確かな愛の約束を交わした後――アンネリーゼとシグルドは、ふたりの時間を惜しむように、焚き火のそばで寄り添って座っていた。
アンネリーゼは、隣に座る彼の広い肩に、そっと頭を寄せる。彼の温かい体温が、通じ合った心にこの上ない安らぎを与えてくれる。シグルドの大きな手が、寄せられたこちらの頭を愛おしげになでた。そうして夜空に浮かぶ無数の星々を見上げながら、静かに口を開く。
「アンネ。……この国の窮状を考えると、これから君には多くの苦労をかけることになるだろうと思う。決して平坦な道ではないはずだ」
その金茶色の瞳には、王太子として国を背負う責任感と、こちらを思いやる優しさが混ざり合っている。
アルシェリア王国は今、気候変動による不作や少子化という大きな壁に直面している。王都へ戻れば、危機感に苛まれている国王夫妻への婚約の説得や、ブライダル事業の本格的な立ち上げなど、困難な道のりが待ち受けているはずだ。
(やれるだけのことは、やってみよう。彼が一緒にいてくれるのだもの。なにがあっても、きっと乗り越えられるわ)
シグルドだけではない、共に歩むと決めたエルドランや、力強いファヴニールもそばにいてくれるのだ。自分はもう、決してひとりではない。そう思うだけで、胸の奥から百人力の勇気が湧き上がってくるようだった。
シグルドもまた、こちらと同じことを思っていたのだろう、アンネリーゼとつないだままの手にさらに力を込める。
「それでも、俺と一緒に立ち向かってくれ。……君がそばにいてくれるだけで、俺はどこまでも強くなれる気がするんだ」
彼から向けられたまっすぐな信頼と、飾りのない愛の言葉。胸の奥がキュッと締めつけられるような、熱い感情があふれ出してくる。
祖国を追われて絶望の中にいたときに、新しい居場所と生きる意味をくれたのは、他ならぬ彼だった。
(誰よりも大切な彼のために、こうして一緒に頑張れること――こんな幸福なことって、ない。彼の役に、立ちたい!)
アンネリーゼは彼の肩に顔を埋めるようにして、力強くうなずいた。
「……はい! わたしも、どんなことがあっても、シグルド様と共に歩んでいきたいです。この国に、たくさんの幸せ笑顔をプロデュースするために」
その答えを聞いたシグルドは、ホッとしたように頬をゆるめた後、お日様みたいに温かい笑みを浮かべた。
(ああ、殿下のそのかわいらしい笑顔、好きだなあ)
彼が時折浮かべる屈託のない少年の笑顔。自分はそれが大好きなのだ。
まるで、心を許してくれている人だけに向けられる特権のような気がして。
アンネリーゼはいたずら心が芽生えて、そばにあった彼の頬に、自分からそっと口づける。恋人だからこそできることだった。
「……っ!」
不意打ちに驚いて、耳もとまで赤くなっている彼が、本当に愛おしい。いたずら大成功、とくすくすと小さく笑っていると、お返しとばかりに、彼に後頭部に手を回されてそのまま口づけられた。
焚き火の炎に照らされた二人の影が、ひとつに重なり合う。これから始まる新しい物語が、この国の未来を明るく照らす光になることを信じて、アンネリーゼは静かな夜のひとときを噛みしめていた。
***
翌朝、差し込む温かい朝陽にまぶたを押し上げると、アンネリーゼの胸には昨夜の余韻が甘く思い出されていた。
(わたし、本当にシグルド様の婚約者になったんだよね……)
指先でそっと唇に触れると、焚き火の爆ぜる音の中で交わした、あの熱い体温が脳裏をよぎる。持ち歩いている手鏡で身なりを整え、胸もとに菫色のブローチを添える。シグルドが「俺の生涯の妻として迎えたい」と真剣なまなざしで語ってくれた言葉は、今も耳の奥で心地よく響いていた。
(彼の婚約者として、ふさわしい人物になりたい)
一国の王太子の隣に立つということは、彼の背負う責任を共にするということだ。仮にもし自分が失態をすれば、彼の王太子としての立場に傷をつけてしまうことになる。
(彼と両想いになったからといって、浮かれているだけではいけないわ。気を引き締めないと!)
