今日はとっても天気が良い、うららかな春の日。
そんな日は学内の芝生でランチなんてことも出来るんだと知った大学生活も2ヶ月目に入った5月、サークルのみんなとご飯を食べるのは初めてだった。
「木下さんってお弁当なんだ」
「あ、はいっ!」
隣に座った3年の柏木先輩が話しかけてくれた。
黒縁メガネに真っ黒なストレートロングな髪が印象的な柏木先輩は物静かなイメージだったけど話しかけてくれるとは思わなくて嬉しかった。
ちゃんと名前覚えられてたことも嬉しかった、嬉しかったんだけど…
「自分で作ってるの?」
「あ、いえっ」
「お母さん?」
「いや、半分くらい冷凍食品なんで…っ」
こんなに大勢で、しかも外でランチとか慣れてなさ過ぎて緊張しちゃって。必死に応えたつもりだったけど、何かが違ったみたい。
「それはどっち?結局自分で作ってるの?作ってないの?」
柏木先輩が眉間にしわを寄せたから。
「あ、えっと…自分で作ってます」
「ふーん」
「…。」
…絶対今のは間違えた、失敗しちゃった。もう柏木先輩は反対に座る三波部長の方を見ながらサンドイッチ頬張ってるし。
ずーんと私の周りだけ空気が重くなる、キャッキャと楽しそうにみんなが食べる中なんだかすごく惨めな気持ちになった。せっかく話しかけてくれたのに、私が上手く返せなかったから気まずい空気になっちゃった。
園田先輩に誘われてついてきちゃったけど、そもそも私って来てよかったのかな?呼んでないのにとかって思われてないかな!?
「……。」
1人で食べるお弁当より、みんなで食べてるのに1人を感じる方が寂しいかもしれない。なんて思いながら卵焼きをかじった。
これは手作りだもんね、自分で作ったって最初から言えばよかったよね…園田先輩にも申し訳ないことしちゃったかも、きっと来ない方がよかった。
****
「カメラの基本…から読むべきかな、初心者だし」
うーんと悩みながらズラーっと並べられた棚から本を取った。
“写真の撮り方”で探しに来たら思いの他たくさんの本があってそれはそれで迷ってしまった。
大学の図書館って近所の本屋より断然品揃えがいいみたい。できたらわかりやすくて簡単なのがいいんだけどなぁ、難しい用語はわからないから。
「あ、デジカメ編もある!」
学内写真展が終わったら次はコンテスト本番、光の入りがおもしろいって思っただけで撮ったガラスのオブジェじゃなくてもっと気持ちのこもった写真を撮りたい。そう思って図書館に本を探しに来た、まずは勉強して知識を入れておこうかなって。
せめてね、ちゃんとした写真が撮りたいって思ったの。
ちゃんとした、ってどんな写真なのかまだわからないけど品評会で褒められるような写真が撮りたくて。
上手く喋れないから、せめていい写真撮ってサークルにいてよかったって思われるように。
だからまずは、写真がどんなものか知ることかなって…
「……。」
思ったけど、どの本を見てもやっぱり技術的なことが多いよね。
フィルターのかけ方とエモい影の使い方とか、それも知りたいことではあるんだけど私が1番知りたいことはこれじゃないの。
気持ちのこもった写真はどうやったら撮れるんだろう?
園田先輩が言うには写真で発散させるらしいけど、その発散の仕方が理解するのが難しいっていうか。言ってることはわからなくもないけど、その方法がわからないからこうして図書館に来てるわけだし…
「もう一度聞いてみようかな」
聞いてみても、いいかなぁ…?
「……。」
ううん、また同じこと聞くんだって思われるかもしれないし図書館に来たんだから本借りてまずは読んでみよう。読んだらわかるかもしれないし、とりあえず何冊か借りて読んでから考えよう。
そう思って、どれにしようか選ぶために数冊持って読書エリアの方へ移動した。持って来た本を机の上に置いたら、静かな図書館だったのにあまりの重さにドサドサッと音が響いて斜め前に座ってた人が顔を上げた。
あ、音大きかったかも!勉強の邪魔だったよね、すぐに席の移動を…っ
「いつかちゃんどんだけ読む気?」
もう一度本を持ち上げようとしたら、くるんっとシャーペンを回した園田先輩がこっちを見て笑ってた。
パチッと目が合って、思わずドキンッと胸が脈を打つ。
「すみません…っ!」
「え、なんで謝った?」
「うるさかったですよね!?」
「全然だけど何が?」
迷って何冊も持ってきちゃったせいでまた持ち上げるのにちょっと苦戦しちゃって、早くしなきゃって思えば思うほど焦っちゃって、ひたすらにオロオロする私を見て園田先輩がイスを引いた。
「座りなよ」
しかも、隣のイスを。
それは隣に座っていいってことですか…?そ、それはそれで緊張してしまうんだけど。
はいっと、小さな声で返事をして静かに引いてくれたイスに座った。
ドキドキしてきちゃった、なんか無性にドキドキして…
「……。」
「…。」
でも園田先輩は勉強中じゃなかったのかな?私がここにいたら集中できないんじゃ…?
やっぱり、ここは別のところにっ
「こないだはごめんね」
口を開きかけた、だけど声が出る前に消えていった。隣を見れば園田先輩が少し目を伏せていたから。
「…え?」
さっきまでの表情とは変わって、じっと開いたノートを見るようにして。
「こないだ…いつかちゃん別に来たくなかったよね?」
こないだ…?
