好きの、その先へ


〖久しぶり。最後に話したいです。
 わたしに対しての「ごめん」の気持ちが本物なら、卒業式来てください〗

 送信ボタンを押す指が、少し震えた。

 ――ずるい、言い方。

 でも、これくらいしないと、来てくれない気がした。

 数分後、すぐに返事が来た。

〖いいけど、気まずくない?〗

 心臓が、強く跳ねる。

〖気まずいと思うけど、袴も見せたいし、話したいこともある〗

 少しだけ、言い訳を混ぜた。

〖わかった〗

 短い返事だった。

 ――やっぱり、来るんだ。
 うれしいのか、不安なのか、自分でもわからない。




 少し前のやり取りが、頭をよぎる。

〖俺と付き合う前と、付き合ったあとで、自己肯定感上がった?〗

〖うん、上がったよ 〗

〖あー、よかった!
 それだけでも俺が付き合った意味あったよ!
 生きててくれてありがとう!〗

 この言葉を見たとき、胸の奥がぐらりと揺らいだ。

 いまさら、この気持ちを伝えたところで、迷惑なだけかもしれない。
 なにも言わずに、笑って、終わればいい。

 そのほうが、たぶん傷つかずに済む。

「結蘭が後悔しないなら」

 萌奈の声が、頭の奥で響く。

 ――でも。
 後悔しない選択肢なんて、たぶん、ない。

 言っても後悔するかもしれないし、言わなくても、たぶん後悔する。

 だったら、どっちの後悔を選ぶか、だけだ。



 卒業式当日。

 袴の裾は思ったより重くて、歩くたびに足元がもたつく。
 慣れない草履がかかとをこすって、じんわり痛い。

 公民館の前は、色とりどりの袴とスーツ姿であふれていた。
 名前を呼び合う声、笑い声、シャッター音。
 ざわざわとした空気が、祝福と名残惜しさで揺れている。

 その中に立っているのに、どこかひとり取り残されたみたいだった。


「卒業しても、お互いがんばろーね!」
「うん!」

 彼が来るまで、あと30分。

 友だちと写真を撮って、笑顔をふりまいているけれど、内心は緊張で吐きそうだった。


 そのとき。

「結蘭、卒業おめでとうー!」

 人混みの向こうから飛び込んできた声に、胸が跳ねるように反応して、はっと振り向く。

「萌奈、来てくれたんだ」

「あたりまえじゃない」

 美容師として働いてる彼女は、祝日は休めないって言っていたのに。
 それでも、来てくれた。

「大丈夫?」

「うん、萌奈が来てくれて大丈夫になった」

「調子いいんだから」

 呆れたように言いながらも、萌奈の表情は柔らかい。
 ふっと力の抜けた笑みが、緊張を少しずつ溶かしていく。

 けれど、その安心の奥に、まだ消えきらない不安が残っていた。

「でも、不安ではあるよ。一回目は好きじゃなくなったって理由だったけど、それでもニ回も別れたのは、それなりの理由がある。
 それなのに、忘れられないなんて」

「何回とか関係ないよ。
 復縁する人なんていっぱいいるし、好きなら好きでいーじゃん」
 
 あまりにもまっすぐな言葉に、言い返す隙がなかった。

「なに言うか、気持ち固めたの?」

「見て話すつもりはないけど、メモしてきた!」

 スマホを取り出して画面を見せる。
 そこには、びっしりと文字が並んだ長文のメモ。

 萌奈は一瞬吹き出した。

「さっすが! 相変わらず愛情たっぷりね!」

 そして、少し真面目な顔になる。

「彼の気持ちはわたしにはまったくわからないけど、ひとつだけ事実教えてあげる」

「え、なに?」

「もうなんとも思ってない元カノの卒業式に、地方も違うのにわざわざ新幹線使ってまで、普通は来ない」

 言葉が、すっと胸に入ってくる。

「気持ちがなければ、わざわざ会いに来ない。
 それだけは事実だよ」

「……うん。ちゃんと伝えるよ」

 自分でも驚くくらい、声は落ち着いていた。

「結蘭のそれは依存じゃないよ」

「え?」

「ただ、めんどくさいぐらい好きなだけ」

「うん!」

「結蘭、ふぁいとだ!」

 軽く拳を上げる萌奈に、わたしも小さく頷いた。
 
 
 わたしたちは、きっと運命じゃない。
 そんなこと、もうとっくにわかってる。

 それでも。

 ――それでも、会いたいと思ってしまった。