軍神悪役令嬢ロアンナの救国譚 ~英雄の能力と幽霊の知識を借りて、勝利をつかみ取ります~【書籍1巻発売中】

 ライズに身体を貸したロアンナは、幽霊の姿で空中をフワフワと漂っていた。しかし、幽霊といっても白くて丸い姿ではなく、人型のままうっすら透けている。

 馬を選ぶためにライズが厩舎に入っていく。後をついていこうとしたロアンナは、ジーク王子がルルを連れて戻ってきたのを見て、そちらに飛んでいった。

(結局、ルル様の服装はどうなったのかしら?)

 服装で悩んでいたルルは、うまく解決できなかったようで、いつも通りの華やかなメイド服を着ていた。それでもマシなものを選んだのか、スカート丈は短いが、胸元は大きく開いていない。

 涙目のルルがジークに「殿下、やっぱり部屋に戻って着替えたいです」と言うと、ジークは不機嫌になった。

「もしかして、さっき着ていたサイズの合っていない地味な下級メイドの服を、また着るつもりなのか?」
「あ、あれは、他のメイドの子に借りたもので……」

 どうやらルルは、急ぎ普通のメイド服を借りたが、ジークがそれを着ることを禁じたようだ。

「ルル。私の隣に立つのなら、それ相応の装いをするべきだ」

 王子にそう言われてしまえば、ルルはもう何も言えない。

(こう見ると、エリー様はジーク殿下の機嫌をうまくとっていたのね)

 ジークがエリーを見捨てたのは、いくらでも代わりがいる、と思ってのことだと思うが、物事はそううまくいかないようだ。

 結果、ルルがいつも通りの派手なメイド服を着ることになったが、それはロアンナとライズにとって都合がよかった。

 ロアンナが厩舎に戻ると、ライズもデュアンも馬を選び終わったところだった。どちらも立派な白馬を引いている。

(さて、ライズさんの作戦はうまくいくかしら?)

 ここに来る前に、ライズはこう言っていた。

『そのヘイケモノガタリ(平家物語)では、ササキ タカツナ(佐々木高綱)カジワラ カゲスエ(梶原景季)という騎士達が、どちらが先にウジ(宇治)川を渡り切り、先陣を切るか勝負をするんですね』

 このときのササキ タカツナは、今のロアンナのように、絶対に勝負に勝たなければならない状況だったそうだ。

『ササキ タカツナが考えた必勝法は、先を走るカジワラ カゲスエに【馬の腹帯(はらおび)が緩んでいるから締めたほうがいい】と嘘をつくこと。そして、まんまと騙されたカジワラ カゲスエを追い抜き勝利を収めました。これを参考にして、私達がすることは……』

 ライズとデュアンは、それぞれ馬に跨り、スタート位置についた。辺りには緊迫した空気が漂っている。

 スタート地点にいた使用人が、ジークに視線を送る。ジークが頷いたのを見てから、使用人は手を上げた。

「お二人とも準備はいいですか?」

 ライズとデュアンが同時に頷く。

「私が手を下ろしたらスタートしてください。行きますよ? 3、2、1……」

 使用人が手を下ろした瞬間、馬上のライズが「ああっ!?」と大声を出しながら、ジークとルルがいるほうを指さした。

「ルルさんが危ない!」

 とっさにデュアンは、ライズが指さしたほうを振り返ってしまった。そこには、デュアンからすれば信じられない恰好をしている妹がいた。

 なぜか丈の短いメイド服をきて、足を出している。しかも、そんな破廉恥な格好をしたルルの腰には、ジークの腕が回っていた。

「ルル!」

 デュアンの怒声が辺りに響き、ルルがビクッと身体を震わせた。

 そのことに、一番驚いたのはジークだ。

「デュアン、何をしている!? おまえ、今、勝負中だぞ!」

 デュアンがハッと我に返ったときには、ライズの馬はだいぶ先を行っていた。慌てて馬を走らせて距離を詰めていく。

「卑怯だぞ!」

 馬上でそう叫ぶデュアンは、恐ろしい形相をしている。二人の距離はどんどん縮まっていった。

 背後からデュアンのとんでもない威圧を感じているのか、馬上のライズは「わ、あわわ」と謎の声を漏らしている。

(このままでは、ゴールする前に追い越されてしまうわ!)

 ロアンナは、急いでライズの側に飛んでいった。

『ライズさん、交代よ!』
「お願いします、ロアンナ様!」

 涙目になっていたライズと入れ替わり、ロアンナが馬の手綱を握る。馬の動きを妨げないようにバランスを取り、風の抵抗を少しでも減らすためにロアンナは身を屈めた。

 その瞬間、馬がぐんっと早くなった。それでも、デュアンを引き離すことはできない。

(さすがね。でも、負けないわよ)

 さらに追い込みをかけるために、ロアンナは馬の首が少し下がるように手綱を操った。そうすることで、馬の尻位置が高くなり、馬の脚はより前へと出るようになる。

 ジワジワとデュアンとの距離が開いていく。それでも食らいついてくるデュアンはさすがだった。

 結局、その距離が縮まることなく、ロアンナが先にゴールした。続いてゴールしたデュアンは、馬上から「卑怯者! この戦いは無効だ! 正々堂々勝負しろ!」と叫んだ。

 ロアンナは内心で、そうよね、と思ってしまった。なぜなら、ライズの提案を聞いたとき、ロアンナも同じことを言ったからだ。

『それって、さすがに卑怯じゃない? 正々堂々勝負したほうがいいんじゃないかしら?』

 すると、ライズはこう言ったのだ。

『戦場では、卑怯などという言葉はありません。実際、ササキ タカツナは、この先陣争いに負けたら死ぬと自らの(あるじ)に宣言していました。これは決して負けられない、命がけの戦いだったのです。ロアンナ様も負けられない戦いなのですよね?』
『そうね……』

 ライズの言う通り、今は手段など選んでいられない。

『面白いわね。それ、やってみましょう』

 ロアンナは、卑怯者だと罵られる覚悟を決めてその提案を受け入れた。だから、デュアンに何を言われても謝るつもりなんてない。謝る代わりに、優雅に微笑みかける。

「デュアン卿。ここが戦場でも、あなたは同じことを言うのかしら?」

 敵の言葉に惑わされ、策に嵌まり負けた。ここが本当の戦場なら、デュアンはすでに命を落としている。

「ぐっ」と言葉に詰まったデュアンは歯を食いしばり、それ以上、何も言わなかった。