「もしかしたら萌音と来年は同じクラスになれるかも」
千代は朗らかに笑いながらそう言った。
「文系クラス三つあるから全然あり得るね」
二人は高校二年生であり、千代は理系のクラスで私は文系クラスだ。
しかし11月の中頃になって、千代は来年文系に転換しようと考えているらしい。
千代は一年生の時に同じクラスで仲良くしていた。
今も校舎で会えば、足を止めて長話をする仲だ。
「でも、文系には【あいつ】がいるからなー、同じクラスになるのは嫌かも」
【あいつ】が誰なのか私にはわかっている。
千代が一年生の時に好きだった人、黒瀬時空のことだ。
千代は一年間黒瀬に恋をして、最後には振られてしまった。
「可能性はゼロじゃないよねー」
返答しながら、私は別のことを気にし始めた。
放課後に黒瀬と会うけれど、どこで集合するか決めていないって。
***
きっかけは文化祭と修学旅行という高校生二年生のイベントたちが終わり、受験を考え始める10月だった。
他人を変えることはできない。
それが陸上部で活動をしていて、一番痛感したことだった。
人柄やノリがよくても、ふとした時に感じる協調性のなさを何度も見てきた。
あいつがどうなろうが、自分のプレーには何も関係がない。
べつに仲良しごっこなんていらない。
萌音はまとめるの上手だから、勝手に決めていいよ。
副部長でマネージャーなんだから、みんなをまとめるのは萌音に任せた。
頼られているのか責任を押し付けられているのか、次第に自分で見極めることができなくなってしまった。
それでも選手から逃げた罪悪感があり、頼られているとすがってしまう自分がいる。
自分の存在価値を仕事で勝ち取る、これが私の行動指針だ。
「そういや陸上部ってさ、顧問と喧嘩してるって本当?」
「本当だよ、今まじで大変だから」
陸上部の顧問との喧嘩をした、その話はゆっくりと知れ渡っている。
普段話さない人からも興味を抱かれて、今みたいに聞かれる日々だった。
「顧問が辞めるって言いだしたんでしょ」
「そうそう、お前らの態度が気に食わんって。選手に非があるのも分かるけど、顧問にも非があるから選手が和解しようとしてないんだよね」
わざとらしくため息をして、へらへらと笑って見せる。
本当は笑っていられる暇なんかない。
事態は思っていたよりも深刻だ。
すでに選手の中でも対立していて、意見をまとめることが難しくなっている。
「え、陸上部の話は本当なんだ」
すっと話に入ってきたのは黒瀬だった。
黒瀬に久々に話しかけられた、驚きすぎてくとをパクパクさせて頭をフル回転する。
一年生の時は千代のことで少し話したが、今年は特に接点もなくただ同じ教室にいるだけだった。
そんな黒瀬が話題に入ってきた。
正直、千代のことを振っている人だから私としてはそこまで深くかかわりたいと思っていない。
「本当に大変だよ、なーんか個人競技の人って冷たいんだよね、全部自分は関係ないって態度が語ってる。話がまとまらないよー」
「え、分かる。俺んとこも去年から問題ありまくり。悪い人じゃないけど無責任な人多いよな、剣道部もそんな感じ」
耳を疑いそうになった。
他の人で自分と似たようなことを感じている人がいるなんて、思ってもみなかった。
その時に初めて自分に共感してくれる人がいて、心の底から嬉しいという感情に近いものを感じた。
決して部員のことは嫌いじゃない、悪い人ではない。
しかし、どこか協力することに一線を引く彼らにいい人だと言えない。
このもどかしさがわかる人に、私の話を聞いてほしい。
そんな思いで頭では考えずに口を開いた。
「話を聞いてほしい」
黒瀬は、少し驚いた様子だった。
それでも「いいよ」と軽く返事した。
「放課後、どっかで話そうぜ」
「分かった」
ちょうど昼休みのチャイムが鳴り、黒瀬は席に戻ってしまった。
久々に放課後、男子と二人で話す。
しばらく私は上の空で授業を受けていた。
