梨園の花嫁〜歌舞伎の御曹司は、芸妓の娘の義妹を手放せない〜

青い空に、飛び立つ飛行機を千景と並んで見送る。

「あの飛行機に乗ってはるんでしょうか?」

白い飛行機雲が、空の高いところをゆっくりと引かれていく。
その筋が薄れて消えるまで、ただじっと見上げていた。
さっきまで目の前にいた嘉月があの飛行機に乗って、もう自分の知らない空の向こうへ向かっているのだと思うと、胸の奥が妙に静かになった。

「俺を選んで、後悔はしてないか?」
「……後悔なんて、するわけあらしまへん」
「今度こそ、手放さない」
「はい……うちも、もう離しません」

握っていた手が、絡むように繋ぎ直される。
指先から伝わる熱が、これは夢ではないのだと何度も教えてくる。

「行こう」
「え?」

千景に手を引かれ、促されるままに車へ乗せられる。
あまりの真剣な顔付に、どこへ行くのかも聞けないまま、ただ隣に座る。
繋がれた手が、現実に引き留めてくれる。
離したら、たった今起きたことまで全部消えてしまいそうで、私もその手を握り返す。

車が止まるころには、空はすっかり暗くなっていた。
降りた先は、何度も通った劇場の入り口。

ちょうど大千穐楽が終わったころなのか、外は劇場から出てくる人で溢れ返っている。
笑いさざめく声、役者の名を呼ぶ声、車夫の呼び込み。
千穐楽らしい熱気が、夜の空気の中にまだ残っていた。

突然車から降りてきた千景に気づく人もいる。
けれど千景は一切気にすることなく、私の手を引いて劇場の中を進んでいく。

「あ、あの……千景さん、どちらに」

問いかけても、千景は答えない。
ただ、何かを決めた顔をしている。
御曹司の顔でもない。千之助でもない。ただ、千景の顔。
その横顔があまりにも真っすぐで、余計に胸が騒ぐ。

やがて、人一倍たくさんの人だかりの輪にたどり着く。

「あら?千景さん、いらしてたんですか」
「お兄様!」

東城院を出てから、ずっと会っていない鴇子と薫子、そして宗景の姿。
久しぶりに私と顔を合わせた三人が、一瞬で表情を変えたのがわかった。

「父上。お話が」
「なんだ?」
「弥生との結婚を認めてもらえませんか」

その一言で、騒めきの質が変わる。