申し訳なさそうにゆっくり顔を上げて私と目を合わせた。
「サークルのみんなでご飯食べるからいつかちゃんもどうかなって誘ったけど、あれ嫌だったよねー…」
ハッと思い出す、そんな風に思われたなんて知らなくて。眉をハの字にした園田先輩が困った顔で笑うからきゅぅっと胸が騒ぎ出した。
「俺が言ったから断れなかった感じだよね?」
「違います!」
また図書館なのに静かにいられなかった。体を園田先輩の方へ向けて、つい力が入っちゃって。
「あ、すみません急に…っ」
「いや、いいけど」
「でも違うんです、嫌とかそんなことは思ってなくて…」
私が何も喋ってなかったからだ。ただもくもくとお弁当を食べて、聞こえる会話に参加してるフリをして愛想笑いをしてたのに気付かれてた。
「すみません…」
それしか出来なかったから。
「なんで謝った!?」
俯いちゃった、園田先輩の顔が見ていられなくて。
やっぱりどう話せばいいのかわからなくて、膝の上に置いた手をぎゅっと握りしめた。
「私…、あの場にいていいのかなって思いまして」
「なんで?いいでしょ、同じサークルなんだし」
「まだほとんど話したことないのにお昼一緒にしてもいいのかなとか…」
「話したことないから一緒に食べるんじゃないの?」
「でも…」
「やっぱ嫌だった?」
「嫌じゃないです!」
その問いかけには顔を上げた。
そしたらまた園田先輩と目が合って、逸らしたくなる視線をグッと堪えた。
「…本当は嬉しかったです、誘ってくれたこと」
瞳に力が入り過ぎちゃって、泣きそうになってしまった。大学の図書館なのに。
「でも私、自分に…自信がなくて、みんなに疎まれてたらどうしようとか空気読めてるかなとかすごい考えちゃって…」
考えれば考えるほど喋れなくなるの、喋っても上手く返せないし。そんなのみんなを困らせるだけかなって、だから柏木先輩を困らせちゃったし園田先輩のことも困らせちゃった。
「すみません、園田先輩にも気を遣わせてしまって」
笑って見せることしか出来なかった、あれは園田先輩のせいではなくて私のせいだから。
こんな私だから友達の出来なかった高校時代を変えるためにサークルに入ろうって決めたんだけどね、やっぱりすぐには出来ないらしい。
「あ、あのだから!写真の勉強をしようと思いまして!」
「え、どうゆう流れ?」
じゃんっと持って来た本を見せた、この暗くなった空気を変えるためにワンオクターブ高い声で話し始める。
「喋るのは得意じゃないので、写真を得意にしたら写真研究会に馴染めるんじゃないかなぁと思いまして…そしたら少しでもメンバーとして認めてもらえる、かなっと」
「……。」
「すみません、おこがましくて!」
「いや…」
あ、また変なこと言っちゃったかも!
明らかに園田先輩が困惑した顔してる。
たぶん違った、これは間違えた。
思えば胸を張って言うことじゃないか、写真研究会なんだから写真が得意であたりまえなのに何を今からしようとしてるんだって話で…っ
「すごい勉強家じゃん」
ふふっと声を出して園田先輩が笑ってた。
「そんな必死になってやるサークルじゃないよ?お気楽お遊びサークルなのに」
…これも違ったかな?今、笑われたのかな?
何を必死になってるんだって…思われた?
こうゆうのを空気読めないって言うんだ、空気を変えるどころかさらにおかしな空気にさせてしまってる?
昔から苦手なんだ、空気を読むとか周りの空気に馴染むとかだから必死についていこうと追いかけてるのに…それも上手くいかないことばかりで。
恥ずかしい、いつだって上手く出来ない自分が恥ずかしくて嫌になるー…
「いつかちゃんはそのままがいいんだよ」
ふわっと包み込むような園田先輩の声は柔らかい。
机の上に肘をついて、首を傾けながら私を見てる。だから自然と園田先輩の方を見てしまって。
「周りのことなんか気にしなくていいよ、いつかちゃんはいつかちゃんなんだから」
ポンッと胸が熱くなる、ずっとずっと体の奥から溢れ出す。園田先輩のにこやかに笑う顔を見たら、ドキドキが止まらなくなって胸が苦しくなる。
「いつかちゃんがやりたいって思ったことをすればいいし、言いたいって思ったことを喋ればいいし、嫌なことは嫌でいいし」
初めてだったから、そんな風に言ってくれる人は。
初めてだったの、園田先輩だけだったの。
そのままでいいよ、じゃなくてそのままがいいよ、なんて言ってくれる人は。
私を初めて認めてくれた人だった。
「ね?」
上がった頬がぷくっと膨らんで、つい突きたくなるような柔らかそうなほっぺたに手を伸ばしたくなって。私もこんな風に笑えたらなって、園田先輩みたいになれたら。
「で、いつかちゃんのしたいことって何?」
私にも出来るかな、それは誰かに認めてもらうんじゃなくて自分を認めるために出来ること。自分だから、出来ること。
「…私、写真上手くなりたいです」
本を持つ手にきゅっと力をこめて。
写真研究会なんだからじゃなくて、写真研究会に入ったんだから、自分を変えたくて入ったんだから。
これは自分を変えるための、したいことで。
「私も撮ってみたいんです、園田先輩みたいな写真…!」
どうしたらあんな見入ってしまうような心が動かされる写真が撮れるんだろうって、きっと何冊本を読んでもたどり着く答えなんかない。
だから撮ってみたくて、そしたら何かが変わる気がするの。私の中の、何かが。
「いつかちゃん、LINE教えて」
「え、LINE…っ」
「写真送ってあげる」
「…え?」
言われるがままスマホを取り出して園田先輩と連絡先の交換をした。追加された園田先輩の名前に胸が勝手に高鳴ってスマホを持つのもドキドキしちゃった。
「いつかちゃんがいい写真が撮れるように」
ポンッと写真が送られてきた、食堂に飾ってあった桜と海の写真が。
「待ち受けにしたらご利益あるかもね!」
スマホで見ても色鮮やかで、キラキラ揺れる水面が眩しい。眩しくて、さらにドキドキして吸い込まれていくみたいだった。
右手で胸を押さえて、悟られないように静かに息をする。
「待ち受けにします!」
スマホから視線を変えて園田先輩の顔を見た、まっすぐ前を向くように。
「きっとご利益ありますよね、景色のいい写真を待ち受けにすると運気上がるって言いますし」
きっと今そんな気がした、スマホを持つ手が熱かったから。
「あっ、園田先輩の写真は景色がいいからいわけじゃないですよ!写真を撮るのがすごくお上手なので、それで…っ」
だから嬉しくて頬が熱くなったの、園田先輩の笑った顔を見たら。
「やっぱそのままがいいよ、いつかちゃんは」
胸がいっぱいになる。キラキラ眩しいのは、水面だけじゃなくて。
「だって俺とは喋ってくれるもん」
園田先輩がキラキラして、瞳の中いっぱいきらめいてる。
もう気付かないわけない、ドキドキする胸の音が何を表してるかなんて確かめなくてもわかる。
瞬きをするたび膨らんでいくの、園田先輩への想いが膨らんでたぶんもう戻れない。
****
今日は木曜日、週1回のサークル活動の日。
もちろんコンテストに向けての写真を撮る、わけなんだけども…
「…?」
サークル室のテーブルには水風船や水鉄砲、シャボン玉やビー玉にビーズ、折り紙もあればカラーセロハンなんてものもあった。
ちょっと見慣れないものもあるけど、これはなんだろう?
