軍神悪役令嬢ロアンナの救国譚 ~英雄の能力と幽霊の知識を借りて、勝利をつかみ取ります~【書籍1巻発売中】

 そう答えたあとロアンナは、こう付け加えた。

「ですが、今はデュアン卿をルル様の元へ案内しているところです。とても急ぎのご様子。いかがいたしましょうか?」

 ジークに「そうなのか?」と尋ねられたデュアンは「はい」と硬い表情で頷く。

「だったら、私が責任を持ってルルを連れてこよう」
「いいえ、殿下のお手を煩わせるわけにはいきません。私が向かいます」

 あせるデュアンの腕を、ジークが気安く叩いた。

「遠慮するな。どうせロアンナについていってもルルには会えないからな」
「それはどういう……?」

 嘲笑っているようなジークの視線は、ロアンナに向かっている。その視線をロアンナは、サラリと流した。

(まぁ確かにお飾りメイド達は、私の言うことを聞かないからね)

 ロアンナとしては、デュアンとこれ以上、揉めなければどうでもいい。

 デュアンが「ルルは無事なのでしょうか?」と尋ねると、ジークは「もちろんだ。安心しろ。私が必ずルルに会わせてやる」と胸を張る。

「殿下のお言葉で安心いたしました。ぜひお願いいたします」

 礼儀正しく頭を下げたデュアンには、ジークの意地悪い顔は見えていない。

「ところで、デュアン。おまえ、乗馬は得意か?」
「はい」
「それは良かった。ロアンナも以前、乗馬がしたいと言っていたな?」

 ジークの問いにロアンナは「そんなこともありましたね」と顔に笑みを張りつける。

 あれは確か、ロアンナが王太子宮入りしてすぐの頃、気分転換に乗馬をしたいとジークに相談したとき「王太子宮の馬はすべて私のものだ。おまえのような奴を背に乗せる馬などいない!」と怒鳴られたことがあった。

(乗馬は大好きだけど、婚約してからはできていないのよね。それなのに、今さら乗馬の話?)

「聞いているのか、ロアンナ?」

 鋭く名を呼ばれて、ロアンナは過去を思い出すのをやめた。ジークはわざとらしくため息をついている。

「おまえたちも知っての通り、私はとても忙しい」
(そうだったかしら?)

 十五歳でまだ成人していないジークは、公務を任されていない。だから、お飾りメイド達と戯れているか、嫌がらせをしてくるところくらいしか、ロアンナは見たことがない。

(でも、もう王太子なのよね)

 この国に王子が一人しかいないため、成人前にもかかわらずジークはすでに王太子に任命されている。
 努力せずとも将来は国王になることが決まっていて、その地位を脅かす兄弟がいないことは、ジークの傲慢さに拍車をかけていた。

(せめて、第二王子殿下でもいてくださったら良かったのに……)

 ロアンナがこっそりとため息をつく中、ジークは今回の無理難題を発表する。

「最近は、馬に乗る時間もなくてな。私の代わりに二人で馬を走らせてほしいのだ」

「は、はぁ?」と戸惑うような声を出したのはデュアンだ。ロアンナも内心、首をかしげる。

「デュアン、頼まれてくれるか?」
「それは、もちろんかまいませんが……?」

 デュアンがチラッとロアンナに向けた目は『なぜ、私達に指示を?』とでも言いたそうだ。そういう仕事は、本来、馬丁(ばてい)のする仕事。決して、騎士団長に任せることではないし、ましてや、婚約者に頼むことでもない。

(今度は何を企んでいるのかしら?)

 ただ馬を走らせることが目的だとは思えない。続きの言葉を待っているとジークは、ポンッと手を打った。

「ああ、そうだ。せっかくだから、この機会に英雄の子孫と王国の騎士、どちらの馬術がより優れているのか見極めようではないか。まさか、騎士団長を名乗る者が、女に負けるわけにはいかないよなぁ?」

 そのとたんに、デュアンから殺気のようなものが放たれた。周囲の空気がビリビリと震えている。

(なるほど……。そっちを煽るのね)

 王族の提案を断ること自体難しいのに、ここまで言われてデュアンも引き下がるわけにはいかないだろう。こめかみに青筋を立てながら「私の馬術をぜひご覧ください」とやる気満々だ。

 その様子を見たジークは、満足そうに頷く。

「では、馬の早駆け勝負をしてもらおうか。勝負の見物に、ルルを連れて行こう」

 デュアンはようやくルルに会えると喜んだのか「ありがとうございます」と表情を明るくする。

(こんな意味の分からない勝負、断りたいけど……)

 こちらをライバル視しギラギラと睨みつけているデュアンは、逃がしてくれなさそうだ。だったらとロアンナは、ジークに微笑みかけた。

「殿下、素晴らしいご提案ですわ。勝利を得た者には、ぜひ褒美をいただきたいですね」

 そのとたんにジークの眉間にシワが寄る。

「褒美だと?」
「はい。もし私が勝ったら、専属メイドと専属護衛騎士を置かせていただきたく」

 その言葉に反応したのはデュアンだった。

「王太子殿下の婚約者に、専属の護衛騎士がいないのですか? もし、王太子宮の騎士が不足しているのなら、私の配下から優秀な者をそちらに送らせていただきます」
「い、いや、大丈夫だ!」

 動揺しているジークは、『デュアンの直属騎士が王太子宮に配置されたら、今までのように好き勝手できなくなる』とでも思っていそうだ。

 咳払いをしたジークは「そうだな! 今までうっかり忘れていたが、ロアンナが勝ったのならそうしよう」などと言って誤魔化している。

「ロアンナの褒美はそれでいいとして、デュアンは何がほしいのだ?」
「そうですね……」

 デュアンの沈黙を、ジークは遠慮していると受け取ったようだ。

「遠慮はするな。なんでも言うがいい」
「では、お言葉に甘えて。私が勝利した暁には、ロアンナ様のこれまでの行動に、王太子殿下の婚約者として問題がないか調べさせていただけないでしょうか?」