追放令嬢、隣国の王太子と異世界ウェディング事業を始めます!

 触れ合った唇の温かい余韻が、アンネリーゼの体中に心地よい痺(しび)れを残していた。シグルドと見つめ合い、互いの想いを再確認した喜びで、胸がうずく。

(彼のことが好き……。だから、なんとしても彼の役に立ちたい)

 居場所を失っていた自分を彼が救ってくれたように、今度は自分が彼を助けたい。己にできることなどわずかだけれど、彼の信頼に応えたいのだ。

(彼が誇りだと言ってくれた、そんな自分でいられたらいいと思っているから)

 アンネリーゼは深呼吸をして、火照(ほて)った頬を両手で軽く叩いた。
 国王陛下から与えられた試練、そして王都の人々に希望を灯すという重責。それらを果たすための〝鍵〟となるふたりに、一刻も早く会わなければならない。
 アンネリーゼは、シグルドの手を両手でそっと取る。

「行きましょう、シグルド様。そのおふたりのもとへ」
「……ああ。そうだな。さきほどは急に熱弁を振るうから驚いたが、君のそういうまっすぐなところが、俺は、その、とても……」

 シグルドは言いかけて言葉を呑(の)み込むと、照れ隠しのように力強くアンネリーゼの手を引いた。 アンネリーゼも赤くなった顔を伏せながら、彼の後に続く。
 ……ふたりの火照った熱は、しばらく収まりそうになかった。


***


 アンネリーゼたちは王宮を後にし、シグルドが手配した簡素な馬車に揺られて王都の下町へと向かった。白亜の城がそびえる洗練された中心部とは異なり、下町の路地は建物がひしめき合い、人々の暮らしの匂いが色濃く漂っている。けれども、やはりここでも、通りを行く人々の顔にはどこか諦めのような色が混じっていた。

(これは……改革は一筋縄ではいかないかもしれないわ)

 馬車の窓から町並みを眺めながら、アンネリーゼは奮い立つ。

「ここだ。友人のレナートが借りている隠れ家のような場所だ」

 馬車が止まったのは、大通りから一本入った静かな裏路地にある、小さな石造りのアパートメントの前だった。シグルドにエスコートされて馬車を降りたアンネリーゼ。シグルドが、重い木製の扉を叩いた。
 しばらくして、中から警戒するような足音が近づき、細く扉が開かれる。

「……シグルド様? どうしてこのような場所に」

 そこに立っていたのは、整った顔立ちにどこか寂しげな影を宿した、栗色の髪の青年だった。シグルドの友人のひとりであり、下級貴族の次男であるというレナートだ。アンネリーゼにレナートのことを簡単に紹介したシグルドが、今度はこちらを紹介する。

「急にすまない、レナート。君に紹介したい女性がいるんだ」

 シグルドの言葉に、レナートの視線がこちらへと向けられた。
 アンネリーゼは優雅に、けれど親しみやすさを込めて一礼する。

「初めまして、レナート様。アンネリーゼ・フォン・エルディナと申します。シグルド様から、あなたと、あなたの大切な女性のお話を伺いました」
「アンネリーゼ様……。お見かけしないお顔とお見受けいたしますが、もしや隣国からいらした方でしょうか。エルディナという家名には聞き覚えがございます。それにその洗練された美しさ、名のある身分のご令嬢でいらっしゃるのでしょう」
「……そのとおりだ。彼女の身分は俺が保証しよう」

 シグルドが答え、うなずいたレナートに部屋の中に招き入れられる。そこにはひとりの娘が座っていた。派手さはないが、春の陽だまりのような優しい雰囲気を持つ、市井(しせい)の娘のようだ。「名をミリーと申します」と、レナートが紹介する。
 ふたりは互いに身を寄せ合い、どこか悲壮な決意を固めたような瞳でアンネリーゼたちを見つめていた。
 レナートが遠慮がちに口を開く。

「……シグルド様。察するに、俺たちふたりの関係の件でお話にきてくださったのでしょう。わざわざお越しいただいたところを申し訳ありませんが、もう決めたことなのです。この不作で家も困窮(こんきゅう)しており、身分違いの恋を貫く余裕など、今の俺たちにはありません」

 レナート様の絞りだすような声に、ミリーが悲しげに顔を伏せる。

(身分、お金、周囲の目……。前世でも、そんな理由で愛し合うふたりが引き裂かれるのを何度も見てきたわ)

 さまざまな事情によって恋人関係を解消することを選び、今なお断ち切れない想いに後悔しているふたりの姿が、アンネリーゼの胸に深く刻まれていた。

(そうなってしまっては、ウェディングプランナーの自分には、何もできなかった……)

 でも、だからこそ。
 レナートとミリーにはそのような悲しい思いをしてほしくない、ふたりが上手くいくようにできる限りの力を尽くさせてほしいと思うのだ。

(あ……)

 アンネリーゼは、レナートの手を優しく握っているミリーの指先が微(かす)かに震えているのを見逃さなかった。レナートとミリーの言葉は本意ではないのだ。

(……そうよね。本音は、愛する人と一緒にいたい、添い遂げたいわよね)

 そう心を固めると、少し強めの口調で尋ねる。

「レナート様、ミリーさん。おふたりは、本当にお互いを諦められるのですか?」

 ふたりはハッとしたように顔を上げた。これは、もう一押しかもしれない。

「〝奇跡〟は、ただ待っているだけでは訪れません。けれど、想い合うおふたりの心が本物なら、わたしがそれを形にしてみせます。誰もが反対できないほどに美しく、誰もが祝福したくなるような、最高の結婚式という名の〝魔法〟を使って」

 こちらの眼差しに宿るプロとしての情熱に、レナートは圧倒されたように目を見開いた。隣ではシグルドが、誇らしげに目を細めて見守ってくれている。

「レナート。アンネの言葉は、嘘ではない。俺も、彼女の魔法でこの国が変わるのを、目の当たりにしてきたからな」
「シグルド様……」

 シグルドの力強い言葉に後押しされるように、レナートとミリーの表情に、小さな、けれど確かな希望の光が宿り始めた。彼の言葉に勇気をもらったのはこちらも一緒で、アンネリーゼは確信を持って微笑む。

「一見叶わない恋を、わたしたちのプロデュースで誰もが羨む幸福へと変えてみせます。おふたりの幸せな笑顔こそが、この王都に大きな変化をもたらせてくれるはずです」

 このふたりの門出をプロデュースすること。それが、アルシェリア王国でのブライダル事業における新たな軌跡になるのだと、重なる鼓動と共に強く感じていた。