太輔が盛大に階段落ちをキメたあの日、幼馴染五人組のグループラインにその決定的な瞬間を投下したら、祭りのような騒ぎになった。みんなふざけてその写真をアイコンに設定したり、ホーム画面に貼り付けたりして、夜中まで散々太輔をイジり倒した挙句、満足して寝落ちしていた。
五人組、というのは――太輔と俺、そして実家の寺を継ぐことが決まっている「ボウズ」、地元で悪名高いヤンチャな遊び人の「龍」、真面目が行きすぎておせっかいの域に達している「友希」のことだ。
人口の少ないこの町では、幼稚園から高校までが一つの区画に固まっている。年少の頃からずっと一緒で、高校でも当然のようにグループでつるんでいる、いわゆるイツメンだ。
今日は、グループラインの誰かが命名した「光希の回答を写す会」なる集まりが、強引に可決されている。残りの宿題を五人で片付け、その足で『サニモに行こう』という話になっていた。
「SUNNY MALL」――こじゃれた名前に反して、その中身はちょっと寂れたゲーセンとバーガー屋、それに食料品売り場があるだけの、年季の入ったショッピングモールだ。
俺たちが小学生だった頃が、その施設の全盛期。不景気と共にテナントが次々と撤退していった後の、過疎りまくったフードコートは、今や俺たちの格好の溜まり場になっていた。あまりに通い詰めすぎて、掃除のおっちゃんには、全員のフルネームを覚えられている。
「行ってきます。……母さん? 俺、もう出るからね」
勉強道具の入った鞄を玄関に置いてサンダルを履いていると、奥から母さんが固定電話の受話器を耳に押しつけて、険しい声で何か喋っているのが聞こえる。
邪魔しないようにその切れ目を待っていると、母さんは珠暖簾を激しく弾き飛ばして、血相を変えて玄関へと駆け寄ってきた。
「待って、光希! 大変なの……太輔くんが交通事故に遭って、今、病院に居るって!」
担ごうとした鞄が肩から滑り、三和土にドサッと音を立てて落ちた。
「えっ……病院って……。あいつ、加藤醫院に居んの?」
「違うの、大きい方! ほら、ひまわりのマークの。合唱コンクールやった建物の奥にある……」
「向山病院ってこと?」
軽い怪我だと思っていた。なのに、まさかの大きい方。田んぼ道が延々と続き、防風林だけがところどころに立っている、この町と市街地のちょうど中間あたりにある総合病院だ。
よっぽどの大怪我でもしない限り、あそこに運ばれることはない。
「そう。救急車で運ばれて、今……現場に警察も来て、大騒ぎになってるみたいなの」
想像した瞬間、一つの映像が頭に浮かんだ。俺といつも待ち合わせをする、オレンジ色の錆だらけのカーブミラー。その真下のアスファルトに、ひしゃげた残骸が横たわっている。高校入学のタイミングで太輔と一緒に買い替えた、銀色の自転車だ。
倒れたままのそれは、細い車輪だけがくるくると回り続けて、チッチッチッ、と虚しいラチェット音だけを響かせている。けれど、そこに倒れている太輔の姿だけは、どうしても思い描くことができなかった。
「光希、ちょっと待ちなさい! 光希!」
母さんの声が遠くなる。
こんなに肺を目一杯広げて呼吸しながらペダルを漕いだのは、いつぶりだろう。部活でもない、体育でもない。ただただ、早く着かなければならないという一心だけで、足が動いていた。
農道のアスファルトは継ぎ接ぎだらけで、ところどころ地面が浮いて段差になっている。それでも構わずに前輪を突っ込んで、ガタン、とハンドルが跳ねるたびに、歯と歯が口の中で噛み合わされる。
ノーヘルで、田んぼ脇の細い道を、向こうから車が来ないことだけを祈りながら全力で漕ぎ続けた。車通りの少ないこの道を、こんなに良かったと思ったことはない。
――なんで。どうして。
風が耳の横でうるさいくらいに鳴る。太腿が燃えるように熱い。吸い込みすぎて、肺が痛い。俺は次第に、どこが苦しいのか分からなくなっていた。肺なのか、心臓なのか、胸の奥のどこかなのか。
全部、全部、太輔。お前のせいだ。
これほど漕がせて、こんな思いをさせて。
昨日まで隣に居て、ねるねるを作ってくれたくせに。階段からすっ転んで、笑わせてくれたくせに。なんで急にそんなところにいるんだ、馬鹿野郎。
