世界で1番好きでした。

大学生になったら高校生の時には出来なかったことがしたいと思ってた。
それは漠然として、何がしたいのか自分でもよくわかってなかったけど明日も学校へ行きたいって思えるようなそんな日々にしたいって思ってた。
その一歩だった、写真研究会に入ったのは。
でもその一歩が今は大きく広がって、空ってこんなにキレイだったんだなって思えるくらい。

「いつかちゃーん!」
「!」

まだサークルが始まる前、サークル室の窓から空を眺めてたら下の方から声が聞こえた。
視線を向ければブンブンと手を振ってこっちを見てる、園田先輩がいて。3階の窓なのによく私だってわかったなぁ、そんなに一生懸命振らなくてもいいのに。
くすって、勝手に頬が上がるの。
園田先輩を見てたら心の奥が声を出して、胸が熱くなる。
手を振る姿をずっと見ていたくて、私もゆっくり手を上げっ

「木下さん」

ようとした手を下した、三波部長に呼ばれたから。全然気付かなくてビクッと体が震えたまま振り返っちゃった。

「は、はい!何かありましたか?私、何か…っ」
「木下さんってコンテストの写真出した?」
「え、コンテストの写真…?」
「うん、提出今日までなんだけど」

提出?今日まで…?
キリッと吊り上がった三波部長の眉毛を見て思い出した、写真を撮ったことに満足してすっかり忘れてた。

「すみません!まだです…!!」

そうだ、私まだ提出してない。

「すみませんっ、あの忘れてて…あ!忘れてたっていうのもあのっ」
「いいよ、今日までだから」
「すみません…!」
「まだ出してない人確認してるだけだし、今日中に出してもらえれば」
「出します!」

教えてもらえてよかった、今日中に出せばまだ…ううん、先輩に教えてもらってるようじゃよくない。次はこんなことないように気を付けなくちゃ。

「それで木下さん、提出の仕方わかる?」
「あ、はいっ」
「学内写真展と違ってエントリーは個人でしてもらうから」
「はい、大丈夫です!今日家に帰ったら必ず…っ」
「提出出来たら教えて、一応チェックするから」
「はい!」

自分で申し込むのだから忘れちゃってた、外部のコンテストだもんそうだよねそれぞれエントリーするのが通常だよね。
こうゆうコンテストも出したことないから全然わかってなかった、スケジュールもっと確認しておくんだった。三波部長に怒られちゃった。
…怒ってたよね?怒ってなかったかな?
注意されただけ、かな?どっちにしろ次は気を付けて…

「いつかちゃん、まだ出してなかったの?」
「わっ!」

これは2回目、この感じは前にもあった。でも前と変わらない声で驚いてしまった。

「園田先輩…!」

さっきまでサークル棟の庭にいると思ってたのに急に後ろにいるんだもん、こんなの驚かないわけない。
ドキドキする胸を押さえながら振り返るとケラケラと笑ってて、その表情にさらに胸が騒ぎ出して。

「驚かさないでください!」
「名前呼んだだけじゃん」
「でもっ、声が!園田先輩は声が大きいので!」
「慣れてよ」
「…っ」

慣れないです、何度聞いたって慣れないです。
だからそんな顔で私を見て笑わないでください。
きゅっと上がったほっぺに手を伸ばしたくなるじゃないですか、触れたくなるじゃないですか…
でも触れたら、どうなるんだろう?もし私が手を伸ばしたら、何が変わるの?

園田先輩のこもった声を聞いていたくて、園田先輩の柔らかい表情を見ていたくて、園田先輩のそばにいたくて…ドキドキ鳴り続けるから。
どんどん大きくなって、いつしか抱えきれなくなるんじゃないかって不安になりながら毎日眠りにつくの。
抱えるばっかでどうしようも出来ない気持ちを、いつか伝えることが出来るのかな?
でも目を閉じたら怖くなって、また閉じ込めてしまって。

