白亜の城が空を突くようにそびえ立つ、アルシェリア王国の王都。馬車の窓から見えるその光景は、国境の街とは比較にならないほど壮大で、これから始まる新たな試練をアンネリーゼに予感させた。けれども、シグルドが事前に漏らしていたとおり、広場を過ぎて王宮に近づくにつれ、周囲を包む空気はどこか硬く、保守的な重圧が漂っている。
(やはり王都全体に活気がない……。皆、なにかに怯えているように見えるわ)
国の窮状に直面し、皆、未来を不安視しているのだろう。
この状況に一石を投じることが、事業責任者としての自分の役目だ。
(いよいよ、本当の戦いが始まるのね。怯んではいられない。彼のためにも、全力を尽くしてみせる)
アンネリーゼは、まるで癖になったかのように、胸もとで輝く菫色のブローチにそっと触れた。シグルドが心を込めてリメイクしてくれた、この世界で一番大切な宝物。指先から伝わるその感触が、不思議と前を向く勇気を与えてくれる。
隣に座るシグルドが、こちらの緊張を察したかのように、大きな手をこちらのそれの上に乗せた。彼の温かい体温が伝わってくる。
「大丈夫だ、アンネ。父上たちは君の功績を認めている。早馬を飛ばして、いち早く俺と君が王都に訪れる旨を伝えておいたからな。安心して、俺の隣にいてくれ」
「ありがとうございます。国王夫妻のお眼鏡に適うよう、精一杯力を尽くします」
シグルドの信頼に応えるべく、アンネリーゼは深く息を吸って背筋を伸ばした。
やがて馬車が止まり、黒塗りの重厚な扉が開かれた。シグルドにエスコートされ、一歩外へ踏みだすと、そこには白亜の城壁が天高くそびえ立ち、まばゆいばかりの陽光を反射していた。見上げるほどに巨大な王宮は、国境の街の質実剛健な建物とは異なり、繊細な彫刻が施された円柱や、アルシェリア王国の紋章が描かれた旗がたなびいている。王都ならではの威容を誇っていた。
(グランディール王国の王宮もそれは壮大だったけれど――ここはまた違った趣きだわ)
祖国の王宮は、まるで王家の権威をこれ見よがしに誇示するかのように金や銀の装飾がいたるところに施された、ごてごてとした煌びやかさに満ちていた。
それに比べ、目の前にあるアルシェリア王国の王宮は、洗練された上品な美しさを備えている。華美な虚飾に頼らずとも気高い威厳を感じさせるそのたたずまいは、安易に聖獣の加護に頼ることなく、自らの足で国を救おうと奔走するシグルドの、実直で気高い在り方を象徴しているようにアンネリーゼの目に映った。
シグルドの凛とした横顔が、こちらに向けられる。
「アンネ、行こう。父上と母上に、早く君を、その、紹介したい」
どことなくソワソワしているシグルドが、王太子の威厳は影を潜め、なんともかわいらしい。アンネリーゼの強張っていた心も和やかになる。
「はい。わたしも早く、国王ご夫妻にお目通りさせていただきたいです」
アンネリーゼはシグルドの腕に手を添え、王宮へと足を踏み入れる。城内へと続く回廊は、その美しさとは裏腹に、ぴんと張り詰めたような、厳格な空気に満ちていた。高い天井に、ふたりの靴音が規則正しく響き渡る。壁に並ぶ近衛兵たちの鋭い視線に、アンネリーゼは無意識に肩を強張らせた。
(……大丈夫よ、アンネ。前世でだって、こういった緊迫した場面は何度も乗り越えてきた。自分の今までの経験と実力を、信じるのよ)
そうしてたどり着いた観音開きの扉の前。左右に控えた近衛兵の手によって、重厚な装飾が施された扉が静かに押し開かれる。その先に広がっていたのは、息を呑むほどに広大で、天を仰ぐほどに高い天井を持つ『謁見の間』だった。
天井には細やかな彫刻が施されており、高窓から差し込む一筋の陽光が、塵ひとつない白亜の大理石の床に幻想的な光を落としている。かつて過ごしたグランディール王国の飾り立てられた空間とは対照的に、静謐(せいひつ)で洗練された気品に満ちていた。
壁面を彩る深い青色の紋章旗が、広間の厳かな静寂の中に、アルシェリア王国の威信を感じさせている。
アンネリーゼは圧倒されてしまう心を抑え込みながら、毅然と顔を上げる。
入り口から正面の玉座へと続く長い青い絨毯の両脇には、銀の甲冑を纏った近衛兵たちが微動だにせず居並んでいた。
