その後――禁術を破られたルシアードは、自国へと逃げ帰るように去っていった。おそらく彼は、聖獣を道具扱いした報いとして国際的な信頼を失っていくことになるだろう。
(グランディールが心配でないと言えば嘘になるけれど……まずは自分の足場を固めなければ)
自分はまだ、祖国ではない新しい居場所を得始めたばかりだ。いつか祖国や家族と向き合うことになるとしても、まずは自分の自信を取り戻してからでなければ立ち向かえない。
(それに今は、殿下のお傍にいて、彼のお役に立ちたいと思っているから)
アルシェリア王国の王都を目指して馬車を走らせている今、隣に座って窓から外を見やっているシグルドを盗み見る。
彼には、祖国を追放されて途方に暮れていた時と、ルシアードにエルドランを奪われた時――二度も自分のことを救ってもらった。返しても返しきれないほどの恩を感じている。
(殿下が必要としてくだされば、エルドランの〝再生〟の加護でこの国の窮状を少しずつ良い方向に向けることができそうなのだけれど……)
それが一番に彼の心を救うことになると思うのだけれど、彼から申し出がない以上、こちらの自己判断で勝手におこなうわけにはいかなかった。
考えのまとまらないアンネリーゼは、一旦それ以上考えることを放棄して、馬車の揺れに身を任せた。外の景色は、黄金色(こがねいろ)に色づき始めた麦畑がどこまでも続き、穏やかな波のように風に揺れている。遠くには、家々から夕食の準備を告げる煙が小さく立ち上る、のどかな村の風景が広がっていた。
王都まで距離があるため、今夜は街道沿いの森で野営(やえい)をすることになっている。安全面を考慮すれば近くの村に宿泊したほうが最善なのだが、シグルドの意向として、一刻も早く王都へ戻り、ブライダル事業の正式な認可を得たいという思いに加え、白銀のユニコーンと漆黒の黒竜という二体の聖獣を連れた一行が村へ入れば、余計な混乱を招きかねないという配慮からであった。それになにより、エルドランが「ファヴニールと積もる話があるんだ!」と珍しくワガママを言って駄々をこねたため、シグルドがその願いを聞き入れたという理由もあった。
(いろいろ事情はあるとはいえ、野営って楽しみだな。前世のキャンプみたいで)
子どもの頃にアウトドアを楽しんでいた自分としては、ワクワクしてしまう。
それがシグルドと……となると緊張する部分もあるけれど、彼ともっと仲良くなれるきっかけになればいいなと、アンネリーゼは願わずにはいられなかった。
***
パチパチと爆ぜる焚き火の音が、静かな夜の森に響いている。
日が落ちてきたため、シグルドや兵士たちと協力して手早く野営の準備を整え、簡素ながらも温かい食事を終えたところだ。
森の冷たい空気に包まれながらいただく、火にかけたばかりの熱いスープは、これまでの緊張で固まっていた心身をじんわりと解きほぐしてくれた。
アンネリーゼは食後の余韻に浸りながら、シグルドが貸してくれた厚手の毛布にくるまり、静かに焚き火の炎を見つめていた。
少し離れたところでは、白銀の光を放つエルドランと、漆黒の巨体を休めるファヴニールが、同胞(はらから)としての再会を喜ぶように静かに寄り添っていた。聖獣としては若いエルドランに対して、長くアルシェリアの王族と契約を結んできたファヴニールは老齢であるらしい。ファヴニールといると、エルドランはおじいちゃんと孫の関係のように安心するようだった。
聖獣たちの仲睦まじい光景を眺めながら、アンネリーゼは胸もとの菫色(すみれいろ)のブローチにそっと触れる。
(なんて穏やかな時間……。星がとてもキレイだわ)
深く澄んだ夜空を仰ぎ見る。まるで宝石箱をひっくり返したかのように、無数の星たちがきらめいている。一つ一つの光は小さくとも、寄り集まることで夜の静寂を優しく照らしだす。それは、自分がこの国で初めてプロデュースした結婚式で、街の人々の小さな喜びが重なって大きな希望の光となったときの情景に、どこか似ている気がした。
「……アンネ。まだ起きていたのか」
背後からかけられた低い声に、アンネリーゼの鼓動が跳ねる。
振り返ると、そこには焚き火の光に照らされたシグルドが立っていた。その金茶色の瞳が、夜の闇の中で優しく揺れている。
「シグルド様……。はい、エルドランが元気になったのがうれしくて、目が冴えてしまって。あと、そうですね、この穏やかな時間をなるべく楽しんでいたくて」
照れ笑いを浮かべると、シグルドもまた小さく笑った。
