追放令嬢、隣国の王太子と異世界ウェディング事業を始めます!

 謁見の間に重々しい沈黙が降りたあと、国王陛下は深く、重みのある息を吐きだした。その鋭い眼光がわずかに和らぎ、隣に座る王妃と視線を交わす。

「……よかろう。アンネリーゼ嬢、そなたの覚悟、しかと受け取った。シグルドがこれほどまでに強く推す理由が、その瞳を見ればわかる気がする」

 国王陛下は玉座の肘掛けをゆっくりと叩き、宣言するように言葉を続けた。

「この王都においても、そなたの言う〝ブライダル事業〟の有用性を証明してみせてもらおう。人々の心に希望を灯し、この国に活気を取り戻すことが叶えば、その時は正式にそなたをシグルドの婚約者として、そしてこの国の未来を担う者として認めよう」
「――ありがとうございます、陛下!」

 アンネリーゼは、今度はシグルドと共に深く、深々と頭を下げた。胸の奥から心地よい緊張感が沸き上がってくる。

(わたしは、チャンスをいただけたのだわ……!)

 ここで己の実力を示せれば、いずれ国王となるシグルドの隣に立つ資格を得られるのだ。負けるわけにはいかない、失敗するわけにはいかない。

(大丈夫。わたしならきっとやれる)

 ここがウェディングプランナーとして……いや、前世社会人としての腕の見せ所だと、アンネリーゼは奮い立っていた。


***


 謁見の間を辞し、静まり返った回廊へと足を踏みだすと、シグルドが待ちきれない様子でアンネリーゼの手をそっと包み込んだ。

「……よく言った、アンネ。父上たちの前であれほど堂々と振る舞えるとはな。誇らしい」
「ふふ、ありがとうございます。そう言っていただけるとうれしいです。隣にあなたがいてくださったから頑張れたんです」

 シグルドは、瞳を細めて愛おしげにこちらを見つめると、回廊の柱の影に誘うように足を止めた。

「父上は、結果を求めておられる。君も承知しているとおり、この国には呑気に構えていられる余裕がないからな。……だが、俺は確信しているんだ。君の情熱があれば、王都の人々も必ず笑顔になれると。あの城塞都市での光景のように」

 そう言ってシグルドは、アンネリーゼの額にそっと唇を寄せた。ホッと安心する彼の匂いに包まれて、緊張で強張ったままだった体から余計な力が抜ける。
 アンネリーゼは、甘えるように彼の背中に腕を回した。

(……そんなふうに信じられてしまったら、どんな困難だって乗り越えられるわ)

 アンネリーゼは熱くなった顔を隠すように、シグルドの広い胸に身を預けた。
 彼の信頼に応えるため、そしてやっと見つけたこの居場所を守るためにも――ここで及び腰になるわけにはいかなかった。


 それから数日。アンネリーゼはシグルドの計らいにより、王宮の一角に〝ブライダル局〟としての活動拠点を与えられた。王都の街並みを見下ろせる、日当たりの良い一室だ。
 アンネリーゼはさっそく、前世のウェディングプランナーとしての知識を総動員し、王都での〝モデルケース〟となる新郎新婦を探し始めた。
 けれど、王都の状況は、国境の街以上に複雑だった。貴族たちは体裁(ていさい)を重んじるあまり、この不況下でも身の丈に合わない贅沢な式を挙げようとして借金を重ねるか、あるいは逆に、一切の祝い事を禁じて心を閉ざしてしまうかの両極端に分かれていた。

(虚飾で作り上げた式も、この先を悲嘆して式すらも挙げないことも、どちらも幸せな未来には繋がらない……)

 ――うーん、なにかいい方法はないかなあ。
 アンネリーゼは、窓の外を眺めながら瞳を曇らせた。通りを行く人々は、白亜の王宮の美しさとは裏腹に、どこか疲れ切り、ひとりで下を向いて歩いている者が多い。

