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空いた窓から秋に近づく風が頬を掠めて空をみると飛行機が優雅に線を作っていた。
「土坂、早くこっちこい」
その声に俺は適当な返事をしながら窓を閉めて、十数名ほどの集団の輪の中に入る。
放課後の使われなくなった空き教室は少し埃っぽく、電気のつき方もまばらで、人の干渉があまりない。
使われるとしたら月に1度行われている、
「じゃ、恒例の『帰宅部会』はじめるぞ」
これである。
部活が血気盛んな学校で、帰宅部は珍しい部類に入る。そしていつしか珍しいと言われる連中に謎の団結力が生まれ、月に1度、放課後に『帰宅部会』なるものが行われるようになった。
まあ、普通にお菓子広げてくっちゃべるだけなんだけど。
この部会を取り仕切っている、俺と同じ2年、そして同じクラス、なんなら友達の上野が得意げな顔をして仕切っていたが、簡易にくっついた4つほどの机の上をみてその表情を顰めっ面に変える。
「今日のお菓子、少なくね」
各自持ち寄ってくるお菓子の量が不服だったらしく、上野が口を尖らせながら拳を前に突き出した。
「月に1回しかない部会だぞ、もう少し盛り上がろうぜ!ってことで、買い出しジャンケンな!」
早々に「最初はグー」と勢いをつけた上田に、慌ててみんなが合わせはじめる。
じゃんけんは、一回で勝負がついた。
「はい、じゃあ土坂と水馬、買い出しよろしく」
「先輩、買い出しなんて面倒くさいこと任されてんのになんでちょっと嬉しそうなんですか?」
隣を歩いている後輩、水馬は整っている顔を少し歪ませて俺にそう聞いた。
正直、今まであまり関わってこなかったような男だった。
学校で話題になっているこの水馬という男、そのルックスと1年とは思えない大人な雰囲気でまあモテる。
なぜお前はこんなところで俺の隣を歩いている?と問いたくなるレベル。帰宅部会なんておちゃらけたものに参加しているのも前から不思議だった。
そんな彼が、今日俺と一緒に買い出しジャンケンに負け、文句言わずついてきたかと思えば、存外にも質問をしてきた。
「帰宅部会、楽しいけどあの空き教室埃っぽいだろ、だからちょっと外に出れて嬉しいんだよ」
「なるほど、まあ、確かにそうですね」
先輩らしい面白い回答できなくてごめんな、と心の中で謝罪。
しばらくお互い無言で歩いていると水馬がまた口を開いた。
「先輩、よく空みてますけどなんでですか」
「え?」
「今日も部会始まる前、見てましたよね」
意外と人のことをよくみてんな、この後輩。
「あー、それは、明日の天気のこと考えてて」
「天気?」
「そ、天気、ほら、上見てみ」
そう言うと、水馬は言われた通り空を見上げた。何も珍しくない平凡な空をみて「何が?」と言いたげな顔でまた俺の方をみてくる。
「飛行機雲、できてるだろ」
「え?…ああ、本当だ」
「だいたいはすぐに消えるんだけど、ああやって残って広がっていってるから」
てか、この話に興味あるのだろうかこのイケメンは。
と不意に不安になり言葉を止めると、
「広がってるからなんすか」
と、続きを求められる。なんだか少し嬉しくなって口角が上がった。
「明日は、雨かも」
そう言うと、水馬は「へえ」とまた空を見上げる。
「面白いですね」
「そうだろ、空の様子でこれからの天気が分かるんだよ、雲の形とかでも分かったりす」
「いや、面白いってのは先輩のことで」
「え?」
「面白いですね、土坂先輩って」
なあんだこの後輩。そしてなんだ、その不敵な笑みは。
今まで人から「面白い」と言われたことはほとんどない。どちらかといえば、「つまらない」に属しているような気さえする。
「面白いとは、あまり言われないけど」
「へえ、そうなんですね」
水馬は適当な返事にもとれる声色でそう言って視線を前に向ける。そして「あ」と声をもらした。
「猫がいます、先輩」
「え?ねこ?」
水馬の横顔から、水馬の視線の先に目を向けると2匹の猫が向かい合って毛を逆立てていた。
「ケンカ、してますね」
「本当だ」
1匹が文句を吐き出すように鳴いているのにたいし、1匹は様子を見るように相手を睨んでいる。騒いでいる方の猫をみて、俺はクスリと笑った。
「先輩?」
「え、ああ、なんかかわいいよな、ケンカ売ってる方の猫」
「…そうですか?」
「うん、かわいい」
自分は強いんだ、自分をみろ、と全身をつかって訴えている姿。小さな口から「にゃー」とか「シャー」しか発されていないのもかわいい。
「2匹だけの世界だろうし、邪魔しないように端通っていこう」
「…先輩」
「ん?」
足を止めた水馬の方を振り返る。水馬は猫たちの方に人差し指を向けた。
「あれ、かわいいんですか」
「え、うん、だからそう言ってんじゃん」
水馬は「ふうん」と返事をしてまたスタスタと歩き始める。
そして小さく呟いた。
「了解です」
なにが、「了解」?