「そうか。君がそう言ってくれているのならよかった。……隣、いいだろうか」
(グランディールが心配でないと言えば嘘になるけれど……まずは自分の足場を固めなければ)
自分はまだ、祖国ではない新しい居場所を得始めたばかりだ。いつか祖国や家族と向き合うことになるとしても、まずは自分の自信を取り戻してからでなければ立ち向かえない。
(それに今は、殿下のお傍にいて、彼のお役に立ちたいと思っているから)
アルシェリア王国の王都を目指して馬車を走らせている今、隣に座って窓から外を見やっているシグルドを盗み見る。
彼には、祖国を追放されて途方に暮れていた時と、ルシアードにエルドランを奪われた時――二度も自分のことを救ってもらった。返しても返しきれないほどの恩を感じている。
(殿下が必要としてくだされば、エルドランの〝再生〟の加護でこの国の窮状を少しずつ良い方向に向けることができそうなのだけれど……)
それが一番に彼の心を救うことになると思うのだけれど、彼から申し出がない以上、こちらの自己判断で勝手におこなうわけにはいかなかった。
考えのまとまらないアンネリーゼは、一旦それ以上考えることを放棄して、馬車の揺れに身を任せた。外の景色は、黄金色(こがねいろ)に色づき始めた麦畑がどこまでも続き、穏やかな波のように風に揺れている。遠くには、家々から夕食の準備を告げる煙が小さく立ち上る、のどかな村の風景が広がっていた。
王都まで距離があるため、今夜は街道沿いの森で野営(やえい)をすることになっている。安全面を考慮すれば近くの村に宿泊したほうが最善なのだが、シグルドの意向として、一刻も早く王都へ戻り、ブライダル事業の正式な認可を得たいという思いに加え、白銀のユニコーンと漆黒の黒竜という二体の聖獣を連れた一行が村へ入れば、余計な混乱を招きかねないという配慮からであった。それになにより、エルドランが「ファヴニールと積もる話があるんだ!」と珍しくワガママを言って駄々をこねたため、シグルドがその願いを聞き入れたという理由もあった。
(いろいろ事情はあるとはいえ、野営って楽しみだな。前世のキャンプみたいで)
子どもの頃にアウトドアを楽しんでいた自分としては、ワクワクしてしまう。
それがシグルドと……となると緊張する部分もあるけれど、彼ともっと仲良くなれるきっかけになればいいなと、アンネリーゼは願わずにはいられなかった。
***
パチパチと爆ぜる焚き火の音が、静かな夜の森に響いている。
日が落ちてきたため、シグルドや兵士たちと協力して手早く野営の準備を整え、簡素ながらも温かい食事を終えたところだ。
森の冷たい空気に包まれながらいただく、火にかけたばかりの熱いスープは、これまでの緊張で固まっていた心身をじんわりと解きほぐしてくれた。
アンネリーゼは食後の余韻に浸りながら、シグルドが貸してくれた厚手の毛布にくるまり、静かに焚き火の炎を見つめていた。
少し離れたところでは、白銀の光を放つエルドランと、漆黒の巨体を休めるファヴニールが、同胞(はらから)としての再会を喜ぶように静かに寄り添っていた。聖獣としては若いエルドランに対して、長くアルシェリアの王族と契約を結んできたファヴニールは老齢であるらしい。ファヴニールといると、エルドランはおじいちゃんと孫の関係のように安心するようだった。
聖獣たちの仲睦まじい光景を眺めながら、アンネリーゼは胸もとの菫色(すみれいろ)のブローチにそっと触れる。
(なんて穏やかな時間……。星がとてもキレイだわ)
深く澄んだ夜空を仰ぎ見る。まるで宝石箱をひっくり返したかのように、無数の星たちがきらめいている。一つ一つの光は小さくとも、寄り集まることで夜の静寂を優しく照らしだす。それは、自分がこの国で初めてプロデュースした結婚式で、街の人々の小さな喜びが重なって大きな希望の光となったときの情景に、どこか似ている気がした。
「……アンネ。まだ起きていたのか」
背後からかけられた低い声に、アンネリーゼの鼓動が跳ねる。
振り返ると、そこには焚き火の光に照らされたシグルドが立っていた。その金茶色の瞳が、夜の闇の中で優しく揺れている。
「シグルド様……。はい、エルドランが元気になったのがうれしくて、目が冴えてしまって。あと、そうですね、この穏やかな時間をなるべく楽しんでいたくて」
照れ笑いを浮かべると、シグルドもまた小さく笑った。
「そうか。君がそう言ってくれているのならよかった。……隣、いいだろうか」