パンパンと軽く頬を叩いてから、アンネリーゼは皆が集まっている野営の輪へとゆっくり歩み寄った。片付けを終えたシグルドが、こちらに気づいて歩み寄ってくる。その金茶色の瞳は、朝の光を浴びていつになく晴れやかだった。
「おはよう、アンネ。……その、昨夜は、よく眠れたか?」
シグルドは、当たり障りのない話題を探しつつ、どこか気恥ずかしそうに見える。それが伝染してしまい、自分のまた急に恥ずかしくなってうつむいた。
「は、はい、シグルド様。おかげさまで、とても幸せ気持ちで……」
(――って、幸せってわたし、あからさますぎる……!)
つい本音が出てしまって、アンネリーゼはさらにいたたまれなくなって両手で顔を覆った。
(あああ、穴があったら入りたいとはこのこと!)
しかし発言を撤回するわけにもいかず、指の間からそーっと彼の様子を窺うと、彼もまたまるで初恋でもした少年のごとくそっぽを向いている。
「そ、そうか、よく休めたならよかった……って、そうではなく」
シグルドは咳払いをすると、愛おしげに目を細め、大きな手でこちらの手を優しく包み込んだ。
「今日からは、俺の隣を歩んでほしい。王都に着けば、いよいよ父上たちへの報告と、ブライダル事業の正式な立ち上げが待っているからな」
「……はい。不束者ですが、これからも殿下のおそばにいさせてください。なにがあっても、わたしは殿下の一番の味方でおります」
「……ああ。ありがとう、アンネリーゼ」
シグルドの低く美しい声でフルネームを呼ばれて、アンネリーゼの鼓動が跳ねる。
(不意打ち、ずるい……っ)
赤い顔のまま、恨めしそうに上目づかいで彼を見ると、彼はどこ吹く風で明後日の方向を向いていた。
エルドランとファヴニールが、そんなふたりの仲睦まじいやり取りを見守っている。
『……上手くいったみたいだね』
『野営を提案してお膳立てしてやった甲斐があったな』
「エルドラン、ファヴニール、出発しましょう!」
「いつまでも寝坊していると置いていくぞ」
自分たちの主人から声がかかる。エルドランとファヴニールは顔を見合わせると、苦笑しながらそちらへ駆け寄った。
こうして――いったんこれまでの穏やかな時間を胸に刻み、アンネリーゼは聖獣たちを伴って王都へと出発した。
アンネリーゼは、隣に座る彼の広い肩に、そっと頭を寄せる。彼の温かい体温が、通じ合った心にこの上ない安らぎを与えてくれる。シグルドの大きな手が、寄せられたこちらの頭を愛おしげになでた。そうして夜空に浮かぶ無数の星々を見上げながら、静かに口を開く。
「アンネ。……この国の窮状を考えると、これから君には多くの苦労をかけることになるだろうと思う。決して平坦な道ではないはずだ」
その金茶色の瞳には、王太子として国を背負う責任感と、こちらを思いやる優しさが混ざり合っている。
アルシェリア王国は今、気候変動による不作や少子化という大きな壁に直面している。王都へ戻れば、危機感に苛まれている国王夫妻への婚約の説得や、ブライダル事業の本格的な立ち上げなど、困難な道のりが待ち受けているはずだ。
(やれるだけのことは、やってみよう。彼が一緒にいてくれるのだもの。なにがあっても、きっと乗り越えられるわ)
シグルドだけではない、共に歩むと決めたエルドランや、力強いファヴニールもそばにいてくれるのだ。自分はもう、決してひとりではない。そう思うだけで、胸の奥から百人力の勇気が湧き上がってくるようだった。
シグルドもまた、こちらと同じことを思っていたのだろう、アンネリーゼとつないだままの手にさらに力を込める。
「それでも、俺と一緒に立ち向かってくれ。……君がそばにいてくれるだけで、俺はどこまでも強くなれる気がするんだ」
彼から向けられたまっすぐな信頼と、飾りのない愛の言葉。胸の奥がキュッと締めつけられるような、熱い感情があふれ出してくる。
祖国を追われて絶望の中にいたときに、新しい居場所と生きる意味をくれたのは、他ならぬ彼だった。
(誰よりも大切な彼のために、こうして一緒に頑張れること――こんな幸福なことって、ない。彼の役に、立ちたい!)
