梨園の花嫁〜歌舞伎の御曹司は、芸妓の娘の義妹を手放せない〜

歌舞伎における東西南北の対立については、屋敷に来て少ししてから、千景に教えてもらった。

もともと歌舞伎は江戸の文化として発展し、長い歴史のなかで東と西に流れが分かれた。
江戸の地で荒事を中心に発展した東の歌舞伎と、上方で柔らかな和事を育んだ西の流れ。
東城院は江戸の流れを汲む東の総本家で、西は上方の流れを汲んでいる。

けれど、対立は芸風の違いだけではないのだと、千景は言った。

「贔屓筋の争いもあるし、外題の権利もある。地方公演の折り合いもある。関係者同士の結婚問題もある」
「……複雑なんやね」
「歌舞伎界は狭い世界だから、余計にこじれる。で、俺が言いたいのは」

そこで千景は、まっすぐ私を見た。

「お前は京都育ちで、京言葉が出る。それが西の人間だと思われる原因になる。だから余計に気をつけた方がいい」
「……はい」
「悪いことを言っているわけではない。ただ、知っておいた方がいい」

千景はいつもそうだ。
冷たいことを言うようでいて、私を傷つけるために言っているわけではない。
先に知っておけ、と。そうすれば少しは身構えられるだろうと、準備をさせてくれているような言い方だった。

実際、屋敷の外でもそういう目に遭うことはあった。

宗景のお弟子さんたちが出入りするたび、私を見て首を傾げる人がいる。
私が口を開けば、その言葉尻に耳をそばだてて、「やっぱり西の育ちか」と小さくこぼす人もいた。
そう言われるたびに、私は黙るしかない。
露骨に何かを言われるのも辛いけれど、ただ何を言うでもなく訝しげに見られる、その視線の方が却って逃げ場がなかった。

それは学校でも同じだった。
少しずつ言葉を直そうとしても、京言葉の癖は思ったよりずっと深く身についている。
意識しているあいだはいい。
けれど、急に声をかけられたり、緊張したりすると、気がつけば自然と出てしまう。

それでも千景の言葉を思い出して、私はできるだけ標準的な言葉遣いに近づけようとした。
口を開く前に、一度頭の中で翻訳するように言い直す。
そのひと手間があるだけで、言葉は少しだけぎこちなくなった。

友人は作らなかった。
作ろうとしなかった、というより、作れなかったという方が正しいのかもしれない。

「ほら、あの方。薫子さんの……」
「あぁ、愛人の娘ですっけ……」

しかも、二つ下の学年には薫子がいる。
私の出自に関する諸々の話は、私の知らないところでとうに広まっていた。

東城院の家に転がり込み、世話になっている、愛人の娘。
誰かと親しくなるには、噂のこと、自分のことを話さなければならない。
けれど、それが怖かった。