「写真に映えそうな物持って来たから、好きに使っていいから!」
三波部長が用意してくれた映えそうな写真が撮れるアイテムだった。確かにおもしろそうな写真が撮れそう、カラーセロハンなんて使ったことないし。
でも1番気になるのは、しれっとそこに置かれたUNOで。
これはちょっと思っちゃった、園田先輩がよく言うお気楽お遊びサークルってやつを…カメラより先にUNOに手を伸ばした先輩たちが輪になってカードを配り出せば次々とその中へ入っていく後輩たちがいて。
三波部長はというと何も言わなずにカメラとビー玉を持って出て行った。
今日は最後に品評会するとは言ってなかったし、いいのかな?コンテストまでまだもう少しあるからちょっとくらい遊んでてもってことかな?
よく見れば水風船だって水鉄砲だって遊び道具だし、これがお気楽お遊びサークルなのかなって思ったりして。
じゃあ私はどうしよう、UNOに入っていく自信はないしせっかくだから何か使って写真撮りたいなぁーって…
「やっぱこれかな」
シャボン玉なんて子供の頃ぶりだし、そう思ってデジカメを持って外に出た。
どこで撮ろうかな、できたらあんまり目立たないところがいいんだけど木曜日はどこも部活してたりサークル活動してたりするからいつもより人が多いんだよね。
なるべく人の少ないところを狙って…と思ったけど、サークル棟の前の広場に出たら同じ写真研の人たちがあちらこちらで撮影してた。三波部長が持って来たアイテムを使ってる人もいれば自由にカメラ向けてる人もいて各々自由に写真を撮って、別に周りのことなんか気にしてなさそうだった。
そっか、そうだよね写真を撮るってこうゆうことだよね。シャボン玉持ってきちゃったから1人でシャボン玉吹いてるのってどうなんだろうって不安に思ってたけど、そこにカメラがあれば関係ないか。
でもやっぱりちょっとだけ気になっちゃって、前の広場じゃなくて後ろの木陰にやって来た。少しでも人通りの少ない場所がよくて。
「シャボン玉って吹くだけでいいんだよね…?」
たぶん最後にやったのは保育園の頃、家の前でやってた気がするけど大学生になってシャボン玉を吹くとは思ってなかった。傍から見たらこの姿はちょっと恥ずかしい、かも。
とりあえず吹いてみようとシャボン液にちょんちょんっと吹き棒をつけて、ゆっくり静かにふぅーっと息を送り込んだ。
写真を撮るんだから大きめがいいよね、ふわーっと空に飛んでいくシャボン玉を撮れたらいいなぁって。
「でき…っ」
すぐにカメラを向けてみたけど、ぷっくり出来上がったシャボン玉は浮かぶことなく地面に落ちた。
ん?シャボン玉ってこんなんだったかな?
もっとぷかぷか浮くもんじゃないのかな、別に風も吹いてないのに全然…もう一度やってみる、今度はさっきより小さくちょっと大き過ぎたのかもしれないし。
「…?」
だけど何度吹いてみてもすぐに落ちて、空には飛んで行ってくれない。
液が薄いとか?でもこれってシャボン玉専用液じゃないのかな?
スマホを取り出して検索してみた、上手にシャボン玉を吹く方法ってないのかなって。
「いつかちゃん、何してんの?」
「わぁっ!!」
「ごめん、そんな驚くとは思わなくて」
真剣にシャボン玉と向き合ってて気付かなかった。というか真剣にシャボン玉に向き合ってる場合じゃない、私が向き合わなきゃいけないのかカメラだったのに。
「園田先輩…!」
「大丈夫だった?こぼさなかった?」
「だ、大丈夫です…!」
しかも変な顔してた、びっくりして振り返った時絶対変な顔してた…園田先輩に見られたの恥ずかしいしっ。
「シャボン玉してんの?」
「あ、これは…っ!三波部長が持ってきてくださったシャボン玉の写真を撮ろうと試行錯誤してまして、決して遊んでたわけじゃないです!どうしたら上手にシャボン玉が作れるのか考えたんです!!」
「いつかちゃん相変わらず努力の方向性すごいね」
「え!?すみません!」
「いや、いいことだけど」
スッと私の手からシャボン液を園田先輩が持っていった、少しだけ手が触れてドキッとしてしまった。たったそれだけなのに、触れた指先が熱くて。
「市販のやつって当たり外れあるんだよね」
片目を閉じてシャボン玉液をのぞき込む、見て何がわかるのかなって思ったけど。
「食堂で砂糖借りて来るか!」
え、砂糖?なんで砂糖…??
