好きの、その先へ


 SNSで出会って、付き合って、一度別れて。
 それでもまた好きになれて、気づけば、三年が経過していた。

 どうして続いていたのか、自分でもよくわからない。
 でも、確かにわたしたちは、続いていた。


 不思議なくらい、喧嘩は一度もなかった。
 言いたいことを飲み込んでいただけなのか、ぶつかる勇気がなかっただけなのかは、いまでもわからない。

 月に一度会う約束も、律儀に守られていた。
 遠距離の時間を埋めるみたいに、会うたびに強く抱きしめあった。

 風邪を引いた夜は、弱った声で電話をしたら、「無理せんでね」って言いながら、寝るまでつないでくれたことがあった。

 試験で落ち込んだ日も、ただ「よくがんばってるよ」って言ってくれて、それだけで立て直せた日が何度もあった。

 特別なことじゃないのに、そういう時間が、わたしにはなにより特別だった。


「だいすき」
「俺も、だいすき」

 それは、あいさつみたいな言葉になっていた。
 朝も、夜も、通話を切る前も。
 何度もくり返して、それで安心していた。

 こんなあたりまえはずっと続いていくと思っていた。

 それが止まったのは、三月の夜だった。
 音もなく、あっけなく。



 大学生最後の春休み。
 わたしはインフルエンザで、部屋に閉じこもっていた。

 高熱で頭はぼんやりして、布団の中なのに寒くて、汗でじっとりしている。
 カーテンの隙間から入る昼の光さえ、まぶしくて目を細めた。

 ――卒業式、もうすぐなのに。
 こんなタイミングで、と思いながらも、体は思うように動かない。

 スマホはほとんど触っていなかった。
 メッセージを返す気力もなくて、ただ枕元に置いたまま、時間だけが過ぎていった。


 数日ぶりに画面をつけたとき、通知が目に入る。

 未読、五件。

 しかも、やけに長い。

 その瞬間、なぜか理由もなく胸がぎゅっと締めつけられた。
 嫌な予感が、じわりと体の奥に広がっていく。

 既読をつけないように、指でそっと長押しして内容をのぞく。

 ――やっぱり。

 視界が、すっと遠のいた。
 一瞬、指先が冷たくなった。

〖こんなときにごめん、別れたい〗

 呼吸が浅くなる。

〖よく考えてさ、親離れ子離れができてない現状や、お互いの家の清潔感や、価値観が違いすぎると思う。
 あと、会話の波長が合わないのも正直大きくてさ……〗

 文字を追ってるはずなのに、うまく頭に入ってこない。
 なのに、これらの意味だけが刺さる。

〖一度別れて、また好きになれて、3年間付き合ってみて。
 直してほしいところも、たくさん努力して直してくれたのは知ってる。
 でも、やっぱり根本的な性格とか育ってきた環境は変わらないって感じた。
 これから同棲とか結婚を考えたら、厳しい現実が待ってる気がする〗

 現実的すぎる理由に、喉がからからに乾く。

〖俺は、正直無理だと思った。
 お互い将来のために別れるならはやいほうがいい〗

〖らんのことは変わらずだいすきやし、らんが悪いわけでもなくて、ただ俺と価値観が合ってなかったってだけ〗

 スマホを持つ手が、どんどん冷えていく。

 なのに、涙は出なかった。

 二回目だからなのか。
 それとも、心のどこかでわかっていたのかもしれない。

 この関係は、いつか終わるって。

 ただ、胸の奥が静かに崩れていく感覚だけがあった。

 しばらく画面から目が離せなかった。


 やっとのことで、文字を打つ。

〖わかった、別れることにします〗

 引き止める言葉は、いくらでも浮かんでいた。
 でも、そのどれもが、彼の現実の前では意味を持たない気がした。

 好きとか嫌いでは片付けられないものが、そこにあった。

 ――それでも。
 つなぎ止めたかった。

 その一方で、どこか納得してしまっている自分もいて、それがいちばん苦しかった。

 好きだけじゃ、続かない恋がある。

 そんなことわかってたはずなのに。


 少し間を置いて、また通知が届く。

〖だから、卒業式行く約束はもう無理かな。ごめん〗

 一瞬だけ、胸が鋭く痛む。

〖わかった〗

 あの約束が叶わなくても。
 あのとき、交わした瞬間には、ちゃんと意味があったと思いたかった。

 スマホを置いて、天井を見つめる。

 なにも考えたくないのに、勝手に想い出だけが浮かんでくる。

 衝動のままに写真フォルダを開いた。
 指が止まらなかった。

 消して、消して、消していく。

 画面の中から三年分が消えていくのを、どこか他人事のように眺めていた。

 SNSも、そのままブロックした。

 自分からこの三年間をなかったことにしようとしているみたいだった。

 ――それしか、できなかった。
 このときは、それ以外の選び方なんて、思いつかなかった。