追放令嬢、隣国の王太子と異世界ウェディング事業を始めます!

 数日後、アンネリーゼたちはモデルケースとなる新郎新婦――シグルドの部下である兵士と、街の花屋の娘のもとへ向かった。

「わあ……! これ、本当にわたしが着てもいいのですか?」

 リメイクされた純白のドレスを手にして、花屋の娘は瞳を潤ませた。

(そうそう、この顔が見たかったんですよね!)

 憧れのドレスを前にした時の、花嫁のウキウキとした雰囲気、幸せのオーラ。
 気候変動により、先行きが不安定となってしまったこの国に足りないのは、人々のこういった未来を信じる光だ。

(ひとつずつで構わない。少しずつ灯していけば、きっといつか、国全体を照らす大きな輝きとなるはず)

 アンネリーゼは、店内の隅に置かれていた椅子に彼女を座らせると、手際よく髪を結い、おしろいをはたいてメイクを施した。
 自分はメイクの担当ではなかったから、決してプロ級とは言えないけれど、ウェディングプランナーとして現場の急なトラブルを何度も助けてきた経験があり、最低限の技術は身につけていた。
 彼女の結い上げた髪に、仕上げとばかりにカスミソウをそっと挿し込む。素朴な白い小花は、アイボリーのドレスによく馴染み、清楚な印象を与える。また、王家の古いドレスに施された〝繊細なレース〟とも相性がよく、全体を上品にまとめることができていた。

「――これでよし! いかがかしら?」

 アンネリーゼは、持参していた手鏡を娘に手渡す。そこに映り込んだ己を目にするなり、彼女は目に大粒の涙を溜め、嗚咽を漏らした。

「あり、ありがとうございます……! こんなにもキレイになれるなんて、まるでわたしじゃないみたい……っ。お姫様になれるなんて、思わなかった……!」
「わ、泣かないでよお、わたしまで泣けてくるじゃない……!」

 もらい泣きしてしまって、アンネリーゼは慌てて目もとを指先でぬぐう。

(……よかった、喜んでもらえて)

 うれし泣きをしている娘と、その頭を優しくなでている兵士の姿を見守りながら、アンネリーゼは胸の奥が熱くなる。幸福な花嫁と花婿の光景は幾度となく見てきたけれど、喜びをわけてもらえている気持ちになる。本当に、自分はこの仕事が大好きなのだと実感した、天職だったのだろう。
 目を潤ませているアンネリーゼの視界に、脇から白いハンカチが差し出された。その先を見上げると、シグルドが遠慮がちに微笑んでいる。

「よかったら、これを使ってくれ。花嫁につられて涙ぐむとは、君は優しい女性だな」
「へ? あ、いえ、これはいわゆる職業病で……。お見苦しいものをお見せして申し訳ございません」

 お礼を伝えてハンカチを受け取ると、それで目尻をそっと押さえる。その間も、シグルドは柔らかく目を細めてこちらを見つめていた。

「……君も、ああいったドレスがよく似合うのだろうな。君の隣に立てる男は、幸せだな」
「……えっと、シグルド殿下?」

 急になにを言い出すのだろうかと聞き返すと、シグルドはそこで初めて自分が口走った言葉に気がついたらしく、目に見えてうろたえる。

「あ、いや、なんでもない。ただ、君がその……花嫁衣裳を着たらさぞ美しいだろうなと」
「それは、ありがとうございます。そんな日が来るとよいのですけれど……」

 自然と、ルシアードに婚約破棄を言い渡されたことを思い出す。自分なりに彼や祖国のために尽くしてきたつもりだったけれど、結局は無意味に終わってしまった。

(結婚かあ。自分には程遠いものになっちゃったな)

 それでも、こうして仕事で携われるのだから構わなかった。
 いつか、あの花嫁と花婿のように、お互いを唯一無二だと思える人と出会えたらいいけれど――。
 しみじみと感じ入っていると、シグルドがそっぽを向いたままポツリと言う。

「……来るだろう、きっと」
「え?」
「君が美しい花嫁になる日は、きっと来る。俺……いや、誰かの隣で」

 そう言い残すなり、彼は「少し用事を思い出した」とまくし立てて店内を飛び出していってしまった。残されたアンネリーゼは、なにが起こったのかと目をパチパチさせる。

(シグルド殿下、今の、どういう意味ですか――?)

 自分に都合よく要約すると、『君が花嫁になる日はきっと来る。俺の隣で』。

(い、いやいやいや、なにそれ、殿下がそんなことをおっしゃってくれたはずないわ……! 聞き間違い、そうね、つぶやいていらっしゃったからよく聞こえなかったもの)

 それでもじわじわと顔が熱くなってしまい、アンネリーゼはその場でうずくまる。
 そんなアンネリーゼとシグルドのやり取りを、花嫁と花婿が、そっと見守っていたことにも気づかずに。