園田先輩に言われて食堂で少しだけ砂糖を分けてもらった。
ぐるぐると園田先輩がシャボン液をかき混ぜてる、それを隣でのぞき込むように見てた。
シャボン玉に砂糖って入れたことないんだけど、これで上手なシャボン玉が作れるようになるってことなのかな?全く想像がつかないんだけど…
「砂糖を入れるとシャボン液がとろってなるんだ、それで割れにくい膜の強いシャボン玉が出来るんだよ」
「そうなんですか!?」
「そう、さっきよりとろってしたことない?」
ほらっと見せてくれた、シャバシャバだった液が少し粘り気を増してとろみが出ていた。見るからに重みの出たシャボン液は大きなシャボン玉が作れそうだった。
「砂糖にそんな効果があるんですね」
「ガムシロでもいいんだよ」
「園田先輩シャボン玉に詳しいんですね」
「子供の頃バカみたいにやったからさ~」
シャボン玉好きだったんだ、特に意味なんかないデータは私の中に入ってきて絶対使うことなんかないのに頭の中に残しておきたくなった。
園田先輩のことならなんでも知りたくて、知っておきたくて。想いが溢れそうになる。
「出来た!いつかちゃん、やってみて!」
どうぞと渡されたシャボン液に吹き棒をくぐらせ吹いてみる。園田先輩が見てると思ったら緊張しちゃって、失敗しないように丁寧に丁寧に息を吹いた。
だけど一息吹いただけでもわかった、さっきとは違うぷくーっと大きなシャボン玉が出来ていく感覚が。静かに吹き棒から離せば、ふわっとシャボン玉飛んだ。
あ、すごい。キレイなシャボン玉だ。さっきよりもぷくっとしたキレイなシャボン玉が出来た。
「あ、カメラ…!」
やっとここからが本番、思い出したようにデジカメを構えた。シャボン玉を捕らえるようにファインダーをのぞく、だいぶしゃがみ込んで。
「これが限界ね」
園田先輩が目を細めて見てた、地面に着きそうなシャボン玉を追いかけるように見ていた私を。
すぐにカメラを構えたけど、シャボン玉は這いつくばらないと見えないんじゃないかぐらい下の方をぷかぷかしてた。
「砂糖入れると重くなるんだよね、だから飛びにくくなっちゃって」
園田先輩がうーんっと、腕を組んで眉を寄せる。
それは単純に質量が増えるから、かな?でもさっき飛んでる時間は長くなったと思う、砂糖を入れた分丈夫なシャボン玉にはなってるかなって。
「シャボン玉って案外奥が深いんだよねー」
「……。」
なんだかすごい重みがあった、シャボン玉は奥が深いって。しみじみ嘆くように園田先輩が言うから、シャボン玉も楽な遊びじゃないんだなぁって思ったら笑えてきちゃって。
「え、いつかちゃん?」
ただのシャボン玉なのに。
「笑ってる!?」
こんなにおかしいなんて。
「下向いて笑ってるよね!?」
笑いをこらえるのに必死だった。
やっぱりサークルに、写真研究会に入ってよかったって思ったの。こんなに笑ったことはなかったから、高校時代出来なかったことがまた1つ叶ったみたいで。
「よし、わかった!じゃあ俺があの丘の上からシャボン玉吹くよ!」
校内にある芝生の真ん中、少しだけ小高い丘がある。シャボン液を持った園田先輩がとんっと駆け上がって、私に合図した。
「いつかちゃんは下から写真撮ってよ、そこからなら落ちて来るシャボン玉が撮れると思うから!」
すぅっと息を吸った園田先輩がシャボン玉を吹く、サークル棟の裏と違って太陽の光が当たる芝生の上は眩しい。だけど上を見上げれば空が青くて、グッと気持ちが上がる気がした。
やっぱり場所も大事なのかな?撮りたいって気分になる。
「どう!?そこならイケそうじゃない?」
「はい!いいと思います!」
ちょこんっとしゃがんでみた、そしたらシャボン玉が落ちる距離も長くなるし空を飛んでるようなシャボン玉も撮れそうだし。だから見上げるようにファインダーをのぞき込んだ、ふわふわと浮かぶシャボン玉と追いかけてシャッターを押して。
水色のシャボン玉だ。大きくて丸いシャボン玉が空に描かれてるみたい。
今になって被写体の大切さを知ったかも、ただ撮るだけじゃないってこうゆうことなのかも。
被写体への追及?どうしたらいいものになるか、考えるだけじゃない試すことも必要で…
「いつかちゃん!」
名前を呼ばれたからファインダー越しに園田先輩の方を見てしまった。園田先輩の周りをシャボン玉がふわふわ浮かんで、まるで包み込んでるみたいだった。
「すごくない!?全然割れないから消えないの!」
シャボン玉に触れないように体を逸らしたり、息を吹いたり、その真ん中で園田先輩が笑ってて。たまに私の方を見るから、つられて私も笑ってた。
楽しそうだなぁ、園田先輩。シャボン玉を吹く姿も、園田先輩らしくって。
ふぅーっとゆっくり息を吹き込むシャボン玉はぷっくりと膨らんで、重くて空には上がらないけど光の加減で何色にも見える。
「!」
ふと、シャボン玉と園田先輩が重なった。丸くて大きなシャボン玉の中に園田先輩が入ったみたいに。
それがすごくキレイで、ごくんと息をのむほどに。このまま閉じ込められないかなって、思ったりして。
砂糖のせいで少し甘くなったシャボン液の中、私の気持ちと一緒に。
触れたら弾けそうなこのシャボン玉の中に園田先輩を閉じ込めたい、なんて。
思わずシャッターを押したの。
きっとこの瞬間しかないって、溢れるような気持ちで押したの。
「いつかちゃんいいの撮れたー?」
「あ、はいっ」
丘の上からタタッと園田先輩が下りて来た。あわててさっきの写真を見られないようにデジカメの画面を1枚前の写真に切り替えた。
「おっ、いいじゃん!シャボン玉いい感じに撮れてるじゃん!」
隣でのぞき込んだ距離が近くて、少しだけ肩が触れた。ドキッと心臓が揺れて身動きが取れなくなる。ドキドキしてたまらなくて、どうしたらいいかわからなくなる。
ゆっくり隣を見上げれば園田先輩と目が合って、息が止まりそうになって…何も言えないのに。
何も言えなくて、また下を向くことしかできなくて。
言えない、言えるわけない。
何も言えなかった。
そんな日は学内の芝生でランチなんてことも出来るんだと知った大学生活も2ヶ月目に入った5月、サークルのみんなとご飯を食べるのは初めてだった。
「木下さんってお弁当なんだ」
「あ、はいっ!」
隣に座った3年の柏木先輩が話しかけてくれた。
黒縁メガネに真っ黒なストレートロングな髪が印象的な柏木先輩は物静かなイメージだったけど話しかけてくれるとは思わなくて嬉しかった。
ちゃんと名前覚えられてたことも嬉しかった、嬉しかったんだけど…
「自分で作ってるの?」
「あ、いえっ」
「お母さん?」
「いや、半分くらい冷凍食品なんで…っ」
こんなに大勢で、しかも外でランチとか慣れてなさ過ぎて緊張しちゃって。必死に応えたつもりだったけど、何かが違ったみたい。
「それはどっち?結局自分で作ってるの?作ってないの?」
柏木先輩が眉間にしわを寄せたから。
「あ、えっと…自分で作ってます」
「ふーん」
「…。」
…絶対今のは間違えた、失敗しちゃった。もう柏木先輩は反対に座る三波部長の方を見ながらサンドイッチ頬張ってるし。
ずーんと私の周りだけ空気が重くなる、キャッキャと楽しそうにみんなが食べる中なんだかすごく惨めな気持ちになった。せっかく話しかけてくれたのに、私が上手く返せなかったから気まずい空気になっちゃった。
園田先輩に誘われてついてきちゃったけど、そもそも私って来てよかったのかな?呼んでないのにとかって思われてないかな!?
