追放令嬢、隣国の王太子と異世界ウェディング事業を始めます!

 シグルドと共に王家管轄の宝物庫を訪れたアンネリーゼは、山積みにされた古いドレスを前に目を輝かせていた。
 アルシェリア王国の財政状況は芳しくないとはいえ、王家にはかつて使われた上質な絹やレースのドレスが眠っている。
 平積みされたまま埃をかぶっているドレスの一着を手に取り、アンネリーゼはうなった。

(これはもったいない……。まさに宝の持ち腐れ。これらを使わない手はないわ)

 扉口に立ち、こちらの反応を窺っているシグルドを振り返る。

「殿下。これ、リメイクすれば見違えるほどキレイになりますわ!」
「リメイク……察するに、作り直す、ということか? 君はたまに聞き慣れない言葉を使うな。君の祖国で用いられている言葉なのか?」
「え」

 無意識に言い慣れている言葉を発してしまっていることに気づき、アンネリーゼは口をつぐむ。まさか前世で使っていた言葉だとは説明できない。
 口ごもっているアンネリーゼに、シグルドが慌てて駆け寄る。

「ああ、すまない、君を責めたかったわけではないのだ。ただ、なんと言えばいいのか……君の考えていることを理解したいというか、君のことをもっと知りたいというか――」
「……え?」

 アンネリーゼは、シグルドから不意に発せられた言葉で、じわじわと顔に熱が集まってくる。

(『君のことを知りたい』って……殿下はそんなふうに思ってくださっているの?)

 シグルドの信頼が、とても光栄でうれしかった。
 ろくに事情も話さず、隣国から逃げるようにやってきた自分。そんな己を、疑うことなく受け入れてくれていることがわかって。

(どうしよう……すごくうれしい)

 行き場を失っていたさびしさや孤独感が埋められていくようで、アンネリーゼは目を潤ませる。それを、ショックを受けさせてしまったと勘違いしたらしいシグルドは、ますます戸惑いながら周囲を見渡した。

「アンネ、変なことを言って驚かせてすまない。他意はないんだ。俺は、本当に君のことを尊敬していて……。そうだ、お詫びというわけではないが、ここにあるものでなにか気に入ったものはあるか? よければ、君に贈らせてもらいたいんだが」
「わたしなどに……ですか? いえ、この国に置いていただけているだけでもありがたいことなので、殿下からなにかいただくわけには――」

 そうは答えつつも、アンネリーゼの視線はある一点で釘付けになった。
 山積みになった金銀財宝の隙間で、ひときわキレイな光を放っていたのは、細かな透かし彫りが施された金の腕輪だった。中央にはめ込まれた大粒の宝石は、アンネリーゼの瞳と同じ、深く澄んだ菫色の輝きを宿している。
 さらにその周囲には、まるで陽光を閉じ込めたかのように、金茶色の小さな宝石たちが菫色の石を優しく包み込むように散りばめられていた。

(……わたしの瞳の色を、シグルド様の瞳の色が守ってくださっているみたいだわ)

 それは、いつも真剣なまなざしでアンネリーゼを射抜き、時に優しく細められる彼の瞳そのものの色だった。自分を象徴する色が彼の瞳の色に慈しまれているようなその宝飾品に、アンネリーゼは言葉にできないほどのうれしい感情が込み上げてくる。

(なんだか、自分が変だわ。どうしてシグルド様を思うだけで落ち着かなくなるんだろう……)

 ここは話題を変えようと、アンネリーゼは両手を軽く音を立てて合わせる。

「殿下、それよりも今はドレスですわ。ほら、こちらを見てくださいませ!」

 アンネリーゼは手近にあった姿見の前で古いドレスを広げた。それは、年月を経てわずかにアイボリーがかった、けれど上質な絹(シルク)の重みを感じさせる気品あるドレスだった。

(優しい乳白色の生地。お花屋さんの素朴な彼女にきっと似合うわ)

 急に話題を変えられ、シグルドは戸惑いながらもアンネリーゼの持ったドレスを見る。

「ふむ。確かに生地はいいものだが、流行(はや)りも過ぎているのではないか」

 首をかしげるシグルドに、アンネリーゼも同意する。

「殿下のおっしゃるとおり、わたしもこのドレス、今の時代には少しデザインが重厚すぎると思います。そこで、さきほど申し上げたリメイクの手法を用いるのです」

 かつて王侯貴族の令嬢だけがまとうことを許されたその衣装は、袖口や裾に繊細なレースがたっぷりと施されている。これを眠らせておくのはもったいない。財政状況の厳しいこの国においてはなおさらだ。
 アンネリーゼは、思いついたリメイク案をシグルドに語り始める。

「まず、この野暮ったく見えるウエストのラインを現代風にキュッと絞りましょう。そして、デコルテにはこの国特有の刺繍を新しくあしらうのです。そうすれば、古臭さは消えて、驚くほどオシャレで洗練された一着に生まれ変わりますわ」
「うえすと、らいん、でこるて……な、なるほどな?」
「はい! さらに、仕上げとして、モデルケースとなるあのお花屋さんの娘さんが丹精込めて育てた花を、ヘッドドレスやブーケとして飾るのです」

 我ながらなんて名案なのだ、とアンネリーゼは踊り出しそうなほど舞い上がっている。
 ……傍らのシグルドが圧倒されていることにも気がつかずに。
 アンネリーゼは己を落ち着けると、姿見に映ったアイボリー色のドレスに微笑みかける。

「王家に眠っていたドレスが、市井の娘さんでも手が届く『レンタルドレス』として蘇る……。誰もがキレイなお姫様になれる、そんな魔法のような事業の象徴になるはずです」

 説明を隣で聞いていたシグルドは、感心したように、そしてどこかまぶしそうな表情で、リメイク前のドレスとアンネリーゼを交互に見つめる。

「……そうだな。君の案はもちろんなのだが、なにより君の熱意はきっと人々に届く。すでに俺も、君を見ていると元気と勇気をもらえるようだ。俺にとって、君とこうして出会えたことは――幸運なのだろうな」
「……っ!」

 シグルドが、まるで不意打ちのようにふわりと屈託のない笑みを浮かべる。
 いつもは真剣なまなざしで国や民を思い、どこか険しさのあった金茶色の瞳が、今はまるでお日様のように優しく細められている。年相応の少年のように純粋で、温かな笑顔。
 アンネリーゼの鼓動がドクンと大きく跳ねる。

(……ずるいなあ、そんなふうに笑うなんて)

 まっすぐに自分を肯定し、出会えたことを〝幸運〟だと言ってくれる彼の言葉が、胸の奥にじわりと広がっていく。元婚約者には決して向けられることのなかった真心。その温かさに、アンネリーゼは高鳴る胸を必死に押さえることしかできなかった。