医師が差し出した紙を、すぐには受け取れなかった。
白い紙の上に、短く記された文字。
たったそれだけのものなのに、見た瞬間から世界が変わってしまう気がして、指先がひどく冷たくなる。
嘉月が先に受け取り、黙って目を落とすと、次の瞬間、その肩がかすかに揺れる。
「……O型です」
その一言は、あまりにもはっきりと部屋の中へ落ちた。
息を呑んだまま、嘉月の手の中の紙を見つめる。
千景もまた、隣で何も言わない。
O型。
それは、父だと思っていた宗景と、母である弥栄菊の子ではありえない血液型。
完全に私と宗景との親子関係が否定された証明。
昨日まで、恐ろしくてたまらなかったはずの可能性が、こうして文字になり、確かな証拠として目の前に出されると、かえって何も感じられなかった。
嬉しいのか、怖いのか、苦しいのか、自分でもわからない。
ただ胸の奥だけが、じんじんと熱を持っている。
「……弥生さん」
嘉月が、紙から顔を上げる。
その目はもう迷っていなかった。
けれど、確信の奥には、ようやく辿り着いた者だけが持つ痛みが伺える。
「まだ、これだけですべてが決まるわけではありません。ですが」
「ああ。勿論だ」
私の代わりに答えたのは千景だった。
いつになく落ち着いた声だった。
落ち着いているのに、その落ち着きがかえって苦しそうで、感情を押し殺しているのがわかる。
「形見も確かめるんだろう」
「はい」
懐から母の根付をそっと取り出す。
小さな菊の花の形をした根付。
私が幼い頃から、母が大事にしていたもの。
『これはあんたが持っておき』
亡くなる前、私の手を握りながら、そう言って渡された形見。
「……それを、まだ」
嘉月はそれを見るなり、はっきりと顔色を変えた。
指先が、ためらうように空を切る。
触れたいのに、触れていいものかわからない人の手だった。
「知っているんですか」
「私が渡したものです」
目を見開く。
嘉月は根付を見つめたまま、静かに言った。
「弥栄菊さんの名前にちなんで、渡航した先で買ったものを渡したんです……ずっと、持っていてくれたんですね」
嘉月が息を詰まらせるのを見て、自分の喉まで熱くなる。
母は何も言わなかった。
嘉月の名も、自分の父が誰かも、最後まで。
けれど、この根付だけは、ずっと手放さなかった。
「あの、母とはどのように?」
「……付き合いで茶屋に行ったときに知り合いました。一目惚れだったんです。艶やかに舞う彼女に」
そう話す嘉月は、とても遠い目をしていた。
まるで壊れやすい宝物でも扱うみたいに、思い出をひとつずつ取り出すような話し方だった。
「ですが、私には婚約者がいました」
「婚約者……」
「けじめをつけて弥栄菊さんを迎えに行ったのですが、もうその茶屋にはおらず」
「……」
「きっと、弥栄菊さんは私のために身を引いたのだと思います……」
隣で静かに拳を握る気配がして、そっとそちらを見る。
千景はまっすぐ前を向いたまま、低く言う。
「……わかった」
「兄さん」
「結果も出た。形見もそうだ。もう、家に話を通すしかないだろう」
その声に揺らぎはなかった。
けれど、わずかに強張っているのがわかる。
兄妹ではなかった。
その事実は、千景にとってもまた、同じだけ重いのだと、私はそこでようやく実感した。
嘉月は深く頭を下げた。
「東城院へ伺います。今すぐに」
白い紙の上に、短く記された文字。
たったそれだけのものなのに、見た瞬間から世界が変わってしまう気がして、指先がひどく冷たくなる。
嘉月が先に受け取り、黙って目を落とすと、次の瞬間、その肩がかすかに揺れる。
「……O型です」
その一言は、あまりにもはっきりと部屋の中へ落ちた。
息を呑んだまま、嘉月の手の中の紙を見つめる。
千景もまた、隣で何も言わない。
O型。
それは、父だと思っていた宗景と、母である弥栄菊の子ではありえない血液型。
完全に私と宗景との親子関係が否定された証明。
昨日まで、恐ろしくてたまらなかったはずの可能性が、こうして文字になり、確かな証拠として目の前に出されると、かえって何も感じられなかった。
嬉しいのか、怖いのか、苦しいのか、自分でもわからない。
ただ胸の奥だけが、じんじんと熱を持っている。
「……弥生さん」
嘉月が、紙から顔を上げる。
その目はもう迷っていなかった。
けれど、確信の奥には、ようやく辿り着いた者だけが持つ痛みが伺える。
「まだ、これだけですべてが決まるわけではありません。ですが」
「ああ。勿論だ」
私の代わりに答えたのは千景だった。
いつになく落ち着いた声だった。
落ち着いているのに、その落ち着きがかえって苦しそうで、感情を押し殺しているのがわかる。
「形見も確かめるんだろう」
「はい」
懐から母の根付をそっと取り出す。
小さな菊の花の形をした根付。
私が幼い頃から、母が大事にしていたもの。
『これはあんたが持っておき』
亡くなる前、私の手を握りながら、そう言って渡された形見。
「……それを、まだ」
嘉月はそれを見るなり、はっきりと顔色を変えた。
指先が、ためらうように空を切る。
触れたいのに、触れていいものかわからない人の手だった。
「知っているんですか」
「私が渡したものです」
目を見開く。
嘉月は根付を見つめたまま、静かに言った。
「弥栄菊さんの名前にちなんで、渡航した先で買ったものを渡したんです……ずっと、持っていてくれたんですね」
嘉月が息を詰まらせるのを見て、自分の喉まで熱くなる。
母は何も言わなかった。
嘉月の名も、自分の父が誰かも、最後まで。
けれど、この根付だけは、ずっと手放さなかった。
「あの、母とはどのように?」
「……付き合いで茶屋に行ったときに知り合いました。一目惚れだったんです。艶やかに舞う彼女に」
そう話す嘉月は、とても遠い目をしていた。
まるで壊れやすい宝物でも扱うみたいに、思い出をひとつずつ取り出すような話し方だった。
「ですが、私には婚約者がいました」
「婚約者……」
「けじめをつけて弥栄菊さんを迎えに行ったのですが、もうその茶屋にはおらず」
「……」
「きっと、弥栄菊さんは私のために身を引いたのだと思います……」
隣で静かに拳を握る気配がして、そっとそちらを見る。
千景はまっすぐ前を向いたまま、低く言う。
「……わかった」
「兄さん」
「結果も出た。形見もそうだ。もう、家に話を通すしかないだろう」
その声に揺らぎはなかった。
けれど、わずかに強張っているのがわかる。
兄妹ではなかった。
その事実は、千景にとってもまた、同じだけ重いのだと、私はそこでようやく実感した。
嘉月は深く頭を下げた。
「東城院へ伺います。今すぐに」



