母のこと。
芸妓の娘であること。
東城院の屋敷に、居候のような形で身を寄せていること。
それを口にしたとき、相手がどんな顔をするのか分からなかった。
気まずそうに笑うのか、根掘り葉掘り面白がるのか、あるいは哀れむのか。
そのどれも、きっと痛い。
だから学校でも、私は静かだった。
授業中に先生から指されれば答える。
でも、それ以外ではできるだけ目立たないようにした。
休み時間も、自分から誰かの輪に入ることはない。
放課後になれば急いで屋敷へ帰る。帰れば仕事が待っていたから。
気をつけているのに、訛りはふとした拍子に出てしまう。
けれど、何かを言えばまた何か言われる。
言えば言うほど目立ってしまう。
すべてが悪循環で堂々巡り。
だから黙る。
うつむく。
関係のないところに引っ込んでいる。
それがいちばん傷つかない方法なのだと、少しずつ学んでいった。
たぶん、何かを諦めるのにも、少しずつ慣れていくのだと思う。
屋敷の仕事が増えるのは、じわじわと、でも確実だった。
最初は朝食前、廊下と自分の部屋を掃除するだけだったのが、庭の掃き掃除になり、使用人が担当していた洗濯や、買い出しの手伝いに。
毎日くるお弟子さんの対応、舞台の小物の手入れや、事前の準備まで。
鴇子は直接、「やりなさい」とは言わなかった。
ただ、私が何かをしないでいると、「これはどうなっているの」と私に目線を流しながら、静かな声で問う。
私が先回りして動けば、何も言わない。
だから、どんどん先回りするようになった。
言われる前に気づく。呼ばれる前に動く。足りないところを埋める。
そうしていれば、少なくとも咎められずに済む。
褒められはしなくても、責められないだけで、その日はうまく終えられた気がした。
薫子は、私が何かするたびに興味深そうに見ていた。
「あなたって、本当に何でもやるのね」
ある日、縁側で着物を畳んでいる私を眺めながら、薫子は言った。
「使用人みたい」
「……はい」
悪意がないような顔をして、きちんと悪意があった。
私は返事だけして、着物を畳み続ける。
反論しなかったのは、反論できなかったからではない。
反論しても何も変わらないと、もうわかっていたからだ。
言い返せば、薫子はきっとそれを言いふらす。
やがて鴇子の耳に入り、感謝もせず生意気だという話になる。
そこまで思うと、もう口は開けなかった。
宗景とは、食卓で顔を合わせることはあっても、長い会話をしたことはない。
父として私を引き取ったはいいけど、その先をどうするかまでは、考えていなかったのだろう。
鴇子と薫子の手前、娘として扱うわけでもない。
かといって使用人として扱うわけでもない。
ただ、住む場所として、屋敷を提供しているだけ。
その曖昧さが、かえって私の居場所をなくした。
はっきり線を引かれた方が、まだ楽だったのかもしれない。
娘でもなく、他人でもなく、けれど家族とも呼べない。
その半端な場所にいることが、ひどく息苦しかった。
だから私は、自分の存在を小さくしようとした。
ここにいる理由を証明しようとするより、ここにいることで誰かの邪魔をしないように。
息を潜めるみたいに、小さく、静かに、目立たないように。
芸妓の娘であること。
東城院の屋敷に、居候のような形で身を寄せていること。
それを口にしたとき、相手がどんな顔をするのか分からなかった。
気まずそうに笑うのか、根掘り葉掘り面白がるのか、あるいは哀れむのか。
そのどれも、きっと痛い。
だから学校でも、私は静かだった。
授業中に先生から指されれば答える。
でも、それ以外ではできるだけ目立たないようにした。
休み時間も、自分から誰かの輪に入ることはない。
放課後になれば急いで屋敷へ帰る。帰れば仕事が待っていたから。
気をつけているのに、訛りはふとした拍子に出てしまう。
けれど、何かを言えばまた何か言われる。
言えば言うほど目立ってしまう。
すべてが悪循環で堂々巡り。
だから黙る。
うつむく。
関係のないところに引っ込んでいる。
それがいちばん傷つかない方法なのだと、少しずつ学んでいった。
たぶん、何かを諦めるのにも、少しずつ慣れていくのだと思う。
屋敷の仕事が増えるのは、じわじわと、でも確実だった。
最初は朝食前、廊下と自分の部屋を掃除するだけだったのが、庭の掃き掃除になり、使用人が担当していた洗濯や、買い出しの手伝いに。
毎日くるお弟子さんの対応、舞台の小物の手入れや、事前の準備まで。
鴇子は直接、「やりなさい」とは言わなかった。
ただ、私が何かをしないでいると、「これはどうなっているの」と私に目線を流しながら、静かな声で問う。
私が先回りして動けば、何も言わない。
だから、どんどん先回りするようになった。
言われる前に気づく。呼ばれる前に動く。足りないところを埋める。
そうしていれば、少なくとも咎められずに済む。
褒められはしなくても、責められないだけで、その日はうまく終えられた気がした。
薫子は、私が何かするたびに興味深そうに見ていた。
「あなたって、本当に何でもやるのね」
ある日、縁側で着物を畳んでいる私を眺めながら、薫子は言った。
「使用人みたい」
「……はい」
悪意がないような顔をして、きちんと悪意があった。
私は返事だけして、着物を畳み続ける。
反論しなかったのは、反論できなかったからではない。
反論しても何も変わらないと、もうわかっていたからだ。
言い返せば、薫子はきっとそれを言いふらす。
やがて鴇子の耳に入り、感謝もせず生意気だという話になる。
そこまで思うと、もう口は開けなかった。
宗景とは、食卓で顔を合わせることはあっても、長い会話をしたことはない。
父として私を引き取ったはいいけど、その先をどうするかまでは、考えていなかったのだろう。
鴇子と薫子の手前、娘として扱うわけでもない。
かといって使用人として扱うわけでもない。
ただ、住む場所として、屋敷を提供しているだけ。
その曖昧さが、かえって私の居場所をなくした。
はっきり線を引かれた方が、まだ楽だったのかもしれない。
娘でもなく、他人でもなく、けれど家族とも呼べない。
その半端な場所にいることが、ひどく息苦しかった。
だから私は、自分の存在を小さくしようとした。
ここにいる理由を証明しようとするより、ここにいることで誰かの邪魔をしないように。
息を潜めるみたいに、小さく、静かに、目立たないように。



