梨園の花嫁〜歌舞伎の御曹司は、芸妓の娘の義妹を手放せない〜

鏡の中の自分を見ていると、急に泣きたくなる。
綺麗なものを着せてもらったからではない。
こんなふうに見送られる資格が、自分にあるのかまだよくわからなくて。
それでも、母の名を背負ったみたいな菊の刺繍が、ほんの少しだけ背中を支えてくれる気がした。

支度を終えて廊下へ出ると、嘉月がそこで待っていた。
その目が一瞬やわらぐ。

「よくお似合いです」
「……ありがとうございます」
「ええ。本当に」

その言い方に、嘉月が本当にそう思っているのだとわかった。
ただの気遣いではない、少し眩しいものを見るような眼差し。
その眼差しが父のものかどうかは、まだ私にはわからない。
けれど少なくとも、粗末には扱わないという意思だけは伝わってくる。

応接間へ向かうと、宗景がすでに座っていた。
鴇子も、その隣にいる。薫子もいたが、今日は珍しく何も言わなかった。

千景の姿はない。

宗景は私の姿を見ると、わずかに微笑んだ。

「……そうか」

たった一言。それだけだった。
けれど、その短い声の中には、昨日までとは違うものがあった。
私を家の中でどう処理するかではなく、ここから出ていく一人として見ているような、そんな重さを感じた。

鴇子は硬い顔のまま、私を上から下まで見た。
その目に優しさはなかったが、あからさまな侮蔑もなかった。
もう私のことは、この家の中でどう扱うかを決める対象ではなくなったのだと、そのことだけははっきりわかった。
薫子もまた、視線を逸らすことなく私を見ていたけれど、いつもの刺のある顔ではない。
戸惑っているような、でも何を言えばいいのかわからないような顔。

「今まで、お世話になりました」

私が深く頭を下げると、宗景はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。

「達者でいろ」
「はい」

その一言で十分だった。

鴇子は何も言わない。
薫子もまた、口を開かなかった。
ただ、私が顔を上げた時、薫子の目がほんの少しだけ揺れている。
勝ったとも、負けたとも言いきれない、子どもらしい戸惑いの残る目。
結局、あの子にもあの子なりの五年があったのだと思うと、責めきれないものが少しだけ胸に残った。