよ。
だからもう思い出さなくていい、もうあの写真を忘れられるよ。

今はもう過去だから。

あの頃の私はあなたのことが世界で1番好きでした。