「……。」
1人で食べるお弁当より、みんなで食べてるのに1人を感じる方が寂しいかもしれない。なんて思いながら卵焼きをかじった。
これは手作りだもんね、自分で作ったって最初から言えばよかったよね…園田先輩にも申し訳ないことしちゃったかも、きっと来ない方がよかった。
****
「カメラの基本…から読むべきかな、初心者だし」
うーんと悩みながらズラーっと並べられた棚から本を取った。
“写真の撮り方”で探しに来たら思いの他たくさんの本があってそれはそれで迷ってしまった。
大学の図書館って近所の本屋より断然品揃えがいいみたい。できたらわかりやすくて簡単なのがいいんだけどなぁ、難しい用語はわからないから。
「あ、デジカメ編もある!」
学内写真展が終わったら次はコンテスト本番、光の入りがおもしろいって思っただけで撮ったガラスのオブジェじゃなくてもっと気持ちのこもった写真を撮りたい。そう思って図書館に本を探しに来た、まずは勉強して知識を入れておこうかなって。
せめてね、ちゃんとした写真が撮りたいって思ったの。
ちゃんとした、ってどんな写真なのかまだわからないけど品評会で褒められるような写真が撮りたくて。
上手く喋れないから、せめていい写真撮ってサークルにいてよかったって思われるように。
だからまずは、写真がどんなものか知ることかなって…
「……。」
思ったけど、どの本を見てもやっぱり技術的なことが多いよね。
フィルターのかけ方とエモい影の使い方とか、それも知りたいことではあるんだけど私が1番知りたいことはこれじゃないの。
気持ちのこもった写真はどうやったら撮れるんだろう?
園田先輩が言うには写真で発散させるらしいけど、その発散の仕方が理解するのが難しいっていうか。言ってることはわからなくもないけど、その方法がわからないからこうして図書館に来てるわけだし…
「もう一度聞いてみようかな」
聞いてみても、いいかなぁ…?
「……。」
ううん、また同じこと聞くんだって思われるかもしれないし図書館に来たんだから本借りてまずは読んでみよう。読んだらわかるかもしれないし、とりあえず何冊か借りて読んでから考えよう。
そう思って、どれにしようか選ぶために数冊持って読書エリアの方へ移動した。持って来た本を机の上に置いたら、静かな図書館だったのにあまりの重さにドサドサッと音が響いて斜め前に座ってた人が顔を上げた。
あ、音大きかったかも!勉強の邪魔だったよね、すぐに席の移動を…っ
「いつかちゃんどんだけ読む気?」
もう一度本を持ち上げようとしたら、くるんっとシャーペンを回した園田先輩がこっちを見て笑ってた。
パチッと目が合って、思わずドキンッと胸が脈を打つ。
「すみません…っ!」
「え、なんで謝った?」
「うるさかったですよね!?」
「全然だけど何が?」
迷って何冊も持ってきちゃったせいでまた持ち上げるのにちょっと苦戦しちゃって、早くしなきゃって思えば思うほど焦っちゃって、ひたすらにオロオロする私を見て園田先輩がイスを引いた。
「座りなよ」
しかも、隣のイスを。
それは隣に座っていいってことですか…?そ、それはそれで緊張してしまうんだけど。
はいっと、小さな声で返事をして静かに引いてくれたイスに座った。
ドキドキしてきちゃった、なんか無性にドキドキして…
「……。」
「…。」
でも園田先輩は勉強中じゃなかったのかな?私がここにいたら集中できないんじゃ…?
やっぱり、ここは別のところにっ
「こないだはごめんね」
口を開きかけた、だけど声が出る前に消えていった。隣を見れば園田先輩が少し目を伏せていたから。
「…え?」
さっきまでの表情とは変わって、じっと開いたノートを見るようにして。
「こないだ…いつかちゃん別に来たくなかったよね?」
こないだ…?
