栞みたいな恋だった

 高校二年の、クラス替え初日。
 期待よりも不安が勝るあの独特の空気の中で、私は自分の身の置き場を探して、必死に周囲を観察していた。
 仲の良い友達とはクラスが離れてしまって、孤立していた。派手なグループ、趣味に走るグループ、そのどちらでもない中立なグループ。教室の勢力図はすぐに分かったけれど、どこにも入り込めない私に声をかけてくれる子はいなかったし、自分から踏み出す勇気なんて、なおさら持ち合わせていなかった。
(どうしよう。私、すごく浮いてる気がする……)
 逃げ場のない不安に押しつぶされそうになっていた、その時だった。
 私の右隣の席に、制服をきっちりと着込んだ男子生徒が座った。前を向いたまま、視界の端でちら、ちらと彼の横顔を盗み見る。その瞬間、私は思わず呼吸を止めた。
(……えっ……痣? びっくりした……)
 顔の左半分、目元から耳にかけて、広がるようにある薄黒い痣。
 怪我ではなく、生まれつきのものなのだと直感した。初めて見るその色のついた皮膚に、私は失礼だと思いつつも、何度も視線を吸い寄せられてしまった。
 名前も分からない彼は、周囲の会話に無頓着なまま鞄を机の横にかけ、そこから一冊の文庫本を取り出した。
 丁寧にかけられたブックカバー。彼はそのまま、しんと深い自分の世界へと入り込んでしまった。
 誰からも声をかけられず、彼もまた誰に声をかけるでもないその姿に、私は自分のことを棚に上げて、勝手な親近感を抱いた。
 けれど、同性にさえ声をかけられない臆病な私が、見知らぬ男子、しかもこんなに寡黙な空気を纏った彼に話しかけるなんて、到底ありえないことだった。
「杏奈ー! 遊びに来たよ!」
 教室の真ん中で立ち尽くしていた私の救いになったのは、前クラスの友人、サトミとミサキだった。
 二人は国立理系コースで、ここからは遠く離れた七組。それでもわざわざ顔を出してくれたことが、嬉しかった。彼女たちが側にいる間だけは、クラスメイトたちに「私はぼっちじゃないですよ。友達と離れただけです」と証明できているような気がして、少しだけ背筋が伸びた。
 廊下へ出ると、二人は私のクラスの顔ぶれを見て苦笑した。私がどこかのグループに入る姿を、思い描けなかったんだろう。
「隣の席の子に話しかけるとか、してみたら?」
「無理だよ……。派手な子だし、私には馴染めそうにないもん」
「あー、右側も男子だもんね。あれ、名前なんだっけ。ほら、ここに痣のある……」
 サトミが自分の目元のあたりを指差す。
 本人が近くにいるわけではないけれど、私は慌ててその手を下へ降ろさせた。
「ちょっと……やめなよ、失礼だってば」
「ごめんごめん。でも、すごく特徴的じゃん? 名前、佐藤くんだっけ。たしかそうだった気がする」
 彼は、佐藤くんというらしい。私と同じ苗字だ。下の名前は二人も知らないようで、「どうせ後で分かるよ」と会話は流れた。
「杏奈は委員会、何にするの?」
「え、図書委員会かな。去年もやってるし」
「あー、そっか。杏奈って本とかアニメ好きだもんね」
 サトミたちは、保健委員を選ぶつもりらしい。また後でね、と言い残し、二人は自分たちの教室へと戻っていく。
(委員会決め、かぁ……)
 私と一緒にやってくれる人なんて、居るんだろうか。そんな憂鬱がひとつ増えたことに溜息をつきながら、這うように自分の席へ戻る。
 隣に座る佐藤くんは、私が戻ったことにも気づかない様子で、相変わらず本の世界に夢中になっていた。