怒りと焦りと、もうひとつ名前のつけられない何かがぐちゃぐちゃに混ざったまま、上がりきった息と一緒に夏の青空へ出ていく。
それでも、足は止まらなかった。
五人組、というのは――太輔と俺、そして実家の寺を継ぐことが決まっている「ボウズ」、地元で悪名高いヤンチャな遊び人の「龍」、真面目が行きすぎておせっかいの域に達している「友希」のことだ。
人口の少ないこの町では、幼稚園から高校までが一つの区画に固まっている。年少の頃からずっと一緒で、高校でも当然のようにグループでつるんでいる、いわゆるイツメンだ。
今日は、グループラインの誰かが命名した「光希の回答を写す会」なる集まりが、強引に可決されている。残りの宿題を五人で片付け、その足で『サニモに行こう』という話になっていた。
「SUNNY MALL」――こじゃれた名前に反して、その中身はちょっと寂れたゲーセンとバーガー屋、それに食料品売り場があるだけの、年季の入ったショッピングモールだ。
俺たちが小学生だった頃が、その施設の全盛期。不景気と共にテナントが次々と撤退していった後の、過疎りまくったフードコートは、今や俺たちの格好の溜まり場になっていた。あまりに通い詰めすぎて、掃除のおっちゃんには、全員のフルネームを覚えられている。
「行ってきます。……母さん? 俺、もう出るからね」
勉強道具の入った鞄を玄関に置いてサンダルを履いていると、奥から母さんが固定電話の受話器を耳に押しつけて、険しい声で何か喋っているのが聞こえる。
邪魔しないようにその切れ目を待っていると、母さんは珠暖簾を激しく弾き飛ばして、血相を変えて玄関へと駆け寄ってきた。
「待って、光希! 大変なの……太輔くんが交通事故に遭って、今、病院に居るって!」
担ごうとした鞄が肩から滑り、三和土にドサッと音を立てて落ちた。
「えっ……病院って……。あいつ、加藤醫院に居んの?」
「違うの、大きい方! ほら、ひまわりのマークの。合唱コンクールやった建物の奥にある……」
「向山病院ってこと?」
軽い怪我だと思っていた。なのに、まさかの大きい方。田んぼ道が延々と続き、防風林だけがところどころに立っている、この町と市街地のちょうど中間あたりにある総合病院だ。
よっぽどの大怪我でもしない限り、あそこに運ばれることはない。
「そう。救急車で運ばれて、今……現場に警察も来て、大騒ぎになってるみたいなの」
想像した瞬間、一つの映像が頭に浮かんだ。俺といつも待ち合わせをする、オレンジ色の錆だらけのカーブミラー。その真下のアスファルトに、ひしゃげた残骸が横たわっている。高校入学のタイミングで太輔と一緒に買い替えた、銀色の自転車だ。
倒れたままのそれは、細い車輪だけがくるくると回り続けて、チッチッチッ、と虚しいラチェット音だけを響かせている。けれど、そこに倒れている太輔の姿だけは、どうしても思い描くことができなかった。
「光希、ちょっと待ちなさい! 光希!」
母さんの声が遠くなる。
こんなに肺を目一杯広げて呼吸しながらペダルを漕いだのは、いつぶりだろう。部活でもない、体育でもない。ただただ、早く着かなければならないという一心だけで、足が動いていた。
農道のアスファルトは継ぎ接ぎだらけで、ところどころ地面が浮いて段差になっている。それでも構わずに前輪を突っ込んで、ガタン、とハンドルが跳ねるたびに、歯と歯が口の中で噛み合わされる。
ノーヘルで、田んぼ脇の細い道を、向こうから車が来ないことだけを祈りながら全力で漕ぎ続けた。車通りの少ないこの道を、こんなに良かったと思ったことはない。
――なんで。どうして。
風が耳の横でうるさいくらいに鳴る。太腿が燃えるように熱い。吸い込みすぎて、肺が痛い。俺は次第に、どこが苦しいのか分からなくなっていた。肺なのか、心臓なのか、胸の奥のどこかなのか。
全部、全部、太輔。お前のせいだ。
これほど漕がせて、こんな思いをさせて。
昨日まで隣に居て、ねるねるを作ってくれたくせに。階段からすっ転んで、笑わせてくれたくせに。なんで急にそんなところにいるんだ、馬鹿野郎。
怒りと焦りと、もうひとつ名前のつけられない何かがぐちゃぐちゃに混ざったまま、上がりきった息と一緒に夏の青空へ出ていく。
それでも、足は止まらなかった。