申し訳なさそうにゆっくり顔を上げて私と目を合わせた。
「サークルのみんなでご飯食べるからいつかちゃんもどうかなって誘ったけど、あれ嫌だったよねー…」
ハッと思い出す、そんな風に思われたなんて知らなくて。眉をハの字にした園田先輩が困った顔で笑うからきゅぅっと胸が騒ぎ出した。
「俺が言ったから断れなかった感じだよね?」
「違います!」
また図書館なのに静かにいられなかった。体を園田先輩の方へ向けて、つい力が入っちゃって。
「あ、すみません急に…っ」
「いや、いいけど」
「でも違うんです、嫌とかそんなことは思ってなくて…」
私が何も喋ってなかったからだ。ただもくもくとお弁当を食べて、聞こえる会話に参加してるフリをして愛想笑いをしてたのに気付かれてた。
「すみません…」
それしか出来なかったから。
「なんで謝った!?」
俯いちゃった、園田先輩の顔が見ていられなくて。
やっぱりどう話せばいいのかわからなくて、膝の上に置いた手をぎゅっと握りしめた。
「私…、あの場にいていいのかなって思いまして」
「なんで?いいでしょ、同じサークルなんだし」
「まだほとんど話したことないのにお昼一緒にしてもいいのかなとか…」
「話したことないから一緒に食べるんじゃないの?」
「でも…」
「やっぱ嫌だった?」
「嫌じゃないです!」
その問いかけには顔を上げた。
そしたらまた園田先輩と目が合って、逸らしたくなる視線をグッと堪えた。
「…本当は嬉しかったです、誘ってくれたこと」
瞳に力が入り過ぎちゃって、泣きそうになってしまった。大学の図書館なのに。
「でも私、自分に…自信がなくて、みんなに疎まれてたらどうしようとか空気読めてるかなとかすごい考えちゃって…」
考えれば考えるほど喋れなくなるの、喋っても上手く返せないし。そんなのみんなを困らせるだけかなって、だから柏木先輩を困らせちゃったし園田先輩のことも困らせちゃった。
「すみません、園田先輩にも気を遣わせてしまって」
笑って見せることしか出来なかった、あれは園田先輩のせいではなくて私のせいだから。
こんな私だから友達の出来なかった高校時代を変えるためにサークルに入ろうって決めたんだけどね、やっぱりすぐには出来ないらしい。
「あ、あのだから!写真の勉強をしようと思いまして!」
「え、どうゆう流れ?」
じゃんっと持って来た本を見せた、この暗くなった空気を変えるためにワンオクターブ高い声で話し始める。
「喋るのは得意じゃないので、写真を得意にしたら写真研究会に馴染めるんじゃないかなぁと思いまして…そしたら少しでもメンバーとして認めてもらえる、かなっと」
「……。」
「すみません、おこがましくて!」
「いや…」
あ、また変なこと言っちゃったかも!
明らかに園田先輩が困惑した顔してる。
たぶん違った、これは間違えた。
思えば胸を張って言うことじゃないか、写真研究会なんだから写真が得意であたりまえなのに何を今からしようとしてるんだって話で…っ
「すごい勉強家じゃん」
ふふっと声を出して園田先輩が笑ってた。
「そんな必死になってやるサークルじゃないよ?お気楽お遊びサークルなのに」
…これも違ったかな?今、笑われたのかな?
何を必死になってるんだって…思われた?
こうゆうのを空気読めないって言うんだ、空気を変えるどころかさらにおかしな空気にさせてしまってる?
昔から苦手なんだ、空気を読むとか周りの空気に馴染むとかだから必死についていこうと追いかけてるのに…それも上手くいかないことばかりで。
恥ずかしい、いつだって上手く出来ない自分が恥ずかしくて嫌になるー…
「いつかちゃんはそのままがいいんだよ」
ふわっと包み込むような園田先輩の声は柔らかい。
机の上に肘をついて、首を傾けながら私を見てる。だから自然と園田先輩の方を見てしまって。
「周りのことなんか気にしなくていいよ、いつかちゃんはいつかちゃんなんだから」
ポンッと胸が熱くなる、ずっとずっと体の奥から溢れ出す。園田先輩のにこやかに笑う顔を見たら、ドキドキが止まらなくなって胸が苦しくなる。
「いつかちゃんがやりたいって思ったことをすればいいし、言いたいって思ったことを喋ればいいし、嫌なことは嫌でいいし」
初めてだったから、そんな風に言ってくれる人は。
初めてだったの、園田先輩だけだったの。
そのままでいいよ、じゃなくてそのままがいいよ、なんて言ってくれる人は。
私を初めて認めてくれた人だった。
「ね?」
上がった頬がぷくっと膨らんで、つい突きたくなるような柔らかそうなほっぺたに手を伸ばしたくなって。私もこんな風に笑えたらなって、園田先輩みたいになれたら。
「で、いつかちゃんのしたいことって何?」
私にも出来るかな、それは誰かに認めてもらうんじゃなくて自分を認めるために出来ること。自分だから、出来ること。
「…私、写真上手くなりたいです」
本を持つ手にきゅっと力をこめて。
写真研究会なんだからじゃなくて、写真研究会に入ったんだから、自分を変えたくて入ったんだから。
これは自分を変えるための、したいことで。
「私も撮ってみたいんです、園田先輩みたいな写真…!」
どうしたらあんな見入ってしまうような心が動かされる写真が撮れるんだろうって、きっと何冊本を読んでもたどり着く答えなんかない。
だから撮ってみたくて、そしたら何かが変わる気がするの。私の中の、何かが。
「いつかちゃん、LINE教えて」
「え、LINE…っ」
「写真送ってあげる」
「…え?」
言われるがままスマホを取り出して園田先輩と連絡先の交換をした。追加された園田先輩の名前に胸が勝手に高鳴ってスマホを持つのもドキドキしちゃった。
「いつかちゃんがいい写真が撮れるように」
ポンッと写真が送られてきた、食堂に飾ってあった桜と海の写真が。
「待ち受けにしたらご利益あるかもね!」
スマホで見ても色鮮やかで、キラキラ揺れる水面が眩しい。眩しくて、さらにドキドキして吸い込まれていくみたいだった。
右手で胸を押さえて、悟られないように静かに息をする。
「待ち受けにします!」
スマホから視線を変えて園田先輩の顔を見た、まっすぐ前を向くように。
「きっとご利益ありますよね、景色のいい写真を待ち受けにすると運気上がるって言いますし」
きっと今そんな気がした、スマホを持つ手が熱かったから。
「あっ、園田先輩の写真は景色がいいからいわけじゃないですよ!写真を撮るのがすごくお上手なので、それで…っ」
だから嬉しくて頬が熱くなったの、園田先輩の笑った顔を見たら。
「やっぱそのままがいいよ、いつかちゃんは」
胸がいっぱいになる。キラキラ眩しいのは、水面だけじゃなくて。
「だって俺とは喋ってくれるもん」
園田先輩がキラキラして、瞳の中いっぱいきらめいてる。
もう気付かないわけない、ドキドキする胸の音が何を表してるかなんて確かめなくてもわかる。
瞬きをするたび膨らんでいくの、園田先輩への想いが膨らんでたぶんもう戻れない。
****
今日は木曜日、週1回のサークル活動の日。
もちろんコンテストに向けての写真を撮る、わけなんだけども…
「…?」
サークル室のテーブルには水風船や水鉄砲、シャボン玉やビー玉にビーズ、折り紙もあればカラーセロハンなんてものもあった。
ちょっと見慣れないものもあるけど、これはなんだろう?
