追放令嬢、隣国の王太子と異世界ウェディング事業を始めます!

 翌朝、アンネリーゼは心地よい緊張感と共に、王宮内に与えられた〝ブライダル局〟の執務室にいた。机の上には、レナートとミリーの挙式に向けたプランニングシートが広がっている。それを見つめるアンネリーゼの目は、生き生きと輝いている。

「……うーんと、会場はレナート様の実家の裏に広がるスミレの草地。ドレスは王家の古い絹のドレスをリメイクして、スミレの刺繍(ししゅう)をあしらうことにして。うん、イメージは完璧だわ」

 アンネリーゼは、羽根ペンを走らせながら前世で培った知識と経験を総動員させる。
 豪華な装飾や高価な宝石がなくても、そこに〝想い〟があれば、それは世界でひとつだけの最高の式になる。それを証明することこそが、王都での最初の一歩であり、国王陛下から与えられた試練への回答になるはずだと思えた。

(それはひいてはこの国の未来に小さな光を灯す……そのきっかけになったらいいな)

 国王陛下から与えられた試練を乗り越えることはもちろん、なにより最愛のシグルドが守ろうとしているこの国の未来を、自分も共に支えぬきたいのだ。自分がこの世界に転生し、そして祖国を追放されてこの国にやって来たこと――その女神の采配の意味はきっとそこにあるのだと確信していた。
 そんな折、執務室の重厚な扉が控えめにノックされた。

「アンネ、仕事中にすまない。入ってもいいだろうか?」
「シグルド様? はい、どうぞお入りください。少し散らかってしまっておりますが」

 机の上に乱雑に置かれている紙やら本やらに目をやる。急いで片づける……といっても机の端に寄せることくらいしかできない。
 扉が開くと、そこには朝の清々しさをまとったシグルドの姿があった。

(あれ……? 他にも誰かいらっしゃる?)

 けれど、今日は彼ひとりではなかった。彼の後ろには、いかにも気品あふれる身なりの青年と、その隣で少し緊張した面持ちでたたずむ可憐な令嬢の姿がある。
 見覚えはない。客人だろうか……。

「おはよう。昨夜はその、よく眠れたか?」
「昨夜……」

 彼の何気ない発言に、お互いに昨夜の出来事を思い出して狼狽してしまう。それを横目に見た青年が、少しからかうように明るく笑った。

「なんだなんだ、ずいぶんと仲睦まじいようで。朝から惚気に当てられそうだよ」
「お兄様! おふたりに失礼ですわよ」

 陽気な性格を思わせる青年を、隣に立つ可憐な令嬢が鈴の鳴るような声で咎めている。

(お兄様……ということは、おふたりはご兄妹なのかしら)

 アンネリーゼが首をかしげていると、シグルドがすぐに表情を引き締めて、連れてきたふたりを紹介する。

「アンネリーゼ、紹介が遅れてすまない。まずはこのいかにも軽薄そうな男は、俺の古くからの友人で、ベルナール伯爵家の長男であるジュリアンだ」
「ずいぶんな紹介文」

 シグルドから〝軽薄な男〟と称されたジュリアンが唇を尖らせている。

(わわわ、ジュリアン様もシグルド様とはまた違った美形……)

 彼は、光の加護を受けたかのように明るい栗色の髪を、少し長めに遊ばせた華やかな美丈夫だった。実直で厳格なシグルドとは対照的な、都会的な雰囲気をまとっている。
 若草色の瞳には常にいたずらっぽい光が宿っており、柔和で整った顔立ちは、シグルドが言うようにどこか〝軽薄〟な、不快ではなくどこか憎めない愛嬌がある。

(この貴公子っぷり、社交界でご令嬢が放っておかないだろうな)

 ジュリアンは女性を惑わすような甘い眼差しを持っている。その身にまとっているのは、最新の流行りを取り入れた繊細な刺繍(ししゅう)が施された上着。きっちりと軍服を着こんでいるシグルドとは服装も対照的だ。
 長身のジュリアンの影から、ひょっこりと令嬢が顔を出す。

「シグルド様、お兄様ばかりのご紹介、ずるいですわ! わたくしのことも、アンネリーゼ様にご紹介くださいませ」
「あ、ああ、すまない。アンネリーゼ、こちらのご令嬢はジュリアンの妹のクラリス嬢だ」
「まあ、やっと出番が回ってまいりましたわ! お初にお目にかかります、アンネリーゼ様。シグルド様から、王都に新しい旋風を巻き起こす、すばらしい女性がいらっしゃるとお聞きしてやってまいりましたの。シグルド様がおっしゃられたとおり、とても可愛らしくてステキな方。お会いできてうれしいわ」

 クラリスはニコニコと楽しそうに笑みながら、アンネリーゼの両手をそっと取る。
 彼女の兄譲りの明るい栗色の髪は、蜂蜜のような艶があり、柔らかなウェーブを描いて肩に流れている。王都の令嬢たちの流行(はや)りをいち早く取り入れたその髪型には、繊細な編み込みに小ぶりな季節の花があしらわれていた。

(まあ、とても可愛らしい髪型! きっと細かいところまでオシャレに気を配るタイプね)

 クラリスの、好奇心に満ちた若草色の瞳が、キラキラと期待に満ちたまなざしでこちらを見つめている。ふっくらとした桃色の小さな唇が愛らしい。周囲をぱっと明るくするような、温かい雰囲気を持っていた。年のころは、自分より少し下といったところだろうか。

(それに、ドレスもよく似合っていらっしゃるわ)

 彼女が身にまとっているのは、伝統的な重厚さよりも、軽やかさと洗練さを重視した淡い色彩のものだった。それはきっと、王都の社交界を彩る〝可憐な花〟そのものだろう。

(ベルナール兄妹、恐るべき美男美女っぷりね! 目の保養、目の保養!)

 シグルドの友人ということもあり、ジュリアンとクラリスからは温かい親愛の情が伝わってくる。これからおふたりとは仲良くさせていただけそうだ――そんな予感がした。