「アンネ、根を詰めすぎるなよ」

 背後からかけられた声に振り返ると、差し入れの茶菓子を手にしたシグルドが立っていた。彼は机の上に広げられた膨大な資料――王都の人口推移や、貴族たちの婚姻状況を記した名簿――を見て、少しだけ目を見開く。

「ずいぶんとたくさんの資料に目をとおしたようだな。君は勉強家だな。そうとはいえ、さっそく壁に当たっているようだが……。なにか、俺にできることはあるか?」
「シグルド様、ありがとうございます。ええ、実は少し相談があって」
「俺でよければ、聞こう」

 頼られたことがうれしかったのか、彼はうきうきとした様子で返事をすると、アンネリーゼが腰かけていた長椅子の隣に腰を下ろす。机の上に広がっていた資料を手早くまとめると、端に寄せ、そこに持ってきたばかりの茶菓子の盆を置いた。

(そういえば、もうすっかり殿下が隣にいてくださることに慣れたなあ)

 彼とふたりで、当たり前のように隣り合って座れることがくすぐったい。
 小さな幸せを感じながら、アンネリーゼは彼の端正な横顔を見やる。

「シグルド様。王都での第一号は、単なる成功例ではいけないと思うのです。王都中の人々が〝自分たちもこうなりたい〟と心から願えるような、そんな象徴となるカップルが必要不可欠ですわ。初動はインパクトが必要ですから」
「象徴、か」
「はい。例えば……そうですね、身分差を越えて愛し合っているけれど、周囲の反対や経済的な事情で諦めかけているような、そんなおふたりはいらっしゃいませんか?」

 一見叶わない恋を、ウェディングのプロデュースという名の魔法で、誰もが祝福したくなるような光へと変えてみせる。それが、この王都に希望の光を灯すための、最初の一歩になるはずだ。
 シグルドはしばし考え込んだあと、ハッとしたように顔を上げた。

「……心当たりがある。俺の友人のひとりに、下級貴族の次男がいるのだが、彼は市井の娘と恋に落ちている。だが、家格の違いと、この不作による困窮を理由に、結婚を断念しようとしているらしい」

 アンネリーゼは勢いよく立ち上がった。

「それですわ、シグルド様! そのおふたりこそ、王都に光を灯すための鍵となるはずです! そのような些細な事情で相手を諦めてはいけないと思うのです! だって、好きになる人、愛することができる人を見つけるって奇跡みたいなことでしょう?」

 勢いで熱弁したアンネリーゼは、シグルドを見下ろした体勢で、はたと固まる。
 好きになる人、愛することができる人は、自分にとっては彼になるわけで――。
 まるで彼への告白のようになってしまって、真っ赤になった顔を両手で覆い、力なく長椅子に座り込んだ。

「……ごめんなさい。とても恥ずかしいことを言ってしまいました……」
「そんなことはない。君が、俺との出会いを大切に思ってくれていることがわかって、うれしかった。……俺も、そう思っているから」

 顔を覆っている指の隙間から彼を盗み見ると、彼は耳もとを真っ赤に染めて、気恥ずかしそうにそっぽを向いていた。王太子としての凛々しい姿はどこへやら、まるで自分の初めての感情に振り回されている少年のように戸惑う彼の姿が、今の自分にはたまらなく愛おしく感じられた。

(シグルド様も、同じ気持ちでいてくださったのね……)

 温かいなにかが全身に広がっていく。彼と至近距離で見つめ合うと、吸い寄せられるように互いの柔らかな唇が重なった。それは、かつて焚き火のそばで交わしたあの夜の約束を、より深く刻み込むような甘い口づけ。

(叶わない恋を叶える……。それはもしかしたら、わたしの状況に似ているのかもしれない)

 困難な状況にあるふたりを、最高の幸せへと導く。それこそが、アルシェリア王国の壁を打ち破るための、自分の新たな軌跡になるのだ。
 その確信が、重なる体温と共にアンネリーゼの心を満たしていった。