アンネリーゼは彼の肩に顔を埋めるようにして、力強くうなずいた。
「……はい! わたしも、どんなことがあっても、シグルド様と共に歩んでいきたいです。この国に、たくさんの幸せ笑顔をプロデュースするために」
その答えを聞いたシグルドは、ホッとしたように頬をゆるめた後、お日様みたいに温かい笑みを浮かべた。
(ああ、殿下のそのかわいらしい笑顔、好きだなあ)
彼が時折浮かべる屈託のない少年の笑顔。自分はそれが大好きなのだ。
まるで、心を許してくれている人だけに向けられる特権のような気がして。
アンネリーゼはいたずら心が芽生えて、そばにあった彼の頬に、自分からそっと口づける。恋人だからこそできることだった。
「……っ!」
不意打ちに驚いて、耳もとまで赤くなっている彼が、本当に愛おしい。いたずら大成功、とくすくすと小さく笑っていると、お返しとばかりに、彼に後頭部に手を回されてそのまま口づけられた。
焚き火の炎に照らされた二人の影が、ひとつに重なり合う。これから始まる新しい物語が、この国の未来を明るく照らす光になることを信じて、アンネリーゼは静かな夜のひとときを噛みしめていた。
***
翌朝、差し込む温かい朝陽にまぶたを押し上げると、アンネリーゼの胸には昨夜の余韻が甘く思い出されていた。
(わたし、本当にシグルド様の婚約者になったんだよね……)
指先でそっと唇に触れると、焚き火の爆ぜる音の中で交わした、あの熱い体温が脳裏をよぎる。持ち歩いている手鏡で身なりを整え、胸もとに菫色のブローチを添える。シグルドが「俺の生涯の妻として迎えたい」と真剣なまなざしで語ってくれた言葉は、今も耳の奥で心地よく響いていた。
(彼の婚約者として、ふさわしい人物になりたい)
一国の王太子の隣に立つということは、彼の背負う責任を共にするということだ。仮にもし自分が失態をすれば、彼の王太子としての立場に傷をつけてしまうことになる。
(彼と両想いになったからといって、浮かれているだけではいけないわ。気を引き締めないと!)
パンパンと軽く頬を叩いてから、アンネリーゼは皆が集まっている野営の輪へとゆっくり歩み寄った。片付けを終えたシグルドが、こちらに気づいて歩み寄ってくる。その金茶色の瞳は、朝の光を浴びていつになく晴れやかだった。
「おはよう、アンネ。……その、昨夜は、よく眠れたか?」
シグルドは、当たり障りのない話題を探しつつ、どこか気恥ずかしそうに見える。それが伝染してしまい、自分のまた急に恥ずかしくなってうつむいた。
「は、はい、シグルド様。おかげさまで、とても幸せ気持ちで……」
(――って、幸せってわたし、あからさますぎる……!)
つい本音が出てしまって、アンネリーゼはさらにいたたまれなくなって両手で顔を覆った。
(あああ、穴があったら入りたいとはこのこと!)
しかし発言を撤回するわけにもいかず、指の間からそーっと彼の様子を窺うと、彼もまたまるで初恋でもした少年のごとくそっぽを向いている。
「そ、そうか、よく休めたならよかった……って、そうではなく」
シグルドは咳払いをすると、愛おしげに目を細め、大きな手でこちらの手を優しく包み込んだ。
「今日からは、俺の隣を歩んでほしい。王都に着けば、いよいよ父上たちへの報告と、ブライダル事業の正式な立ち上げが待っているからな」
「……はい。不束者ですが、これからも殿下のおそばにいさせてください。なにがあっても、わたしは殿下の一番の味方でおります」
「……ああ。ありがとう、アンネリーゼ」
シグルドの低く美しい声でフルネームを呼ばれて、アンネリーゼの鼓動が跳ねる。
(不意打ち、ずるい……っ)
赤い顔のまま、恨めしそうに上目づかいで彼を見ると、彼はどこ吹く風で明後日の方向を向いていた。
エルドランとファヴニールが、そんなふたりの仲睦まじいやり取りを見守っている。
『……上手くいったみたいだね』
『野営を提案してお膳立てしてやった甲斐があったな』
「エルドラン、ファヴニール、出発しましょう!」
「いつまでも寝坊していると置いていくぞ」
自分たちの主人から声がかかる。エルドランとファヴニールは顔を見合わせると、苦笑しながらそちらへ駆け寄った。
こうして――いったんこれまでの穏やかな時間を胸に刻み、アンネリーゼは聖獣たちを伴って王都へと出発した。


