好きの、その先へ


 雨の歩道。

 街灯に照らされて、アスファルトが鈍く光っていた。
 髪も服も、もうどうでもいいくらい濡れている。

「お姉さん、送りましょうか?」

 ふりむくと、見知らぬ男の人が傘を差し出していた。

 その瞬間、現実より先に、彼の声が蘇る。

〖俺は良くも悪くも切り替えはやいタイプなんだ〗

 ――あぁ、そうだね。
 わたしは、そんなふうにできない。

「あは、大丈夫ですー!」

「いや、傘だけでも!」

〖できることならまた友だちとして接したい〗

 ――無理に決まってんじゃん。
 友だちでいられるくらいなら、最初からこんなに好きになってない。

「あは、雨じゃないと困るんで」

「びしょ濡れだと風邪ひきますよ」

〖いままで通り会うことは無理だけど〗

 ――こっちは、まだ終わってないのに。

 男の人の声と、彼の言葉が重なって、頭の中がぐちゃぐちゃになる。

 気持ち悪い。

「大丈夫です!」

 それ以上関わりたくなくて、視線も合わせずに家まで全速力で走った。
 雨の中、ただ逃げるみたいに。

 息が切れて、胸が痛い。

「……好きなのに」

 だれにも届かない声は、雨音にかき消された。



 夜、家に帰ると、どうしようもなく虚しくなる。
 さっきまで外にいたはずなのに、世界から、切り離されてるみたいだった。

 リアルの友だちには、話せなかった。
 重すぎるって思われるのが怖くて。
 だから、ネッ友にひたすら聞いてもらった。

 だれでもいいから、この感情をどうにかしてほしかった。
 助けてほしかった。

 でも。

〖それは辛いね。いまはおいしいもの食べて元気出そ〗
〖忘れて、次の恋しよ〗
〖時間が解決してくれるよ、大丈夫〗

 優しい言葉のはずなのに、全部同じに見えた。
 どこにも刺さらない。

 スマホの光だけが部屋を淡く照らしているのに、指先は妙に冷たかった。

 ――違う。
 わたしがほしかったのは、こういうのじゃない。

 その中で、電話をかけてくれたネッ友もいた。

「そのうち忘れられるよ。連絡は取らないほうがいいよ」

 正しい。
 たぶん、全部正しい。

「友だちに戻れないなら、縁切るしかないよ」

「……切りたくない」

 自分の声が思ったより弱く響いて、少しだけ驚く。
 言葉にした瞬間、それが本音だと改めて突きつけられた気がした。

「ニ回目だよ? もう無理じゃん。
 合わない人とは合わないんだよ」

「……わかってる」

「らんのためだよ。勉強もあるし、これでよかったんだって」

 ――なに、それ。
 よかったってだれが決めたの。

 その言葉はどうしても受け入れられなかった。
 まだ、終わらせたくない。

「一人で頑張れる子なのに恋愛が足枷になってるの、いい加減気づきなよ」

 その言葉で、なにかがプツリと切れた。

 はは、と笑いが込み上げる。
 笑ってるのか、壊れているのか、自分でもわからない。

 そのとき、通知が鳴る。

〖別れても大切な人には変わらないよ〗

 ――じゃあ、なんで。

 もういい。
 全部、どうでもいい。

 スマホを投げた。

 パキン、と乾いた音。

 床に落ちた画面は、蜘蛛の巣みたいにひび割れていた。

 それを見て、
「あ、わたしみたい」
 そう思った瞬間、笑っていた。
 なのに、涙が止まらなかった。

 でも。

 本体は無傷だった。
 フィルターだけが割れていた。
 それを変えれば、スマホは元通りになれるらしい。

 ――いいな。
 そんなふうに、簡単に戻れたらいいのに。