梨園の花嫁〜歌舞伎の御曹司は、芸妓の娘の義妹を手放せない〜

「弥栄菊さんとは、昔、恋仲でした」
「え……恋仲?」
「十八年前、私は海外へ渡る予定が決まっていた。行く前に迎えに行くつもりでした。ところが、突然連絡が取れなくなった」
「迎えに?」
「ええ」

嘉月の声は静かだった。
静かだからこそ、嘘には聞こえない。
言い訳を並べるでもなく、情に訴えるでもなく、ただ起きたことだけを順に置いていくような言い方。

「探しました。けれど、間に合わなかった。渡航の期限もあり、そのまま日本を離れるしかなかった」
「……何を言いたい」
「千宗殿と弥栄菊さんの間に、O型の子は生まれません」

千景の表情が、初めてはっきり変わった。
嘉月は私をまっすぐに見据えて続ける。

「弥生さんの血液型を、調べさせていただきたい」

指先が冷たくなる。
何を言われているのか、わかる。
わかるのに、頭が追いつかない。

嘉月の視線が痛い。
昨日の探るような視線ではない。
祈るようで、でも怖がっているような目だった。
知りたいのだ。この人は。
そして、知るのが怖いのだ。
その両方が、まっすぐこちらに向けられている。

「お願いします」
「……なぜ、そないなこと……」
「確かめなければならない」

嘉月の喉が、わずかに動く。

「弥栄菊さんが遺したものを、私は何ひとつ守れなかった。せめて、今度こそ間違えたくない」

嘉月の言葉が落ちたあと、しばらく誰も口を開かなかった。
自分の指先が冷たくなっていくのを感じていた。
足元だけがやけに頼りなく、立っているはずなのに、床が少し遠い気がした。
息を吸っても胸の奥まで届かない。そんな心もとなさ。

母である弥栄菊と嘉月は恋仲だった。
突然、連絡が取れなくなった。
父だと思っていた宗景と母の間に、O型の子は生まれない。

ひとつひとつの言葉の意味はわかる。
けれど、それが全部繋がって、自分のこととして胸に落ちてくるまでには、少し時間がかかった。

「……ふざけるな」