千景が、今度はしっかりと私の手を握る。
「弥生、いえ、弥生さんを迎えにきました」
一歩前に出て告げたその声は、舞台で聞くより、ずっと澄んで聞こえた。
張り上げているわけでもないのに、まっすぐ届く声。
迷いがなくて、そのことが余計に私を追い詰める。
「どうか、弥生さんを僕に預けてもらえませんか」
御曹司である千景が、私なんかのために嘉月に頭を下げる。
この人が、稽古以外で、誰かに頭を下げるのなんて、初めて見た。
「千之助さん。それは、特別な意味と受け取っても?」
「もちろんです」
迷いのない言葉。
千景はもう決めたのだ。私とのことを。
覚悟ができていないのは、私だけ。
「弥生さん」
嘉月に呼ばれ、びくりと体が揺れる。
「弥生さんはどうしたい?」
どうしたい。
そんなのは……決まっている。
けれど、この人もたくさんの後悔と覚悟を抱えながら、私を迎え入れてくれた。
忘れ形見である私と、必死に親子になろうとしてくれた。
喉が詰まる。
身寄りのない私にとって、本当の父親と、何不自由のない暮らしが送れる。
それはきっと、幸せなことのはずなのに。
お母さん……お母さんは、どんな思いで身を引いたの……?
どれほどの気持ちを隠して、この優しい人と会わないことを選んだの……?
何をどう言っても、この人を傷つけてしまう気がして、なにも言葉が出てこなくなる。
「いじわるな聞き方だったね。言えないことが答えだよ」
そう言われ、俯いた私の頭に、ぽん、と嘉月の手が添えられ、やっと顔を上げることができた。
「え……?」
「まだ子どもの弥生さんに、言い辛いことを言わせようとしてすまなかったね」
「……そないなことっ」
「我が子の幸せを願わない親なんていないよ」
口に出せない私を慮ってくれて。
こんな場面でさえ、子どもとして私を守ろうとしてくれる。
その優しさがありがたいのに、この人の願っていることを叶えられないことが苦しい。
「あの家は、弥生さんの家だ。好きに使うといい」
「いえっ、そこまでお世話になるわけには……!」
「弥生さん。君は私の娘だ。娘の世話をするのは親の役目だ。存分に甘えなさい」
「っ……」
「弥生さんと暮らせないことは、少し残念だけどね」
ああ……なんて、本当に優しい人なんだろう。
こんな優しい人だから、困らせたくなくて、お母さんは身を引いたんだ。
「千之助さん。弥生さんは私の家に置きます。以前のような扱いをするようなら、今度こそ力づくでも連れていきます」
「もちろんです。もう二度と、あのようなことは」
気がつけば涙が溢れていた。
こんな我儘なことばかりしている私を、二人とも気遣ってくれる。
私の幸せだけを願ってくれている。
そのことが、嬉しくて、申し訳なくて、どうしたらいいのかわからない。
「おおきに……お父さん」
「っ……!」
ふいに口から出た言葉に、嘉月が目を見開き、そのまま目頭を押さえた。
「弥生さんに、そう呼んでもらえるだけで十分だよ」
その声は、少しだけ震えていた。
私を引き留めるでもなく、千景を責めるでもなく、ただ受け止めてくれる。
そのあたたかさに、余計に涙が止まらなくなる。困ってしまう。本当に。
「弥生、いえ、弥生さんを迎えにきました」
一歩前に出て告げたその声は、舞台で聞くより、ずっと澄んで聞こえた。
張り上げているわけでもないのに、まっすぐ届く声。
迷いがなくて、そのことが余計に私を追い詰める。
「どうか、弥生さんを僕に預けてもらえませんか」
御曹司である千景が、私なんかのために嘉月に頭を下げる。
この人が、稽古以外で、誰かに頭を下げるのなんて、初めて見た。
「千之助さん。それは、特別な意味と受け取っても?」
「もちろんです」
迷いのない言葉。
千景はもう決めたのだ。私とのことを。
覚悟ができていないのは、私だけ。
「弥生さん」
嘉月に呼ばれ、びくりと体が揺れる。
「弥生さんはどうしたい?」
どうしたい。
そんなのは……決まっている。
けれど、この人もたくさんの後悔と覚悟を抱えながら、私を迎え入れてくれた。
忘れ形見である私と、必死に親子になろうとしてくれた。
喉が詰まる。
身寄りのない私にとって、本当の父親と、何不自由のない暮らしが送れる。
それはきっと、幸せなことのはずなのに。
お母さん……お母さんは、どんな思いで身を引いたの……?
どれほどの気持ちを隠して、この優しい人と会わないことを選んだの……?
何をどう言っても、この人を傷つけてしまう気がして、なにも言葉が出てこなくなる。
「いじわるな聞き方だったね。言えないことが答えだよ」
そう言われ、俯いた私の頭に、ぽん、と嘉月の手が添えられ、やっと顔を上げることができた。
「え……?」
「まだ子どもの弥生さんに、言い辛いことを言わせようとしてすまなかったね」
「……そないなことっ」
「我が子の幸せを願わない親なんていないよ」
口に出せない私を慮ってくれて。
こんな場面でさえ、子どもとして私を守ろうとしてくれる。
その優しさがありがたいのに、この人の願っていることを叶えられないことが苦しい。
「あの家は、弥生さんの家だ。好きに使うといい」
「いえっ、そこまでお世話になるわけには……!」
「弥生さん。君は私の娘だ。娘の世話をするのは親の役目だ。存分に甘えなさい」
「っ……」
「弥生さんと暮らせないことは、少し残念だけどね」
ああ……なんて、本当に優しい人なんだろう。
こんな優しい人だから、困らせたくなくて、お母さんは身を引いたんだ。
「千之助さん。弥生さんは私の家に置きます。以前のような扱いをするようなら、今度こそ力づくでも連れていきます」
「もちろんです。もう二度と、あのようなことは」
気がつけば涙が溢れていた。
こんな我儘なことばかりしている私を、二人とも気遣ってくれる。
私の幸せだけを願ってくれている。
そのことが、嬉しくて、申し訳なくて、どうしたらいいのかわからない。
「おおきに……お父さん」
「っ……!」
ふいに口から出た言葉に、嘉月が目を見開き、そのまま目頭を押さえた。
「弥生さんに、そう呼んでもらえるだけで十分だよ」
その声は、少しだけ震えていた。
私を引き留めるでもなく、千景を責めるでもなく、ただ受け止めてくれる。
そのあたたかさに、余計に涙が止まらなくなる。困ってしまう。本当に。