「写真に映えそうな物持って来たから、好きに使っていいから!」
三波部長が用意してくれた映えそうな写真が撮れるアイテムだった。確かにおもしろそうな写真が撮れそう、カラーセロハンなんて使ったことないし。
でも1番気になるのは、しれっとそこに置かれたUNOで。
これはちょっと思っちゃった、園田先輩がよく言うお気楽お遊びサークルってやつを…カメラより先にUNOに手を伸ばした先輩たちが輪になってカードを配り出せば次々とその中へ入っていく後輩たちがいて。
三波部長はというと何も言わなずにカメラとビー玉を持って出て行った。
今日は最後に品評会するとは言ってなかったし、いいのかな?コンテストまでまだもう少しあるからちょっとくらい遊んでてもってことかな?
よく見れば水風船だって水鉄砲だって遊び道具だし、これがお気楽お遊びサークルなのかなって思ったりして。
じゃあ私はどうしよう、UNOに入っていく自信はないしせっかくだから何か使って写真撮りたいなぁーって…
「やっぱこれかな」
シャボン玉なんて子供の頃ぶりだし、そう思ってデジカメを持って外に出た。
どこで撮ろうかな、できたらあんまり目立たないところがいいんだけど木曜日はどこも部活してたりサークル活動してたりするからいつもより人が多いんだよね。
なるべく人の少ないところを狙って…と思ったけど、サークル棟の前の広場に出たら同じ写真研の人たちがあちらこちらで撮影してた。三波部長が持って来たアイテムを使ってる人もいれば自由にカメラ向けてる人もいて各々自由に写真を撮って、別に周りのことなんか気にしてなさそうだった。
そっか、そうだよね写真を撮るってこうゆうことだよね。シャボン玉持ってきちゃったから1人でシャボン玉吹いてるのってどうなんだろうって不安に思ってたけど、そこにカメラがあれば関係ないか。
でもやっぱりちょっとだけ気になっちゃって、前の広場じゃなくて後ろの木陰にやって来た。少しでも人通りの少ない場所がよくて。
「シャボン玉って吹くだけでいいんだよね…?」
たぶん最後にやったのは保育園の頃、家の前でやってた気がするけど大学生になってシャボン玉を吹くとは思ってなかった。傍から見たらこの姿はちょっと恥ずかしい、かも。
とりあえず吹いてみようとシャボン液にちょんちょんっと吹き棒をつけて、ゆっくり静かにふぅーっと息を送り込んだ。
写真を撮るんだから大きめがいいよね、ふわーっと空に飛んでいくシャボン玉を撮れたらいいなぁって。
「でき…っ」
すぐにカメラを向けてみたけど、ぷっくり出来上がったシャボン玉は浮かぶことなく地面に落ちた。
ん?シャボン玉ってこんなんだったかな?
もっとぷかぷか浮くもんじゃないのかな、別に風も吹いてないのに全然…もう一度やってみる、今度はさっきより小さくちょっと大き過ぎたのかもしれないし。
「…?」
だけど何度吹いてみてもすぐに落ちて、空には飛んで行ってくれない。
液が薄いとか?でもこれってシャボン玉専用液じゃないのかな?
スマホを取り出して検索してみた、上手にシャボン玉を吹く方法ってないのかなって。
「いつかちゃん、何してんの?」
「わぁっ!!」
「ごめん、そんな驚くとは思わなくて」
真剣にシャボン玉と向き合ってて気付かなかった。というか真剣にシャボン玉に向き合ってる場合じゃない、私が向き合わなきゃいけないのかカメラだったのに。
「園田先輩…!」
「大丈夫だった?こぼさなかった?」
「だ、大丈夫です…!」
しかも変な顔してた、びっくりして振り返った時絶対変な顔してた…園田先輩に見られたの恥ずかしいしっ。
「シャボン玉してんの?」
「あ、これは…っ!三波部長が持ってきてくださったシャボン玉の写真を撮ろうと試行錯誤してまして、決して遊んでたわけじゃないです!どうしたら上手にシャボン玉が作れるのか考えたんです!!」
「いつかちゃん相変わらず努力の方向性すごいね」
「え!?すみません!」
「いや、いいことだけど」
スッと私の手からシャボン液を園田先輩が持っていった、少しだけ手が触れてドキッとしてしまった。たったそれだけなのに、触れた指先が熱くて。
「市販のやつって当たり外れあるんだよね」
片目を閉じてシャボン玉液をのぞき込む、見て何がわかるのかなって思ったけど。
「食堂で砂糖借りて来るか!」
え、砂糖?なんで砂糖…??