あの写真みたいにシャボン玉の中に閉じ込められたら。せめてあのシャボン玉の中に、想いを詰め込むことが出来たら。

何か変えられることが出来るのかな?
私にも変えられることが…なんて、思ってるだけだったから。
思うだけで何も出来なかったから、だからそれは今でも苦しくてあの時の痛みが何度でも押し寄せるの。

「ちょっと遅くなっちゃったかも!」

今日は木曜日、サークル活動の日。
前の授業が伸びて少し時間が遅れてしまった。って言っても、サークル活動にそんなに細かい制約はないしお気楽お遊びサークルだからこれぐらいどうってことないって私でも慣れ始めて来た夏休みが終わった頃のことだった。
サークル室の階段をタタタッと駆け上がって写真研究会の前までやって来た。中に入ろうとしてドアノブに手をかけた時、いつもより賑やかな声に少しだけ手を止める。

「……。」

なんか今日騒がしい?気がする。
ガヤガヤ言ってる声が聞こえるんだけど、何かあったのかな?
たまにUNOしてて盛り上がってるなんてことはあるけど、それとはまた違う騒めきみたいなものを感じて…そんな空気を察して嫌に増した緊張感をなだめるように深呼吸をしてグッとドアを開けた。重たいドアをゆっくり押して、部屋の中を確認するみたいに。

「お疲れ様です…」

誰も私のことなんか気にしないし、他のことで盛り上がってるなら尚更静かに入って行けばいいかなって思ってたのに私の声を聞いた瞬間みんなが一斉に振り返ったから。また何か間違えちゃったのかと思った、例えばここへ来るタイミングとか。

「木下さん!」

いつもより声の高い三波部長が目を輝かせて私を見る。だけど三波部長だけじゃない、私を見る目はどこか薄ら笑ってるように見えて。

「すごいじゃん、特別賞だよ!」

三波部長の前にはパソコンがあった。その周りをみんなが囲んでのぞき込んでいた、私がここへ来るまでは。

「え、特別賞…?」

そう言われてピンと来るものなんて1つしかない。だけどこんなことになるなんて思ってなかった、私には無理だって思ってたから。賞を取るつもりなんかなくて端から取れないって諦めてた、だからこんなこと思ってもみなくて。
だって、まさか…っ

「…っ」

みんなを押しのけるようにパソコンの前に立った。嘘であってほしいって思った、私の撮った写真が特別賞なんて。

「すごいね、木下さんだけだよ入賞したの!」

間違えてしまった。

「構図がいいよね、色合いもいいし」

取り返しのつかないことをしてしまった。

「シャボン玉の揺れてる感じもわかるし」

こんなに三波部長に褒めてもらえたのに、もう聞きたくなくてやめてほしくて。

「何よりすごく気持ちがこもってる」

いっそのこと全部なかったことにしてほしかった、誰にも知られないまま見付けられないまま…

「園田のことよく撮れてるね」

体の奥からぶわっと溢れ出した熱にかぁーっと顔が赤くなる、思いっきり押し込まれたような胸の痛みに声が出なくなって。
まさかこんなことになるなんて思わなかった。何気なく撮った写真がこんな風になるなんて想像してなかった。
どうしよう、みんなの顔が見られない。どんな顔して振り返ればいいのかわからない。
恥ずかしい、今ものすごく恥ずかしい…!

「お疲れさまでーす」

ドアの方から聞こえてきたこもった声にハッとする、息が止まったみたいに胸がキュッとして。

「え、何かありました?すみません、遅れて…」

あ、どうしよう。どうしたらいいんだろう。
手が震える、ふるふる振るえて…怖い。

「園田!木下さんすごいんだよ、特別しょっ」
「すみませんっ!!!」

サークル室中に、廊下に、サークル棟にまでも響く声だった。
めいっぱい声を出そうとか思ったわけじゃないけど、震える体を押し殺すにはそうするしかなくて。そうじゃないと園田先輩のことが見られない気がして。
…見ないでほしかったから写真を、園田先輩に見てほしくなかった。