***
「話すのに適した場所知ってるからそこ行こ」
黒瀬は歩く速度が速く、気を抜けば簡単に距離が離されてしまう。
二人は屋上へと続く階段を上り、最上階まで行く。
そこには開けた場所があり、めったに人が来ないため二人きりで話す場所にはもってこいの場所だ。
「で、顧問が辞めるって言いだして、今部員はどんな感じなの?」
向き合って座り、黒瀬はすぐに本題に入る。
「一応、顧問がいないのはいろいろと大変だから、さすがに仲直りしようってなってる。それでも、一部の人は全く先生の悪口止めないし、それに対してイラついて個人的に私に文句言ってくる人が多々いる感じ。仮に仲直りしても、悪口をいう人たちが変わらなかったら、また同じことの繰り返しになる。それは避けたいから、私が意識を変えられないか頼んでるんだけど、無理っぽいんだよねー……」
先生に教えてほしいと考える人、顧問がいないことはまずいからとりあえず戻ってほしい人、別に顧問なんていらないという人。
それぞれの人をすべて納得させることが難しい。
「個人的に文句言ってくるって、公の場じゃなくてメールでとか?」
「そうそう、今まで二回話し合いをしたんだけど、その夜にメールがいくつか溜まっててね。『さすがにあいつ調子乗りすぎ。なんとかしてください』『○○があの調子なら俺は部活をやめる』『俺は関係ないから次の話し合いは行かなくてもいい?』さすがに参っちゃうね」
「それで甘利はどう返してるの?」
「うまく説得してみるねーとか、まだやめるのはもったいなくない? とか、部活の話だから、できればいてほしいって頼んでる」
「それ本人が勝手に動けばいいじゃん。最後の話し合いに参加したくないは論外。部活の顧問が辞めるって言って俺は関係ないは猛者すぎるだろ。前者二人は勝手にさせればいいやん? 甘利が間に入って頑張る必要はない」
真剣な表情でゆっくり話してくれる。
黒瀬のこと、しっかりと見たことなかったかもしれない。
今、初めて黒瀬とちゃんと話している気がした。
「たしかに、私にできることは限界がある。だけど、私はマネージャーで選手より疲れないからやらなきゃいけない。それに選手から逃げたしちゃんとやらないと」
「逃げたってどういうこと?」
「私一年生の時は選手だったんだよ。肉体的にしんどくなったからマネに変わって、それが逃げたって思ってる」
「それを逃げっていうのはおかしくないか?」
黒瀬は私が言いたいことを代弁してくれる。
こんなに否定されずに自分のことを離したのはいつぶりだろうか。
黒瀬には申し訳ないけれど、私は本心を表してはいけない。
「選手からたまに言われるんだよ。きつい練習してるときとかに私が頑張れって言うと『俺もマネになって逃げたいわ』って」
黒瀬の表情が一気に固まる。
「そんなこと言うの? えぐ」
「えぐいよね。まあ本当だから。だから今回の問題は誰からも逃げられないんだよ。ちゃんと向き合わないと、また逃げたって言われる」
その瞬間、視界がうるんで手元に涙が零れ落ちる。
目の奥がじわじわと熱くなり、一粒だけでは足りずに何度も滑らかに頬を滑っていく。
まさか黒瀬の前で泣くとは思っていなくて、焦ってハンカチを取り出して顔を隠す。
前かがみになって、俯いて必死に顔を隠す。
黒瀬はすっと隣に座って背中をやさしくさすってくれる。
言葉はなくてもその行動で胸がいっぱいになった。
安心したのに涙は止まらない。
枯れるまで流すなんて、いつぶりだっただろう。
私に今必要なのは励まされる言葉なんかじゃない。
マネージャーになってから気が付いた。
頑張っている人に頑張れと軽々しくいってはいけないこと。
その人はすでに頑張っている。それなのにさらに頑張れだなんて、かえって追い詰めてしまう。
今、選手の気持ちがよくわかるような気がする。
頑張れよりも、そばにいてくれるだけで救われる。