園田先輩に言われて食堂で少しだけ砂糖を分けてもらった。
ぐるぐると園田先輩がシャボン液をかき混ぜてる、それを隣でのぞき込むように見てた。
シャボン玉に砂糖って入れたことないんだけど、これで上手なシャボン玉が作れるようになるってことなのかな?全く想像がつかないんだけど…
「砂糖を入れるとシャボン液がとろってなるんだ、それで割れにくい膜の強いシャボン玉が出来るんだよ」
「そうなんですか!?」
「そう、さっきよりとろってしたことない?」
ほらっと見せてくれた、シャバシャバだった液が少し粘り気を増してとろみが出ていた。見るからに重みの出たシャボン液は大きなシャボン玉が作れそうだった。
「砂糖にそんな効果があるんですね」
「ガムシロでもいいんだよ」
「園田先輩シャボン玉に詳しいんですね」
「子供の頃バカみたいにやったからさ~」
シャボン玉好きだったんだ、特に意味なんかないデータは私の中に入ってきて絶対使うことなんかないのに頭の中に残しておきたくなった。
園田先輩のことならなんでも知りたくて、知っておきたくて。想いが溢れそうになる。
「出来た!いつかちゃん、やってみて!」
どうぞと渡されたシャボン液に吹き棒をくぐらせ吹いてみる。園田先輩が見てると思ったら緊張しちゃって、失敗しないように丁寧に丁寧に息を吹いた。
だけど一息吹いただけでもわかった、さっきとは違うぷくーっと大きなシャボン玉が出来ていく感覚が。静かに吹き棒から離せば、ふわっとシャボン玉飛んだ。
あ、すごい。キレイなシャボン玉だ。さっきよりもぷくっとしたキレイなシャボン玉が出来た。
「あ、カメラ…!」
やっとここからが本番、思い出したようにデジカメを構えた。シャボン玉を捕らえるようにファインダーをのぞく、だいぶしゃがみ込んで。
「これが限界ね」
園田先輩が目を細めて見てた、地面に着きそうなシャボン玉を追いかけるように見ていた私を。
すぐにカメラを構えたけど、シャボン玉は這いつくばらないと見えないんじゃないかぐらい下の方をぷかぷかしてた。
「砂糖入れると重くなるんだよね、だから飛びにくくなっちゃって」
園田先輩がうーんっと、腕を組んで眉を寄せる。
それは単純に質量が増えるから、かな?でもさっき飛んでる時間は長くなったと思う、砂糖を入れた分丈夫なシャボン玉にはなってるかなって。
「シャボン玉って案外奥が深いんだよねー」
「……。」
なんだかすごい重みがあった、シャボン玉は奥が深いって。しみじみ嘆くように園田先輩が言うから、シャボン玉も楽な遊びじゃないんだなぁって思ったら笑えてきちゃって。
「え、いつかちゃん?」
ただのシャボン玉なのに。
「笑ってる!?」
こんなにおかしいなんて。
「下向いて笑ってるよね!?」
笑いをこらえるのに必死だった。
やっぱりサークルに、写真研究会に入ってよかったって思ったの。こんなに笑ったことはなかったから、高校時代出来なかったことがまた1つ叶ったみたいで。
「よし、わかった!じゃあ俺があの丘の上からシャボン玉吹くよ!」
校内にある芝生の真ん中、少しだけ小高い丘がある。シャボン液を持った園田先輩がとんっと駆け上がって、私に合図した。
「いつかちゃんは下から写真撮ってよ、そこからなら落ちて来るシャボン玉が撮れると思うから!」
すぅっと息を吸った園田先輩がシャボン玉を吹く、サークル棟の裏と違って太陽の光が当たる芝生の上は眩しい。だけど上を見上げれば空が青くて、グッと気持ちが上がる気がした。
やっぱり場所も大事なのかな?撮りたいって気分になる。
「どう!?そこならイケそうじゃない?」
「はい!いいと思います!」
ちょこんっとしゃがんでみた、そしたらシャボン玉が落ちる距離も長くなるし空を飛んでるようなシャボン玉も撮れそうだし。だから見上げるようにファインダーをのぞき込んだ、ふわふわと浮かぶシャボン玉と追いかけてシャッターを押して。
水色のシャボン玉だ。大きくて丸いシャボン玉が空に描かれてるみたい。
今になって被写体の大切さを知ったかも、ただ撮るだけじゃないってこうゆうことなのかも。
被写体への追及?どうしたらいいものになるか、考えるだけじゃない試すことも必要で…
「いつかちゃん!」
名前を呼ばれたからファインダー越しに園田先輩の方を見てしまった。園田先輩の周りをシャボン玉がふわふわ浮かんで、まるで包み込んでるみたいだった。
「すごくない!?全然割れないから消えないの!」
シャボン玉に触れないように体を逸らしたり、息を吹いたり、その真ん中で園田先輩が笑ってて。たまに私の方を見るから、つられて私も笑ってた。
楽しそうだなぁ、園田先輩。シャボン玉を吹く姿も、園田先輩らしくって。
ふぅーっとゆっくり息を吹き込むシャボン玉はぷっくりと膨らんで、重くて空には上がらないけど光の加減で何色にも見える。
「!」
ふと、シャボン玉と園田先輩が重なった。丸くて大きなシャボン玉の中に園田先輩が入ったみたいに。
それがすごくキレイで、ごくんと息をのむほどに。このまま閉じ込められないかなって、思ったりして。
砂糖のせいで少し甘くなったシャボン液の中、私の気持ちと一緒に。
触れたら弾けそうなこのシャボン玉の中に園田先輩を閉じ込めたい、なんて。
思わずシャッターを押したの。
きっとこの瞬間しかないって、溢れるような気持ちで押したの。
「いつかちゃんいいの撮れたー?」
「あ、はいっ」
丘の上からタタッと園田先輩が下りて来た。あわててさっきの写真を見られないようにデジカメの画面を1枚前の写真に切り替えた。
「おっ、いいじゃん!シャボン玉いい感じに撮れてるじゃん!」
隣でのぞき込んだ距離が近くて、少しだけ肩が触れた。ドキッと心臓が揺れて身動きが取れなくなる。ドキドキしてたまらなくて、どうしたらいいかわからなくなる。
ゆっくり隣を見上げれば園田先輩と目が合って、息が止まりそうになって…何も言えないのに。
何も言えなくて、また下を向くことしかできなくて。
言えない、言えるわけない。
何も言えなかった。