「すみません、あの…っ」

ざわざわしてたサークル室は一気に静まり返る。大きい声を出したからみんなが私に注目して、園田先輩も困惑した表情で私を見てた。

「あ、あの…っ!賞取ったらサイトに掲載されるとは思ってなくてっ」

何か言われる前に言わなきゃって、見られる前に言わなきゃって。

「それにまさか賞を取るなんて思ってなかったんです!」

必死に口を動かした、園田先輩の前に立って視界を遮るようにして。
そんなつもりなかった。こんなことになるなんて思ってなかった。
ただ愛おしかったの、だから大切にみたいに思って写真をコンテストに応募してしまった。

「すみませんっ」

あまりにキレイに撮れた写真だったから。

「勝手に写真撮ってすみませんでした…っ!」

頭を下げる、思いっきり下を向いて。
だから見えてしまったと思う、私が隠してたパソコンの画面に映ったあの写真が。

“そうやって写真の中に気持ちを込める!”

きっと伝わってしまった。
私の気持ち、園田先輩に…伝わっちゃった、こんな形で。

「いつかちゃん…!」

込み上げてくる涙を無理やり押し込んでサークル室から飛び出した。だけど滲んだ瞳ではよく見えていなくて、それでも走るしかなかったから。
とにかくここから離れたくて真っ直ぐ廊下を駆け抜けた。
間違えちゃった、今度こそ本当に間違えちゃった。いくら後悔しても遅くて、浅はかだった自分に憤りを感じて、堪え切れない涙が溢れてくるのを鬱陶しく思いながら走ることしかできなくて。
言うつもりなんかないのに、言うつもりなんかなかったのに。私の気持ちなんか…っ

「いつかちゃんっ」

奥まで走ってきたせいでもう行き場がなかった、だから階段を駆け下りようと一歩踏み出した時だった。追いかけて来た手に腕を掴まれグイッと引っ張られた。
でも振り返れなくて、こんな顔見せたくなくて。

「いつかちゃっ」
「すみませんっ!」

俯いたまま声を荒げた、顔なんか見なくてもわかってたから誰が追いかけて来たことくらい。

「すみません、私…っ」
「いつかちゃん、俺っ」
「隠し撮りみたいなことして!」
「あのっ」
「勝手に応募までして…っ」
「聞いていつかちゃんっ」
「本当にすみません…っ!」
「いいからっ!!」

私より大きな声が響いて廊下がざわつき出した。掴んだ手はぎゅっと強くなって、痛いほどに腕を握られている。

「全然いいから、聞いてよいつかちゃん」

こもった声は変わらず優しいのに、声を聞くたび胸が痛くて叫びたくなるの。涙が止まらなくなるの。
握られた腕が熱くて胸が苦しくなる、全然離してくれそうになくて。

「俺はっ」
「あの写真は!」

恥ずかしさでいっぱいだった。
もうずっと、惨めで情けなくてみっともなくて、必死だった。
だからこうするしかなくて、平気な顔なんか出来なかったけど嘘でもこう言うしかなかったの。

「本当何にもないんです…っ!」

悟られたくなくて、知られたくなかった園田先輩に。

「特別意味なんかなくて、ちょうどよくシャボン玉の中に園田先輩が入ってキレイだなってそれで…っ」

私の気持ちなんか知られたくなかった。

「本当にそれだけなんです!」

声を張り上げて突き放す、自分の気持ちを。
だからこのままで、ずっとこのままでいたかった。
それでよかったの、私は。
少しでも長く、園田先輩の隣にいられたらって。

「そっか…」

それだけだったの。

「俺は…、気にしてないからいいよ」

するっと園田先輩の手が離れていく、離してほしいって思ってたのにいざ離れていくと寂しかった。行き場の失った手がぶらんと下に落ちた。

「いつかちゃんすごいね、特別賞だなんて」

笑ってたけど、笑ってなかった。大きな口を開けて笑うのが園田先輩だったのに、そんな園田先輩を見て私も一緒に笑ってたのに。

「もう俺のアドバイスいらないじゃん」

頭の中が真っ白になっていくみたいに何も感じられなくなった。
園田先輩が手を離した瞬間、全部が消えてなくなっていっちゃった。私の中から、すべてが。

「1人で大丈夫だね」

これが園田先輩と話した最後だった。