黒瀬のやさしさを初めて知った日だった。
千代は朗らかに笑いながらそう言った。
「文系クラス三つあるから全然あり得るね」
二人は高校二年生であり、千代は理系のクラスで私は文系クラスだ。
しかし11月の中頃になって、千代は来年文系に転換しようと考えているらしい。
千代は一年生の時に同じクラスで仲良くしていた。
今も校舎で会えば、足を止めて長話をする仲だ。
「でも、文系には【あいつ】がいるからなー、同じクラスになるのは嫌かも」
【あいつ】が誰なのか私にはわかっている。
千代が一年生の時に好きだった人、黒瀬時空のことだ。
千代は一年間黒瀬に恋をして、最後には振られてしまった。
「可能性はゼロじゃないよねー」
返答しながら、私は別のことを気にし始めた。
放課後に黒瀬と会うけれど、どこで集合するか決めていないって。
***
きっかけは文化祭と修学旅行という高校生二年生のイベントたちが終わり、受験を考え始める10月だった。
他人を変えることはできない。
それが陸上部で活動をしていて、一番痛感したことだった。
人柄やノリがよくても、ふとした時に感じる協調性のなさを何度も見てきた。
あいつがどうなろうが、自分のプレーには何も関係がない。
べつに仲良しごっこなんていらない。
萌音はまとめるの上手だから、勝手に決めていいよ。
副部長でマネージャーなんだから、みんなをまとめるのは萌音に任せた。
頼られているのか責任を押し付けられているのか、次第に自分で見極めることができなくなってしまった。
それでも選手から逃げた罪悪感があり、頼られているとすがってしまう自分がいる。
自分の存在価値を仕事で勝ち取る、これが私の行動指針だ。
「そういや陸上部ってさ、顧問と喧嘩してるって本当?」
「本当だよ、今まじで大変だから」
陸上部の顧問との喧嘩をした、その話はゆっくりと知れ渡っている。
普段話さない人からも興味を抱かれて、今みたいに聞かれる日々だった。
「顧問が辞めるって言いだしたんでしょ」
「そうそう、お前らの態度が気に食わんって。選手に非があるのも分かるけど、顧問にも非があるから選手が和解しようとしてないんだよね」
わざとらしくため息をして、へらへらと笑って見せる。
本当は笑っていられる暇なんかない。
事態は思っていたよりも深刻だ。
すでに選手の中でも対立していて、意見をまとめることが難しくなっている。
「え、陸上部の話は本当なんだ」
すっと話に入ってきたのは黒瀬だった。
黒瀬に久々に話しかけられた、驚きすぎてくとをパクパクさせて頭をフル回転する。
一年生の時は千代のことで少し話したが、今年は特に接点もなくただ同じ教室にいるだけだった。
そんな黒瀬が話題に入ってきた。
正直、千代のことを振っている人だから私としてはそこまで深くかかわりたいと思っていない。
「本当に大変だよ、なーんか個人競技の人って冷たいんだよね、全部自分は関係ないって態度が語ってる。話がまとまらないよー」
「え、分かる。俺んとこも去年から問題ありまくり。悪い人じゃないけど無責任な人多いよな、剣道部もそんな感じ」
耳を疑いそうになった。
他の人で自分と似たようなことを感じている人がいるなんて、思ってもみなかった。
その時に初めて自分に共感してくれる人がいて、心の底から嬉しいという感情に近いものを感じた。
決して部員のことは嫌いじゃない、悪い人ではない。
しかし、どこか協力することに一線を引く彼らにいい人だと言えない。
このもどかしさがわかる人に、私の話を聞いてほしい。
そんな思いで頭では考えずに口を開いた。
「話を聞いてほしい」
黒瀬は、少し驚いた様子だった。
それでも「いいよ」と軽く返事した。
「放課後、どっかで話そうぜ」
「分かった」
ちょうど昼休みのチャイムが鳴り、黒瀬は席に戻ってしまった。
久々に放課後、男子と二人で話す。
しばらく私は上の空で授業を受けていた。