その一番奥、ひときわ高い段の上に設えられた二つの玉座には、アルシェリア王国の頂点に立つ国王夫妻が、威厳あるたたずまいで腰を下ろしていた。
(やはり王都全体に活気がない……。皆、なにかに怯えているように見えるわ)
国の窮状に直面し、皆、未来を不安視しているのだろう。
この状況に一石を投じることが、事業責任者としての自分の役目だ。
(いよいよ、本当の戦いが始まるのね。怯んではいられない。彼のためにも、全力を尽くしてみせる)
アンネリーゼは、まるで癖になったかのように、胸もとで輝く菫色のブローチにそっと触れた。シグルドが心を込めてリメイクしてくれた、この世界で一番大切な宝物。指先から伝わるその感触が、不思議と前を向く勇気を与えてくれる。
隣に座るシグルドが、こちらの緊張を察したかのように、大きな手をこちらのそれの上に乗せた。彼の温かい体温が伝わってくる。
「大丈夫だ、アンネ。父上たちは君の功績を認めている。早馬を飛ばして、いち早く俺と君が王都に訪れる旨を伝えておいたからな。安心して、俺の隣にいてくれ」
「ありがとうございます。国王夫妻のお眼鏡に適うよう、精一杯力を尽くします」
シグルドの信頼に応えるべく、アンネリーゼは深く息を吸って背筋を伸ばした。
やがて馬車が止まり、黒塗りの重厚な扉が開かれた。シグルドにエスコートされ、一歩外へ踏みだすと、そこには白亜の城壁が天高くそびえ立ち、まばゆいばかりの陽光を反射していた。見上げるほどに巨大な王宮は、国境の街の質実剛健な建物とは異なり、繊細な彫刻が施された円柱や、アルシェリア王国の紋章が描かれた旗がたなびいている。王都ならではの威容を誇っていた。
(グランディール王国の王宮もそれは壮大だったけれど――ここはまた違った趣きだわ)
祖国の王宮は、まるで王家の権威をこれ見よがしに誇示するかのように金や銀の装飾がいたるところに施された、ごてごてとした煌びやかさに満ちていた。
それに比べ、目の前にあるアルシェリア王国の王宮は、洗練された上品な美しさを備えている。華美な虚飾に頼らずとも気高い威厳を感じさせるそのたたずまいは、安易に聖獣の加護に頼ることなく、自らの足で国を救おうと奔走するシグルドの、実直で気高い在り方を象徴しているようにアンネリーゼの目に映った。
シグルドの凛とした横顔が、こちらに向けられる。
「アンネ、行こう。父上と母上に、早く君を、その、紹介したい」
どことなくソワソワしているシグルドが、王太子の威厳は影を潜め、なんともかわいらしい。アンネリーゼの強張っていた心も和やかになる。
「はい。わたしも早く、国王ご夫妻にお目通りさせていただきたいです」
アンネリーゼはシグルドの腕に手を添え、王宮へと足を踏み入れる。城内へと続く回廊は、その美しさとは裏腹に、ぴんと張り詰めたような、厳格な空気に満ちていた。高い天井に、ふたりの靴音が規則正しく響き渡る。壁に並ぶ近衛兵たちの鋭い視線に、アンネリーゼは無意識に肩を強張らせた。
(……大丈夫よ、アンネ。前世でだって、こういった緊迫した場面は何度も乗り越えてきた。自分の今までの経験と実力を、信じるのよ)
そうしてたどり着いた観音開きの扉の前。左右に控えた近衛兵の手によって、重厚な装飾が施された扉が静かに押し開かれる。その先に広がっていたのは、息を呑むほどに広大で、天を仰ぐほどに高い天井を持つ『謁見の間』だった。
天井には細やかな彫刻が施されており、高窓から差し込む一筋の陽光が、塵ひとつない白亜の大理石の床に幻想的な光を落としている。かつて過ごしたグランディール王国の飾り立てられた空間とは対照的に、静謐(せいひつ)で洗練された気品に満ちていた。
壁面を彩る深い青色の紋章旗が、広間の厳かな静寂の中に、アルシェリア王国の威信を感じさせている。
アンネリーゼは圧倒されてしまう心を抑え込みながら、毅然と顔を上げる。
入り口から正面の玉座へと続く長い青い絨毯の両脇には、銀の甲冑を纏った近衛兵たちが微動だにせず居並んでいた。
その一番奥、ひときわ高い段の上に設えられた二つの玉座には、アルシェリア王国の頂点に立つ国王夫妻が、威厳あるたたずまいで腰を下ろしていた。