***
「話すのに適した場所知ってるからそこ行こ」
黒瀬は歩く速度が速く、気を抜けば簡単に距離が離されてしまう。
二人は屋上へと続く階段を上り、最上階まで行く。
そこには開けた場所があり、めったに人が来ないため二人きりで話す場所にはもってこいの場所だ。
「で、顧問が辞めるって言いだして、今部員はどんな感じなの?」
向き合って座り、黒瀬はすぐに本題に入る。
「一応、顧問がいないのはいろいろと大変だから、さすがに仲直りしようってなってる。それでも、一部の人は全く先生の悪口止めないし、それに対してイラついて個人的に私に文句言ってくる人が多々いる感じ。仮に仲直りしても、悪口をいう人たちが変わらなかったら、また同じことの繰り返しになる。それは避けたいから、私が意識を変えられないか頼んでるんだけど、無理っぽいんだよねー……」
先生に教えてほしいと考える人、顧問がいないことはまずいからとりあえず戻ってほしい人、別に顧問なんていらないという人。
それぞれの人をすべて納得させることが難しい。
「個人的に文句言ってくるって、公の場じゃなくてメールでとか?」
「そうそう、今まで二回話し合いをしたんだけど、その夜にメールがいくつか溜まっててね。『さすがにあいつ調子乗りすぎ。なんとかしてください』『○○があの調子なら俺は部活をやめる』『俺は関係ないから次の話し合いは行かなくてもいい?』さすがに参っちゃうね」
「それで甘利はどう返してるの?」
「うまく説得してみるねーとか、まだやめるのはもったいなくない? とか、部活の話だから、できればいてほしいって頼んでる」
「それ本人が勝手に動けばいいじゃん。最後の話し合いに参加したくないは論外。部活の顧問が辞めるって言って俺は関係ないは猛者すぎるだろ。前者二人は勝手にさせればいいやん? 甘利が間に入って頑張る必要はない」
真剣な表情でゆっくり話してくれる。
黒瀬のこと、しっかりと見たことなかったかもしれない。
今、初めて黒瀬とちゃんと話している気がした。
「たしかに、私にできることは限界がある。だけど、私はマネージャーで選手より疲れないからやらなきゃいけない。それに選手から逃げたしちゃんとやらないと」
「逃げたってどういうこと?」
「私一年生の時は選手だったんだよ。肉体的にしんどくなったからマネに変わって、それが逃げたって思ってる」
「それを逃げっていうのはおかしくないか?」
黒瀬は私が言いたいことを代弁してくれる。
こんなに否定されずに自分のことを離したのはいつぶりだろうか。
黒瀬には申し訳ないけれど、私は本心を表してはいけない。
「選手からたまに言われるんだよ。きつい練習してるときとかに私が頑張れって言うと『俺もマネになって逃げたいわ』って」
黒瀬の表情が一気に固まる。
「そんなこと言うの? えぐ」
「えぐいよね。まあ本当だから。だから今回の問題は誰からも逃げられないんだよ。ちゃんと向き合わないと、また逃げたって言われる」
その瞬間、視界がうるんで手元に涙が零れ落ちる。
目の奥がじわじわと熱くなり、一粒だけでは足りずに何度も滑らかに頬を滑っていく。
まさか黒瀬の前で泣くとは思っていなくて、焦ってハンカチを取り出して顔を隠す。
前かがみになって、俯いて必死に顔を隠す。
黒瀬はすっと隣に座って背中をやさしくさすってくれる。
言葉はなくてもその行動で胸がいっぱいになった。
安心したのに涙は止まらない。
枯れるまで流すなんて、いつぶりだっただろう。
私に今必要なのは励まされる言葉なんかじゃない。
マネージャーになってから気が付いた。
頑張っている人に頑張れと軽々しくいってはいけないこと。
その人はすでに頑張っている。それなのにさらに頑張れだなんて、かえって追い詰めてしまう。
今、選手の気持ちがよくわかるような気がする。
頑張れよりも、そばにいてくれるだけで救われる。
黒瀬のやさしさを初めて知った日だった。


